執事様、馴染みすぎですよ。
長いです
久々に家族揃っての夕食は、思った以上に騒がしいものでした。
たまにしか顔を会わせないもので、お互いの近況報告に花が咲きます。
そんな中に1人放り込まれた執事様は、意外にも すんなりと溶け込んでいました。父と何やら意気投合した模様です。
執事様、ここが部下の実家ってこと忘れてませんか? いいんですけどね……。
そちらを気にしつつも、わたしは隣の席のサラと話すことにします。
「サラ、結婚するって?」
「そうよ。アウスもね」
「おめでとう!」
「ふふ、ありがとう」
少し頬を染めて照れる姉が可愛くて、こちらまで照れます。
気になる旦那さんは、うちと取引のある商家の次男坊だそうで、しばらくは相手の実家にお世話になり、その後独立を考えているとか。
我が姉ながらしっかりした人ですから、心配はしていません。
どちらかと言うと兄二人の方が心配です。
「でも安心したわ。あなたの上司、ちゃんとした方じゃない」
「ちゃんと? うんまあ、そうだね」
執事様はきちんとしています。自分にも他人にも小うるさいです。
その執事様とこうやって同じ食卓を囲んでいる今に違和感を感じるのですが……。
ちらりと見やれば、通常通りの無表情で受け答えをする執事様。
父との会話に母が乱入して、収集がつかなくなっています。
そこへ脇からにじり寄ったクロムが加わりました。
…………うちの家族、遠慮が無さすぎでしょう。
とりあえず考えることを放棄したわたしは、目の前の食事に集中することにしました。
「シエル、ちょっとこっちにいらっしゃい」
「何よ?」
久々の実家の味を堪能していると、母に呼ばれました。
いい笑顔の母に、嫌な予感を感じつつも渋々寄っていくと、何故か母の隣に座っていた兄弟達が1つずつ席をずれます。……別に席を開けてくれなくても。
「改めてお帰りなさい、シエル」
「……ただいま」
「本当に久しぶりね。中々帰ってこないんだもの」
「それは、うん。ごめんね」
決して帰るのがかったるいとかではないですよ。
まあ最近はお嬢様のことで仕事が忙しかったこともあり疎遠でしたが。
母は笑うと私を抱き寄せました。
「食事中なんだけど」
抗議すれば、ふふっと笑顔が帰ってきます。
思えば、こうして最後に抱き寄せられたのは、奉公に出る前のことだったかもしれません。
「さっきの話、考えてくれた?」
「さっきの? 家に戻ってくる話?」
「そう。久しぶりに家族水入らずも悪くないと思わない?」
「うーん」
私の顔を覗き込んだ母は、きゅっと眉を寄せました。
「そんな顔をしなくてもいいじゃない」
そんな顔ってどんな顔でしょう。
返答に窮して知ると、母が口を尖らせます。
「シエルはいつも一人で決めちゃうのよね。少しは相談して欲しいわ」
「そうかな?」
自分ではそんなつもりはありませんが、そうなのでしょうか。
そう言われてもまだ結論は決まっていないのですが。
モヤモヤとしつつ食事を終えて部屋に戻りました。
一人で考えるのですが、結論はでないままです。
少し気分を変えようと庭に出ることにしました。
母がこだわり抜いて父が手入れしているという庭は、かつての実家の猫の額のような庭を知っている身からすれば、ひどく広々として見えました。
月明かりで仄明るいなか、足下に気をつけてベンチに腰を下ろします。
夜空を仰いで溜め息を1つ。
「実家に帰る……かぁ」
帰るとなれば、商売の手伝いをしながら暮らすことになるのでしょう。それは別に嫌ではありませんが。
「ちょっと考えたことなかった、な」
もう1つ溜め息をついた私は、人の気配に気がつきました。
夜闇を背負って立つのは、どうやら執事様です。
執事様は私が気づいたことに気がつくと、すっと足を進めました。
「隣に座っても?」
「どうぞ」
並んで座る執事様と私。
夜だというのに執事様は面白味のない白シャツにスラックス姿です。堅物執事様らしいですけど。
暫し沈黙していた執事様は、やがて口を開きました。
「いいご家族ですね」
「そうですか?」
「明るくて話が尽きない」
「うるさいだけですよー」
「でもみんな笑っていました」
思わず執事様の方を見ます。通常営業の無表情でした。
笑み溢れる執事様なんて見たことがないですけども。
淡々とした声の調子に羨望が隠れ見えた気がして、思わずその顔をじっと見てしまいます。
執事様の口から家族の話は聞いたことがありません。
セフィーロの養い子だということくらいでしょうか。
「……なんですか?」
「いいえぇ」
肩を竦めて首を振ります。執事様のことを私が考えてもしょうがないですよね。
静かな執事様の横顔を見ていて、ふと魔が差しました。もし私が実家に帰ると言ったら、執事様は何て言うかな、なんて。
「ユーリ」
「はい」
「仕事を辞めて実家に戻ろうと思うんですが」
一瞬の沈黙。
口に出した傍から後悔しました。執事様が困るだけでしょうに。
小さく息をついて、執事様が口を開きました。
「勿体ない」
言葉の意味を飲み込むのに、数瞬かかりました。
「勿体ない、ですか」
「貴方が重ねてきた十年。置いて帰るのは勿体ないと私は思います」
執事様の藍色の瞳がこちらを捉えました。真っ直ぐな視線に微苦笑します。
知ってますよ。安易な励ましも慰めも言わない人ですよね、貴方は。
だからこそ、少しは惜しいと思って欲しいなんて、
「冗談です」
にっこり笑った私は立ち上がりました。振り返ると視線が交錯します。
「よく考えてから決めます」
「そうですか」
不意に母の『シエルはいつも一人で決めちゃうのよね』という言葉が脳裏を過りました。
たぶん本当は、結論が出ていることを母は知っていたのかもしれません。
そう思ったら少し苦い気持ちになったので、また少し笑うことにしました。




