執事様、意味が分かりません。
久々の実家に向けて、辻馬車に揺られる私、……の隣に執事様。
これは一体どうしたことでしょう。
私を端の席に座らせ、その隣で腕組みして目を閉じる執事様。こちらの様子を気にする様子すらありません。
馬車の進みは快調ですが、私の頭の中は混乱中です。
どうしてこんな状況になったのやら、私は屋敷を出る直前の出来事に思いを馳せました。
シエル退職説の誤解を解いて回った私が、ぐったりしながら休暇へと突入したのは今朝方のことです。
休暇前ってもっと晴れやかな気分になるものじゃないですか? 既に精神的疲労で疲れきっているのですが。
気を取り直して出発するぞと屋敷を出たところに、何故か執事様がいました。
背筋を伸ばしたまま、コートの襟を立てている執事様は、立ち尽くす私の姿に気がついたらしく振り返りました。
「お疲れ様です……?」
「シエル」
制服じゃありませんでした。
秋めいてきた季節に沿った、私服です。
執事様、今日はお休みでしたっけ?
私が首をかしげると、歩み寄ってきました。
「辻馬車の時間に遅れますよ」
「はあ」
何故、執事様が辻馬車の時間を知っているのです?
確かに乗り継ぎがあるので、あまりゆっくりはしていられないないのですが。
そこで気がつきました。執事様の手に旅行鞄がぶら下がっています。旅行ですか?
……楽しく旅行する執事様の姿が、まるで想像できないのですが。
ぐるぐると考えていると、執事様が私の手を取りました。
「行きますよ」
「……はい?」
彼がそのままスタスタ歩き出したので、私も引っ張られます。
多少強引ですが自然な動作に釣られて歩き出し、そこでハタと我に返りました。
何故私は執事様に腕を取られて歩いているのです?
あれよと言う間に辻馬車に積み込まれ、隣に執事様が座りました。
執事様は席につくなり目を閉じて睡眠体勢になったので、胸の内を渦巻く疑問をぶつける先がありません。
じろりと横を見れば、静かな寝顔の執事様。
少しイラッとしたので、鼻でも摘まんでやろうと手を伸ばすと、ぱちりと目が開きました。眠気の名残すらない瞳がこちらを向きます。狸寝入りですか、このやろう。
「ユーリ」
「何ですか」
「説明して欲しいんですが」
「何をです」
「この、今の状況を。どうしてユーリが一緒の馬車に乗ってるんですか」
「貴女の実家に用があるからです」
「だから、なんで」
こちらを見る藍色の瞳が微かに揺れました。それを隠すようにフイと眇めて。
今日は手袋を付けていない指先が、上着の内ポケットから封書を取り出します。
「これを貴女の父君に渡さなければなりませんから」
「それは」
「旦那様からの手紙です。商談の関係だと」
「……普通に郵便に出せば良いのでは」
「郵便事故、ということもあるでしょう」
いや、配達人でもない人物に手紙を託す方が、よっぽど事故に繋がると思いますが。
封蝋に捺された印章をみて私も黙ります。間違いなく主家の紋章です。
旦那様の命令に異を唱える心算はありませんが、何も同じ旅程でなくても。
私の実家までは、一度大きな町で辻馬車を乗り換えて丸一日掛かります。
思わず眉間にシワを寄せた私を見て、執事様が僅かに首を傾けました。
「嫌ですか?」
唐突な問いかけだったので面食らい、それが「一緒に行くのが」嫌かという意味だと理解します。
……別に執事様が嫌いなわけではないと、前にも言ったと思いますが。
「驚きましたが。分かっていたなら、一言言ってくれたら良かったでしょう」
「急に決まったので」
執事様は私の苦情もさらりとかわします。
私は嘆息しました。どんな時も執事様は執事様です。
「仕事で出張とは大変ですね」
「そうでもありません」
会話が途切れ、お互いに黙ったまま馬車に揺られます。
客は私たちだけではありませんが、皆さん大体長旅のため休んでいる人ばかりで車内は静かです。
ふと、執事様の見合いのことを思い出しました。奥様に紹介してもらった女性。執事様はその女性に今回の出張のことを話したのでしょうか。
「……」
理由は分かりませんが、もやっとしました。
執事様が誰と話そうが執事様の勝手ですよね。
起きていると余計なことを考えてしまいそうので、私も仮眠をとろうと目を閉じます。
じきに眠くなってうとうとしていると、どこかで名前を呼ばれた気がしました。
「シエル、ごめん」
ごめんって、何が。
疑問はふわふわした思考に飲み込まれ何も分からなくなりました。
次に目覚めたのは町に着いたときで、執事様に特に変わったところはありませんでした。
なのであの謝罪は、私の聞き間違いだったのかもしれません。




