執事様、やっぱり様子が変ですよ?
瞬く間にやって来た休みの朝、自室のタンスを前に外出着を物色していると、押し掛けてきたハーシーと先輩侍女に捕まりました。
「あんまり時間がないんですが……」
「いいからいいから」
抵抗も虚しくずるずると引きずって行かれたのは、奥様の私室でした。
朝も早いというのに奥様に笑顔で迎え入れられます。
それを見て図られたと気がつきました。
「おはようございます……?」
「おはようシエル、待ってたわ!」
満面の笑みで広げられたのは余所行きのドレスです。
それも、奥様やお嬢様が着ていてもおかしくない一級品。
「さぁこのドレスに着替えて」
「身の丈に合わないんじゃないかと」
「まあまあ、早く着て見せて」
抵抗も虚しくという間に着替えさせられてしまいました。
鏡の中の飾りたてられた自分に、激しく違和感を感じます。
「これくらいでちょうどいいんですよ。少しは危機感を持ってもらわないとねぇ」
「ねーぇ」
ハーシーと先輩が何か言っていますが、何の話ですか?
準備が終わると、馬車で待ち合わせの店へ向かいます。
送迎つきとか、侍女の待遇じゃない気がするんですが。
若干よろよろとしつつも辿り着いた店で待っていたのは、優雅にコーヒーを飲む男性でした。
こちらに気づいた男性は、ゆるりと視線を上げます。
第一印象は、所作の綺麗な男性だなというものでした。商家の長男と聞いていましたが、意識して身に付けたのでしょうか。
するりと立ち上がった男性は、柔らかに微笑みながら手を差し出してきました。
「オーランド・クロークです。初めまして」
「シエル・ノットです。こちらこそ初めまして」
差し出された手を取ると、軽く握られます。握手という習慣がなかったので、少し新鮮に感じました。
今回はお見合いと言っても簡略にということでお互いに世話人を置いていません。
相手方からの申し入れです。様式よりも効率を重んじる人なのでしょう。
席に着いたのを見計らって、料理が運ばれてきます。
見合いの席というだけあって、お高そうな見た目です。値段は怖くて聞けないです。
「ノットさんは」
「呼び捨てでいいですよ」
「ではシエル、私もオーランドで」
さらりと名前で呼ばれました。自然すぎて突っ込む隙もありません。
「シエルは男爵家で長く勤めているとか」
「十年ほどになります」
「男爵夫人は貴女のことを褒めていました」
「……そうですか?」
「ええ、私には勿体ないくらいだと言われました」
明るく笑うオーランド。笑うと途端に雰囲気が柔らかくなります。
懐っこい表情は、商人として武器になることでしょう。
「でも申し訳ないですね。私は今結婚する気がないんですよ」
「何故ですか?」
「まあ、一人だと何かと気楽ですしね」
肩を竦めるオーランド。本気でお見合いする気のない私としては、願ってもない台詞ですが。
「だから、結婚願望ありありのお嬢さんが来たらどうしようと思っていました」
「私は違うと?」
「それぐらいは分かりますよ。だから今日は食事をして、それで終わりです」
「異論はないですが、それで周りが納得するんですか?」
「見合いしたという事実が大事なんです。これで私はしばらく自由の身だ」
なるほど、と思います。こちらも大体似たようなものです。
一度会えば奥さまへの義理も果たされるでしょう。
相手もそう言っていることですし、料理を楽しむことにします。せっかくの高いお料理ですし。
惜しむらくは、私が繊細な味付けを感じとるたけの舌を持っていないことでしょう。
和やかな空気で食事が終わり、店を出る段になってオーランドに手を取られました。
何事かと見上げると、にこりと微笑まれます。
「こうして会ったのも何かの縁です。今後も友人としてつき合って貰えませんか」
「え、はい」
握手を交わし、多少混乱しつつも用意してもらった馬車に乗り込みます。席に腰を落ち着け、嘆息します。
何だか拍子抜けです。結果オーライ?
こんなにあっさり希望通りに行くとは。お友達認定は想定外ですが。
良かったと言ってもいいんでしょうか。少しほっとしていることは間違いありませんが。
ぐるぐると考えているうちに男爵家に着きました。
御者にお礼を言って馬車を降りると、ちょうど屋敷から執事様が出てきたところでした。
珍しい。普段は仕事中、屋敷に籠りっぱなしですからね。
こちらに目を止めた執事様がハタと足を止めます。
「シエル。帰りですか」
「お疲れさまです。ユーリ、どうしたんですか、こんな所に」
「いえ、頼まれた仕事があったのですが」
執事様の視線が僅かに下がります。
そういえば、まだ着替えていないのでした。今の私は慣れないドレス姿です。
「その格好は?」
「奥様にお借りしたんです。着慣れなくて落ち着かないですね」
私が笑うと、執事様はこちらへ歩いてきました。
持っていたカバンを取り上げられます。
「似合ってますよ」
「……そうですか?」
どうしたんでしょう。見下ろす執事様はいつも通りの無表情ですが、心なしか不貞腐れているような。
……いや、そんなはずないですね。見間違いでしょう。
「ユーリ、カバンを返してください」
「部屋まで運びますよ」
「はぁ、ありがとうございます?」
カバンも奥様にお借りした余所行きのもので、特に運んでもらう必要はないんですが……。
すたすたと歩き始めてしまった執事様の後を追いかけます。
「シエル、」
「はい」
「……いえ、なんでもありません」
変な執事様ですね。言いかけてやめるとか、らしくないですよ。
首を傾げつつ、隣に並びます。
別に会話に溢れている訳ではないので、黙々と歩いて行きます。
結局、執事様は私が生活している寮の入り口まで送ってくれました。
……何だったんでしょうね?




