第16話 お風呂と夕飯を
こうして今回の仕事は幕を閉じ、全てが終わった今。俺は善城院事務所の大浴場で、一人風呂に浸かっていた。
事務所へ戻る車の中で、マナちゃんから『貴方達埃だらけじゃない、着いたらすぐにお風呂に入りなさいよ』と、お達しされたからだ。
俺は自宅で入ると断ったのだが、夕飯に誘われたこともあって、こうして風呂を借りている。颯太もすぐにやって来るだろう。
清珠は帰りの車の中でぐっすり眠っていた。あんなに動いていたから、疲れてしまったのだろう。
車から降りる際、担ぐのを手伝おうとしたが、阿李屋さん曰く『大丈夫ですよ、慣れていますので』とのことだった。その言葉通り、阿李屋さんは慣れた様子で清珠をおんぶしていた。
あの時、俺の中に妙な引っ掛かりが生まれた。引っ掛かりというのには、あまりに小さな違和感。それは、おんぶをされていた清珠に対してだ。
何故か普段の清珠とは違うように見えたのを覚えている。見た目が変わった訳でもないのに。あの奇妙な違和感は一体何だったのか。
とは言っても、これはただの気のせいだろう。慣れないことが続いて、そう思ってしまっただけ。よく分からない違和感を流すように俺は顔を洗った。
「ふぅ」
広い浴槽でゆったりと体を伸ばし息を吐く。自宅の風呂では味わえない快適さだ。
それにしても、振り返ってみれば、あっという間の一日だった。
和也くんとの最後を思い返す。笑顔で消えていったあの子の姿を。俺の選択が、彼にとってより良いものであったのなら、こんなに幸せなことはない。
『色々とご迷惑をお掛けしました。今日は本当にありがとうございました……!』
別れ際の彼女の表情は、どこか憑き物が落ちたような、そんな表情をしていた。その姿に、俺自身の心も晴れるような気がした。どうかこれからの彼女の人生が、明るいものでありますように。
物思いに耽っていると、大浴場の扉が開いた音がした。
「颯太か」
「邪魔するぜー」
颯太は手早く体を流し終えると、同じように風呂へ浸かった。
「マナちゃんが入れ入れってうるせぇの何の、後で入るって言ってんのによ」
「俺達かなり汚れてたからな、しょうがないだろ」
「マナちゃん見た目にうるさすぎなんだよ」
ご覧の通り少しご機嫌斜めのようだ。
「にしても颯太、お前結構鍛えてるんだな」
「あぁ?普通だろ」
「そうか?俺なんてこれくらいだぞ」
「桔平さんも結構筋肉付いてんのな、意外だわ」
「お前にそう言われてもなぁ」
比べると何と哀れなものか。
「刀振ってりゃ自然にこうなるよ」
正直颯太の筋肉が羨ましい。自分の筋トレ方法を見直そうかと考えていると。颯太からじとりとした視線を感じた。と言うより、睨み付けられている。いったい何事だ? 今の会話で何か気に触るようなことを言ってしまっただろうか。
「え、どうしたんだよ……?」
「あのさぁ」
ただならぬ雰囲気に俺は身構える。
「今日の仕事のことだけど」
何だ今日の仕事のことか。いや、それはそれで身構えるのだが。
「アンタのやり方、時間も掛かるし面倒くせぇしリスクも発生するし」
「は、はい……」
散々な言われようだ。しかし、その言葉は決して間違いではない。
この仕事のベテランである颯太の意に沿わない行動ばかりしてたからなぁ……。どんな文句も批判も、しっかり受け止めよう。
「でも、そんなに悪くなかったんじゃない?」
「え」
予想外の言葉に、俺は固まってしまった。
「和也もあの母親も、アンタの行動の結果だろ? まぁ、最終的に丸く収まったからだけどな。……何だよ、なんか言えよ」
「え、いや、まさか颯太からお褒めの言葉をいただくとは……」
「あぁ?」
颯太が俺に向かってお湯を思い切り飛ばす。
「うわっ! 何すんだよ突然」
「自惚れてんじゃねーぞ、この三下が! たまたま上手くいったから悪くなかっただけで、全部認めてる訳じゃねーぞおらぁ!」
「分かった! 分かったからお湯飛ばすの止めろ!」
お湯は止めてくれたが、「チッ」と大きな舌打ちをされてしまった。これがキレやすい若者ってやつか……。颯太は天井を見上げた。
「でも、二回ともアンタが祓ったのは事実だしな。そこは褒めとくよ」
「ど、どういたしまして」
怒られたり褒められたりで、少し混乱しつつも颯太の言葉を受け止める。悪くなかった、か……。その言葉だけで、もう充分だ。
「まだまだ甘いとは思うけど、浄化師としては及第点なんじゃねーの?」
颯太は口角を上げてニヤリと笑った。
♢
「二人ともお疲れ様〜」
「お先に失礼してます」
綺麗サッパリした俺達は一階のカフェへ。室内に入った途端、とても香ばしい匂いが俺達を迎え入れる。空腹を刺激してくるその匂いに、誘われるようにカウンター席へと向かう。
カウンター席では、阿李屋さんが既に夕飯の生姜焼きを食べ始めていた。とても美味しそうで思わず喉が鳴る。
「はい、貴方達の分よ」
「ありがとうございます」
「おー、美味そう」
俺達も席に着く。
「いただきまーす」
「マナちゃんや清珠は食べないんですか?」
清珠に至ってはこの場に居ない。
「ご心配ありがとう。でも、アタシは先に食べちゃったから平気よ」
マナちゃんはウィンクをした。
「清珠はまだ寝ていますので、私が頃合いを見て声を掛けますから大丈夫ですよ」
まだ眠っていたのか。そんなに疲れさせてしまったかと思うと、少し悪い気もした。
「あぁ、気にしなくて大丈夫ですよ。あの子は寝付きが良いだけですから。一度寝ると中々起きないんです」
「そうなんですか」
言われてみれば、確かに寝付きが良さそうなイメージである。
「どうせ後で食うんだから気にすんなよ」
隣の席では、お構いなくさっさと食事を進めている颯太。見ていて気持ちが良い食べっぷりだ。
「じゃあ俺も、いただきます」
誰かとこうして夕食を共にするのも随分久しぶりだ。マナちゃんお手製の生姜焼きは、とても美味しくご飯が進む。俺も颯太も夢中で食べていると。
「桔平さん、初仕事はどうでしたか?」
阿李屋さんからの問いかけに、俺は手を止め、暫し考える。浄化師としての在り方、魂との向き合い方、まだまだ至らぬことだらけだ。今回も颯太の助けがなければ、どうなっていたか分からない。
でも、救えた命があった。それだけは確かなことだ。
俺の回答を三人が待っている。そうだな、颯太の言葉を借りるなら。
「悪くなかった、と思います」
その回答に、颯太は「それ俺が言ったことじゃん」と言い、マナちゃんは「あら、初仕事なのに言うじゃない」と楽しげだ。
「そうですか……。公園の時とは顔付きも随分変わりましたね」
「え、そうですかね?」
「ええ、とても良くなったと思います」
阿李屋さんは満足げな顔をしている。
「では、食事が終わりましたら、報告がてら色々詳しくお尋ねしましょうかね」
そうだった、まだ一つ報告という名の仕事が残っているんだった。どのように報告しようかと考えつつ、何気ない会話をしながら、夜が深くなっていくのであった。
♢ 終 ♢




