執事様、誤解です。
お嬢様という嵐が再び来襲したのは、執事様に休暇を願い出た3日後の午後のことでした。
先触れもなしに旦那様に送られてやって来たお嬢様は、お屋敷の玄関口を掃除していた私に真っ直ぐ歩み寄って来ました。
いつになく真剣な顔をしているので、思わず手を止めて待ってしまいます。
お嬢様はぐいっと私に詰め寄りました。
「シエル! 仕事を辞めちゃうって本当!?」
「……はい?」
「ひどい! 何も言ってくれないなんて」
「あの、お嬢様……?」
「シエルの薄情者~‼」
わあわあ言うお嬢様に抱き付かれ、受け止めます。
仰っていることがよく分からないのですが……。
一頻り騒いだお嬢様は、ようやく私の困惑に気づいたらしく首を傾げます。
「シエル、どうしたの?」
「お嬢様……私辞めませんよ」
大体、いつ私が辞めるって言ったと言うんです。初耳です。
お嬢様がきょとんとしています。その顔をしたいのは私ですよ!
「だって実家に帰るって……」
「用事があって帰るだけです。休みを頂く予定です」
「そうなの?」
頻りに首を捻るお嬢様を後目に、私は考えます。
お嬢様は誰かから話を聞いて飛んできたのでしょうが、一体誰に?
一体どこで話がすれ違ったのでしょう。
「シエル、ちょっといいですかぁ?」
ハーシーに呼ばれて行けば、「仕事を辞めるって本当ですかぁ?」と訊かれます。貴女もですか?
一体、どうしたというのでしょう。
休暇をもらう旨を説明すると、ハーシーがしたり顔になります。
「早とちりですか。あの方も本当に余裕がないですよねぇ」
「え?」
「シエルは分からなくてもいいんですー」
釈然とせずにいると、ハーシーが溜め息をつきました。
「シエルは、もっとユーリウス様と話し合うべきだと思います」
「なんでユーリと?」
「いいから」
ハーシーに背中を押され、執事様の執務室へ向かいます。休みの件はよくよく話し合わなければならないようですね。
扉をノックすると返事があったので入室します
書類仕事と向き合っていた執事様がちらりと顔を上げました。
「シエル。どうしました」
「あのー……お話があるのですが」
ペンを置いた執事様が立ち上がります。私は速やかにソファへと着席させられました。
執事様も向かいに座ります。
「それで、何の話です」
いつも通りの淡々とした声ですが、つっけんどんな雰囲気を感じて私は首を傾げます。……機嫌が悪いんでしょうか。
「この前言った、休暇の件ですが」
「…………休暇?」
「実家に帰る用事があると伝えたと思いますが」
場に沈黙が落ちました。
黙りこんだ執事様の顔を覗きこむと、固まっていました。
珍しいこともあるものです。
「……シエル。休暇は何日間取るつもりですか」
「往復の日程も含めて、5日ほど頂ければと思っていますが」
「分かりました。調整しましょう」
目の前で執事様が深々と溜め息をつきました。お疲れですか?
唐突に執事様が腕をのばしました。がしりと肩を掴まれます。
面食らっていると、ぐいっと抱き寄せられます。
勢いが良すぎて執事様の胸に突っ伏し、執事様の膝に乗る形になります。
「ユーリ?」
返事はなく、耳元で静かな溜め息だけが聞こえました。
耳朶を擽る吐息と、規則正しい鼓動の音に、安心感を覚えます。
兄弟の多い私の実家では、上の兄姉が下の弟妹を抱っこすることが多かったことを思い出します。
「ユーリ」
「もう少し、このまま」
背中に回った腕は強いのに、首筋に埋められた頭は微かに震えている気がして、後ろ頭をポンポンと撫でます。
整髪料で固められた髪はあまり手触りがよくありません。
結局、痺れを切らせた私が執事様を引き剥がすまで、執事様は何も言わず私を膝に乗せていたのでした。




