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奇怪怪々浄化奇譚  作者: 七尾 一場
第2章 新天地
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第15話 ただいま

 蹲っていた和也くんの体が僅かに動く。


「和也くん!」


 俺の呼びかけに呼応するように、和也くんはゆっくりと顔を上げる。


「桔平さん……?」


 和也くんはふらつきながらも体を起こす。まだ安定しないその体を、阿李屋さんが後ろから支えた。


「大丈夫か?」

「僕……」

「うん?」


 今にも泣き出しそうな表情で、和也くんは自身の服を両手で固く握りしめる。


「全部思い出したんだ、全部……。何があったのか、したかったことも、全部、全部……」


 静かな公園で、風に揺られたブランコの音だけが微かに聞こえた。


 ♢


「持ってきましたよー!」

「流石清珠、早いな」

「お疲れ様です」


 あの後、全ての事情を聞いた俺達は、清珠に急いで廃墟へと向かってもらった。


 和也くんの宝物、それはきっと、あの場所で見つけた物で間違いない。穴あけ事件はまさに怪我の功名だった。


「これで合ってますかね?」


 清珠はベンチに座っている和也くんの前に、それを差し出す。


「これ……!」


 和也くんは大きく目を見開くと、両手でそれを受け取った。


「ずっと、ずっと探してたんだ……!お母さんが、僕のために作ってくれたお守り!」


 お守りを握りしめ、大粒の涙がポロポロと溢れ出す。


「大事な物なのに、宝物なのに……!どうして忘れちゃってたんだろう」


 俺は何と言ってあげれば良いのか分からなかった。清珠も阿李屋さんも、静かに見守ることしかできない。そんな中、颯太が口を開いた。


「それはオマエが悪霊に……。あー、呪い、いやこれも違うな、えーと、オマエが悪いもんに憑かれてたからだよ!だから大事なことも忘れちまったし、ちょっと悪いこともしちまった。だから、その、和也は全然悪くねぇってこと!分かったか!」


 些か乱暴ではあるが、颯太なりの気遣いだろう。颯太は頭を掻きながら「こういうの苦手なんだよ……」と、ボソリと呟いた。


 やっぱり、何だかんだで根は良い子なんだなと実感する。そんな俺の視線に気づいたのか、颯太が睨みつけてきた。


「んだよ、文句あんのかよ」

「文句なんかないよ。ありがとな、颯太。お前はやっぱり凄いよ」

「うるせー、普通こういうのはアンタとか清珠の役割だろ。何で俺が」

「ありがとう、颯太くん」


 和也くんは笑っていた。泣きながら笑っていた。他の誰でもない颯太の言葉が、和也くんの心を軽くしたのだ。


 颯太はそっぽを向いたまま「どーも」と一言。最初の二人からでは考えつかない今のやり取り。そんな二人が微笑ましかった。


「颯太も偶にはやりますね」

「お前ら二人まとめてうぜぇ」

「俺も?」


 そんな俺達のやり取りを、和也くんと一緒に阿李屋さんは見守っていたが。


「和也くん、君の元に宝物も返ってきた。君の中にもう、心残りはありませんか?」


 阿李屋さんの言葉で、俺達は現実に引き戻される。そう、最終的な終着点。それは、和也くんがこの世から旅立つことだ。ずっと、このままではいられないのだから。


 この質問に和也くんは俯く。下を向いたまま、唇を噛み締めていた。俺は屈んで和也くんと目線を合わせる。


「和也くん、ゆっくりでいいよ。誰も君を責めたりなんかしないから」

「……ごめんなさい、僕」


 お守りを強く握りしめる。


「帰りたい、家に、帰りたい……。もう一度、お母さん達に会いたい……」


 それは、当たり前の願いだった。


 ♢


 車に揺られながら、俺達はたった一つの目的地へと向かう。


 和也くんのお守りの中には、住所が書かれた紙が入っていた。年月が経っていたため、紙はボロボロだったが、家を特定するのには十分だった。


『お母さんが、道に迷って困った時に見せなさいって言ってた。僕が安全に家に帰ってこれるようにって、そういうお守りなんだって。僕はこれを落としちゃったから、きっと事故に遭っちゃったんだよ』


 お母さんの優しい思いが詰まったお守り。和也くんの宝物。しかしそれは同時に、残酷な事実を浮かび上がらせていた。


(お守りを取りに行こうとして和也くんは……)


 誰もがこのことを考えただろう。しかし、それは決して口にしてはならない。お母さんの思いを、和也くんの思いを、踏み躙ることはしたくない。絶対にあってはならないことだ。


「早いね」

「うん、そうだね」


 マナちゃんが運転をする車の中、和也くんは流れていく景色を眺めている。その姿から、今か今かと待っているのが伝わってきた。ただ、そこには大きな不安があった。


 それは、両親と出会った和也くんが、新たな未練に囚われてしまわないかということ。


「桔平さん、ちょっといいですか」

「はい?」


 助手席に座っていた阿李屋さんが、何でもないように俺を呼ぶ。座席から軽く立ち上がり助手席に近づくと、阿李屋さんは和也くんに聞こえないよう、俺に耳打ちをした。


「和也くんがご両親に強く未練を見出してしまった場合、強制的に祓ってあげてください。それが、私達に出来る最後のことです」

「……はい」

「颯太にも渡してありますが、これを」


 阿李屋さんから手渡されたもの、それは浄化文字が記された掌サイズの一枚の紙。


「これは?」

「万が一が起きそうになったら、和也くんに使ってください。多少動きを止めることは出来るはずです」

「……」


 俺は手元の紙を見つめた。


「桔平さん、どうしたの?」


 何も知らない和也くんが俺を呼ぶ。阿李屋さんは「戻って良いですよ」と、にこやかに言った。その切り替えの早さは、本当に何もなかったかのようだ。


「あ、あぁ、何でもないよ」


 和也くんに返事をして座席に戻る。俺は渡された紙を、ポケットに深く仕舞い込んだ。どうか使うことがないようにと、祈ることしか出来なかった。


 ♢


「着いたわよ。このアパートで間違いないかしら?」

「うん! ここだよ! 僕の家だよ! ここが僕の家!」


 和也くんは今にも飛び跳ねんばかりに興奮し、瞳を輝かせている。しかし、その姿はマナちゃんには見えない。マナちゃんは助手席の阿李屋さんに尋ねる。


「どう?」

「合ってます。和也くんもとても喜んでいますよ」

「そう、なら良かったわ」


 マナちゃんは後ろを振り返る。


「それじゃあ、そーちゃん、桔平さん。後は宜しくね」

「分かりました」

「おう」


 先に俺達二人が車を降りる、勿論各々の浄化道具を背負いながら。和也くんも続いて車を降りた。


「和也くん、今日はすっごく楽しかったです。遊んでくれてありがとうございました。ばいばい」

「僕も楽しかった! ばいばい、清珠ちゃん」


 和也くんは手を振って別れの挨拶をする。


「阿李屋さんにマナちゃんも、ばいばーい!」

「私も楽しかったです。マナちゃん、和也くんがあそこでばいばいしています」

「あそこね。ばいばい、和也くん。貴方を無事送り届けられて良かったわ」


 三人との別れの挨拶は済んだ。


「じゃあ和也くん、行こっか」

「うん!」


 俺達は和也くんの家に向けて歩き出す。和也くんの最後の帰り道を。


 ♢


「ここだよ!」

「ここが和也くんのお家?」


 三〇四号室、表札には篠田と記載されていた。既に辺りは暗くなり始めており、窓からは室内の光が漏れている。どうやら留守ではないようだ。


 後ろに控えている颯太はいつでも対処できるよう、紙を手に忍ばせている。


 俺は意を決すると呼び鈴を押した。ピンポーンと、呼び鈴が家主を呼び出す。室内から足音が聞こえてくる。その音はだんだん近づいてきて、そして──。


「はい。あの、どちら様でしょうか?」


 女性が一人出てきた。


「お母さん」


 和也くんが呟く。しかし、その声が母親に届くことはない。こんなにも近くに居るのに、その姿を見ることは叶わない。


「あの……」


 母親は怪訝な視線を向けている。


「あぁ、すみません! あの、そちらのお子様の忘れ物じゃないかと思って届けに来たんです」

「え?」

「これなんですが」


 俺は青いお守りを母親に見せる。母親は目を見開き、そのお守りを奪うよに掴んだ。酷く動揺しているのが、痛いくらいに伝わってくる。


「あ、あの、これをどこで……!」


 俺は予め阿李屋さんが用意していた理由を述べる。


「犬の散歩中、公園で見つけたんです。犬がそのお守りを咥えて持ってきたんですよ。一応中を確認してみたら、ここの住所が書いてあったので、大切な物だったらと思い……」


 母親は信じられない物を見ているかのようだ。和也くんは俺の服を掴んだまま、母親の様子を伺っている。


「先程は失礼しました。すみません。これ、息子のものなんです。どこを探しても見つからなかったんです……。ずっと、見つからなかった……」

「…息子さんのものだったんですね」


 母親の瞳に涙が滲んでいた。お守りを握る手が微かに震えている。


「はい、そうなんです……。本当に大切なものでしたから。届けてくださり、本当にありがとうございます……!」


 深く深くお辞儀をする。その体も微かに震えていた。


「そんな大したことじゃないですよ。顔を上げてください」


 顔を上げた母親は涙を堪えながら話す。


「息子は三年前に事故で亡くなってるんです。だからこれは、息子の形見なんです。見つかって本当に良かった……。突然ごめんなさい、まるで息子が帰ってきたようで……」


 ここに和也くんが居ることを伝えられたなら、和也くんを視界に映してあげることが出来たなら。どうすることも出来ない自分に、強く拳を握りしめる。俺は結局、何も出来ないじゃないか。


「お母さん!」


 突然、和也くんが母親の元へと駆け出す。そして、そのまま抱きついた。


「?」


 母親は不思議そうに、和也くんが居る辺りを見ている。俺は思わず「え」と、声を漏らす。まるで、そこに居るのが分かっているかのようで。


「……和也?」

「遅くなっちゃってごめんなさい」


 母親の瞳から一粒の涙が流れた。


「見えてはいねぇよ」


 見えてはいない、聞こえてもいない、それでも、彼女は確かに和也くんの存在を感じ取っている。


 それはきっと、特別な繋がりが、互いを思い合う強い結びつきが、そうさせているのかもしれない。


 見えてはいない、聞こえてもいない、それでも確かにそこに在る。


「桔平さん、颯太くん、ここまでありがとう」


 俺と颯太はただ黙って見守る。


「ただいま、お母さん!」


 和也くんは笑顔でそう言った。


 そして、その小さな体は淡い光に包まれる。淡い光は天へと昇り、和也くんの体が消えてゆく。


 暖かな光はやがて完全に消え、和也くんの魂は、行くべき場所へ。


 長い、長い帰り道だった。


「これは必要なかったな」


 颯太は紙をポケットに仕舞った。


 やがて、新しい風が吹いてくる。俺にも、颯太にも、涙を流す彼女にも。


 新しい風は次の一歩を応援するように、祝福するように。


 彼女が先に進めるように、新しい明日を迎えられるように、優しくその背中を押すのだった。

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