執事様、休みを下さい。
晴天の霹靂とはまさにこの事。
実家から手紙が来ました。
私の実家は割と放任主義で、それぞれ元気にやっていればよしという方針です。連絡なんて一年に一度あるかないかというところです。
その実家から手紙が。確か、半年くらい前に一番上の兄から連絡が来た筈ですが……。
終業後に部屋で、受け取った手紙を広げてみます。珍しいことに母からでした。
一通り文面に目を通し、確認のため再度見直します。
私の見間違いでなければ、一度家に帰ってくるようにと書かれているのですが……。しかも日付指定で。
暫く私は頭を抱えました。
遠慮がないにも程があるでしょう。私の予定はまる無視ですか?
あああ、弟たちにも連絡を取らないと……。
翌日、上司の執事様に報告します。休みをもらうためには、上司の許可が必要ですから。
朝会が終わり同僚が各々の仕事場に散っていく中、立ち去ろうとしている執事様を捕まえました。
「ゆ、執事様」
名前で呼びそうになりました。仕事中ですから、気を付けなければいけませんね。
「シエル、どうしました?」
「少し話があるんですが、時間を作ってもらえませんか?」
振り返った執事様は、私を見下ろして暫し固まりました。どうしたんでしょう。
「急ぎ聞かなくてはいけない話ですか」
「できれば早めにお願いします」
「……分かりました。それでは執務室で」
べつにこの場でも構わないのですが。休みを下さいと言うだけですしね。
元々そのうち休暇を貰おうと思っていましたし。
そう思いつつ、先を行く執事様についていきます。
部屋でいつかのソファを勧められたので、丁重に断りました。座るほどの話ではありませんし。
机に着いた執事様が嘆息しました。当然いつもの無表情ですが、心なしか溜め息が深いような気がします。思い過ごしかもしれませんが。
「それで、話は何です?」
「実家に帰ろうと思っているんです」
ガタッと音がしたので執事様を見遣れば、椅子を座り直したところでした。
「それで、勤務の調整をお願いしたいんです」
「…………いつ頃ですか?」
「再来週辺りに」
「旦那様方に報告はしてるんですか?」
「いえ、していませんが」
いちいち従業員の休暇の話を聞いていられるほど暇ではないでしょうし。あんまり時間的な余裕もないですからね。
母の指定してきた日は、再来週の頭になります。自営業の実家と違って、外に働きに出た私たちは融通がきかないというのに、急ですよね。
こっちの都合も考慮して欲しいものです。
嘆息していると、執事様がすっと立ち上がりました。
つかつかと歩み寄ってきます。
何でしょうと見上げれば、珍しく憮然とした執事様がいます。
どうしたっていうのでしょう。
「見合いの相手ですか」
「は?」
「見合い相手とうまくいったんですか」
「はぁ?」
何の話ですか?
見合いと休暇と何の関係が?
私が混乱していると、執事様は執事様は徐に上着の胸ポケットからハンカチを取り出しました。
パタリと叩きつけられたそれを私が思わず受けとると、執事様が僅かに目元を歪めました。苦しそうに。
「薄情ですね。心の準備すらさせてくれないんですか」
「……ユーリ?」
「貴女がそのつもりなら、私にも考えがある」
「何の?」
思わず呼んだ名前は、一瞥で返されます。
私、何もしてませんよね。何でそんな顔をするんですか。
「旦那様方には私が連絡しましょう。勤務の調整はその後で」
「? はい」
よく分かりませんが、連絡してくれるというのだからお願いすることにします。
納得しないままに執事様の執務室を辞した私ですが、この時の執事様の勘違いに気がつくのは暫く後になります。
そのことで後悔することになるのですが、それはまた後日の話です。