執事様、考えすぎですか?
ベッドで休んでいると、ノックの音で目が覚めました。
窓の外を見やると、もう日がすっかり落ちています。随分寝てしまったようです。
スカートの皺を払って立ち上がります。
あくびを噛み殺してドアを開けに行くと、立っていたのは兄のセバムでした。
セバムは私の顔を見て少し笑います。
「悪いな、寝てたか」
「……まあ」
「ちょっといいか?」
「うん」
招き入れると、遠慮なく入ってきたセバムはソファに腰を下ろします。
私も近くの椅子に座りました。
こほんと咳払いしたセバムがこちらを見ます。
母似のセバムは、同じく母似の私とよく似ています
「実家帰省の件で」
「……うん」
「エルはどう思ってる?」
「どうって」
戸惑ってますが。
何せ実家を出て十年経ってますからね。
このまま侍女として働き続けるのか、結婚するかはぼんやりと考えたことがありますが、実家に帰るという選択肢はなかったので。
私の微妙な表情を見てセバムが苦笑します。
「母さんのこと、怒らないでやってくれよ」
「怒りはしないけど」
「あれでもあの人、エルたちを奉公に出したこと、ずっと気にしてたんだぞ」
「……うん」
私は別に気にしてないのに。
仕方がなかったことは分かっています。
「まあ母さんがあんなことを言い出したのは、うちの商売が安定したってこともあるんだけど、一番はアスとサラの結婚が決まったからなんだよな」
「そうなんだ!」
なんだ、二人とも言ってくれればいいのに。
思わぬ兄姉の話題に私は目を丸くしました。
そこで、ん? と首を傾げます。
「セバム兄は?」
「俺はいいんだよ。一人のが気が楽だしなぁ」
長兄のセバムは確か今年26歳になったはずです。
指摘するとセバムはワハハと笑います。
何だかんだ言っても、兄弟で一番世話焼きで面倒見がいいのはセバムなんですけどね。
「結婚前に家族水入らずで過ごそうって親心なんだよなー」
「……まあ分かるけど」
母の暴走は今に始まった話じゃありませんから。
溜め息をついていると、セバムが腕組みします。
「まあなあ、お前もいい人がいるんじゃ、帰って来づらいよなー」
「え?」
何の話? と眉を寄せるとセバムが意外そうな顔をしました。
「セデクさん、お前のこれじゃないのか」
「親指を立てないで!」
気遣いがない! これだからこの人は~!
「そんなこと言ったら失礼でしょ!」
「違うのか」
「違います!」
昔からこの兄は無神経なところがあります。悪気がないのは分かっているのですが。
部下の家族にそんなことを言われたら、執事様だって迷惑でしょうに。
私が怒っているとセバムがぼそりと「満更でもない感じだったぞ」と呟きました。
よく聞こえなかったので聞き返します。
「何か言った?」
「いや」
何故だか突然手をのばしたセバムに、わしわしと頭を撫でられました。
すごい勢いで髪がグシャグシャにされていきます。
「ちょっと、何」
「いーや? 可愛い妹を愛でているだけだ」
「愛でなくていいから!」
思う存分私の髪をかき回したセバムが手を離します。
「家の件とか、色々。お前らの好きにしたらいいと思うぞ、俺は」
「……うん」
「ところでそろそろ夕飯だぞ。サラが呼んでた」
「それを早く言って!」
私は乱れた頭を押さえます。このままじゃ行けないじゃないですか!
「じゃあ、先に行ってる」
ひらりと手を振ったセバムが、笑いながら部屋を出ていきます。
櫛を探しながら私は嘆息しました。
まったく、お節介な兄ですね。心配しなくても大丈夫ですよ、私は。
ありがたいような迷惑なような微妙な気持ちで、私は見つかった櫛で髪を整えました。
ふと、先日執事様に誕生日を祝って貰ったことを思い出します。
同僚として嫌われている訳ではないと思いますが……。
お家事情に巻き込んでしまったことは申し訳なく思っていますけど、むしろ、突っ込んできたのは向こうですよね?
考えているうちに馬鹿らしくなって、考えるのをやめにします。
いくら考えても、執事様の思考なんて分かるわけがありませんから。
ため息をひとつ、私は居間に行くべく部屋を出たのでした。




