執事様、なんだか疲れました。
ああ、一体何故こんなことに……。
目の前の光景に、頭痛がしてきた私は頭を押さえました。
私の隣に執事様。隣はともかく、何故同じソファなんですか?
私の正面に両親。そして私たちを取り囲むように兄弟たち。
家族みんなの目が興味津々に私と執事様を見ています。
絶対に面白がっていますよね?
居間に通された私たちは、進められるまま席についたのですが、あっという間に家族全員が集まってきてこの状態です。
クロムあたりが面白がって呼んできたに違いないのですが。
向かいのソファで母がこほんと咳払いしました。
「それで、シエル……その方はどなたかしら?」
「職場の上司で、ユーリウス様」
「ユーリウス・セデクと申します。」
ちらりと隣を見れば、落ち着き払った執事様が淡々と答えます。
「ヴィアイン男爵の名代で参りました」
「シエルがお世話になってます。」
「……お父さん」
私はのんびり挨拶した父に、顔をしかめて見せます。
そういう親の挨拶は恥ずかしいので要りません。
執事様は家庭訪問に来たわけではないんですよ。
執事様を興味深げに眺めていた母が口を開きました。
「歓迎します、セデクさん。男爵閣下の名代ということは、仕事のお話かしら?」
「はい。貴店で取り扱いのある、月光華について」
月光華? と首を傾げた私の前で、母の目がキラリと光りました。
これは商売人としてのスイッチが入ったときの顔です。
「耳が早いですね。そういうことなら、私とセバムで話を聞かせてもらいましょう。後でね」
うちの家は、母が代表として店を仕切り、父が補佐する形で回しており、大事な商談は母が受けることになっています。
つまり母が自ら話を受けるということは、客として認められた……ということになるのかもしれません。
「それでセデクさんには申し訳ないけど、家族が集まったので話を始めさせてもらうわ。シエル」
「はい?」
「こうして久々に帰ってきたわけだけど、どう思った?」
「えっ」
突然母に話を振られ、私は首を傾げます。
どうって。
「店を立て替えたんだなーと」
「そうよ。これは月光華の収益で立て替えたの」
また月光華ですか。
そう思った私の心を代弁するように末の弟セッタが声を上げました。
「母さん、月光華ってなんだよ?」
「貴重な薬草よ。万能薬とも言われるわね」
特殊な環境下でないと育たないそれの、株分けによる安定した収穫に成功した農家と専属契約したのだそうです。
……母は昔からお金の匂いのするものを見つけるのが得意でした。だからこそ父ではなく母が店を仕切っているわけですし。
早々に商売人としての道を離れた私には分からない感覚ですが。
へええと思っていると、母がこほんと咳払いしました。
「我が家は月光華のお陰で、安定した収入が得られるようになったわ。そこで提案よ。シエル、クロム、セッタ。家に帰って来ない?」
……へ?
私がポカンとしていると訝しげな表情のクロムが口を開きます。
「それで今回の召集? 突然すぎねえ?」
「うちに財力がないせいで、貴方たちには苦労させたわ。だからこその提案よ」
「……母さんは唐突すぎるんだ。もうちょっと俺らの都合ってものをだな」
弟たちが母と言い合うのを横目に、私はひたすら呆然としていました。
このことを言うために呼び集められたと言うのでしょうか……。
正直、実家に戻るという選択肢は自分の中になかっただけに、ただ呆けるばかりです。
侃々諤々とやり合う三人の間に、セバムが割って入りました。
「まあまあ、急ぐ話じゃなし。客人もいることだし、話はあとにしようぜ」
「むっ……」
「はい、セツは俺と来て。ロムはセバム兄と。しーちゃんたちはサラよろしくー」
アウスがさっさと仕切って当事者を分けます。
あれよという間に私と執事様は席をたち、姉のサラによって客室に案内されることになりました。
「ごめんなさいねぇ、みんな血の気が多くって」
困ったようにサラがうふふと笑います。
昔からこの姉は、淡々とそつなく物事をこなすのが得意でした。
兄たちが目立つので存在感は薄れがちですが、十分濃い性格をしていると思います。
「いえ。……楽しそうなご家族ですね」
執事様の呟きに、思わずパッと隣を見上げます。
歩く執事様の横顔は、通常営業の無表情でした。
執事様の台詞が意外だったので、思わずまじまじと見つめていると、何か?というように振り向きました。
いいえなんでも、と視線を前に戻します。
「母さんもね、シエルたちが久し振りに帰ってきたからはしゃいでるのよ」
他のみんなもね、とサラ。
そうだろうか、と私は思いました。昔からあんな感じのやり取りをしていたような気がしますけど。
「仕事のこともあるでしょうけど、前向きに検討してもらえれば嬉しいわ」
「うーん……」
正直、話が唐突すぎて困惑する気持ちが大きいです。
10年ヴィアイン男爵家にいましたからね。
「今日は、みんなが帰ってきたからご馳走よ。セバスさんもぜひどうぞ」
そういえばいつの間にか、当然のように執事様が我が家に宿泊することが決まっていました。
いきなり訪ねてきた娘の上司を、ホイホイ泊めるのってどうなんでしょう。
執事様も、少しは反対するべきじゃないですか?
もやもやする気持ちのままサラたちと別れ、私は部屋に案内されました。
私の部屋だというだけあって、昔使っていたオモチャなんかが並べられています。
もうこんなオモチャで遊ぶ年齢じゃないんですけどね。
母は本気で家族を呼び戻そうと思っているのでしょう。
「うー……」
ベッドに倒れ込んで唸ります。
色々思うことはあるけど後回しにします。
今はとにかく疲れました……。
目を閉じると瞬く間に睡魔が訪れ、私はサラに起こされるまでぐっすり眠ったのでした。




