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最近、うちの執事様の様子がおかしいです。  作者: 芍薬
執事様と、婚活宣言
10/18

執事様、不意打ちというやつですか?

 お嬢様という人を一言で表すと、“困った人”でしょうか。本当に困った人なんですけれど、どこか憎めないのがお嬢様という人です。


 業務後、お嬢様の部屋に顔を出すと、満面の笑みで迎えられました。


「ねえシエル、見て! これ旦那様が買ってくれたの!」

「良かったですねぇ」

「ほら、これも!」


 婚家から持ち込んだ荷物を広げてニコニコするお嬢様。

 夫婦仲が良好でいいことです。


「それでね、これはシエルにお土産」


 まるっこい包みを渡されて私は首をかしげます。

 大きさと感触からして衣類のようですが、一体これは何でしょう。


「それね、ドロワーズ」

「ドっ」


 絶句してしまった私は悪くないですよね?

 この国では、幼子に下着を送るのは“君の健やかな成長を願う”という意味ですが、妙齢の人物に送ると“君の服を脱がせたい”という意味になります。

 ……お嬢様、何をやってるんですか。


 私は目眩を感じた気がしてこめかみを押さえました。


「可愛かったから、シエルにあげようと思って」


 お嬢様はキラッキラの笑顔です。眩しいです。

 その表情には、一片の邪気もありません。


 ……まあ、知らなかったんでしょうね。夢見るお嬢様の頭の中は、咲き乱れる花畑が広がっているのでしょう。

 旦那様の苦労が偲ばれます。

 このお嬢様と大恋愛の末に結婚したにしては、まともな方だと思ったのですが。


「これできっと、お見合いも大成功ね!」


 今度こそ間違いなく、訪れた目眩でくらっとしました。

 まあ、聞いたから帰ってきたんだろうなとは思いましたけど!

 そもそも、お見合いにドロワーズは関係ないですから。


「あのですね、お嬢様」

「シエル、お見合いが成功したら、旦那様と遊びに来てね!」


 心底楽しそうなお嬢様は、私の手をとって踊りだしました。


「お嬢様、私は結婚する気は」

「分かってる! 照れなくてもいいのに~」


 根掘り葉掘り話を聞かれた私がお嬢様の部屋を出たのは、もう深夜と言っても差し支えのない時間でした。

 いいんですけどね。


 自分の部屋まで歩きながら、つい溜め息をつきます。

 何でしょうね。

 周りは盛り上がっているのに、自分だけ冷めているみたいで取り残されている気分になります。


 歩いていると、廊下の向こうから誰かがやって来るのが見えました。


「お疲れ様です」

「ユーリ」


 執事様でした。こんな時間まで仕事でしょうか。

 ビシッとした格好は昼間と変わりません。


「何かありましたか? こんな時間まで」

「いえ、特には」


 言いつつも執事様は物言いたげです。

 何かあったでしょうか。いつもキッパリした執事様が、珍しくもにょっとした表情をしています。


「シエルこそ、お人好しの時間は終わったんですか」

「終わりましたよ。お嬢様もお休みになられました」


 さっきまでは踊っていましたけどね。


 ふぅと息をつくと、私は立ち去るべく頭を下げました。


「それではお疲れさまでした」


 通りすぎようとすると、ぱしりと腕を掴まれます。


「? 何ですか?」


 見上げると、何かが降ってきたので受け止めました。


「……お茶ですか?」

「疲労回復に効くそうですよ」

「くれるんですか」

「たまにはいいでしょう」


 素っ気なく渡されたのは、紅茶の缶でした。私でも知っているような高級なブランドの。


 今日はよく贈り物を貰う日です。

 首を捻っていると、今度は執事様が溜め息をつきました。


「誕生日でしょう、貴方の」

「え」


 忘れていました。

 実家を出て久しい私には、誰かと自分の誕生日を祝う習慣はありませんでしたから。

 ポカンとしていると、執事様は流れるような動作で掴んだままだった腕を滑らせました。


「貴方の一年が、花咲きますように」


 それは、お決まりの挨拶。

 親しい人が誕生日を迎えたときに贈る言葉。

 握られた手を一度、彼の額につけられたのは、敬愛の仕草。

 騎士が主に跪くように、(ふる)くは忠誠を誓う動作が、今では親愛を示す動作として知られている。


「ユーリ」

「では、ゆっくり休んでください」


 踵を返して立ち去る執事様を、私は呆然と見送りました。

 まさか、このために? この時間まで待っていてくれたのでしょうか。


 驚きと、じんわりした思いが胸の内を巡りました。

 ……執事様、同僚にこんなことをしていると、縁談の相手に誤解されますよ。

 そう思うのに、何故だかおかしくてくすりと笑ってしまいました。

 私の部屋、茶器は置いてないんですけどね。

 確認もせずに渡してくるところが執事様らしくないなぁなんて。言ったら怒られてしまうでしょうか。

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