執事様、不意打ちというやつですか?
お嬢様という人を一言で表すと、“困った人”でしょうか。本当に困った人なんですけれど、どこか憎めないのがお嬢様という人です。
業務後、お嬢様の部屋に顔を出すと、満面の笑みで迎えられました。
「ねえシエル、見て! これ旦那様が買ってくれたの!」
「良かったですねぇ」
「ほら、これも!」
婚家から持ち込んだ荷物を広げてニコニコするお嬢様。
夫婦仲が良好でいいことです。
「それでね、これはシエルにお土産」
まるっこい包みを渡されて私は首をかしげます。
大きさと感触からして衣類のようですが、一体これは何でしょう。
「それね、ドロワーズ」
「ドっ」
絶句してしまった私は悪くないですよね?
この国では、幼子に下着を送るのは“君の健やかな成長を願う”という意味ですが、妙齢の人物に送ると“君の服を脱がせたい”という意味になります。
……お嬢様、何をやってるんですか。
私は目眩を感じた気がしてこめかみを押さえました。
「可愛かったから、シエルにあげようと思って」
お嬢様はキラッキラの笑顔です。眩しいです。
その表情には、一片の邪気もありません。
……まあ、知らなかったんでしょうね。夢見るお嬢様の頭の中は、咲き乱れる花畑が広がっているのでしょう。
旦那様の苦労が偲ばれます。
このお嬢様と大恋愛の末に結婚したにしては、まともな方だと思ったのですが。
「これできっと、お見合いも大成功ね!」
今度こそ間違いなく、訪れた目眩でくらっとしました。
まあ、聞いたから帰ってきたんだろうなとは思いましたけど!
そもそも、お見合いにドロワーズは関係ないですから。
「あのですね、お嬢様」
「シエル、お見合いが成功したら、旦那様と遊びに来てね!」
心底楽しそうなお嬢様は、私の手をとって踊りだしました。
「お嬢様、私は結婚する気は」
「分かってる! 照れなくてもいいのに~」
根掘り葉掘り話を聞かれた私がお嬢様の部屋を出たのは、もう深夜と言っても差し支えのない時間でした。
いいんですけどね。
自分の部屋まで歩きながら、つい溜め息をつきます。
何でしょうね。
周りは盛り上がっているのに、自分だけ冷めているみたいで取り残されている気分になります。
歩いていると、廊下の向こうから誰かがやって来るのが見えました。
「お疲れ様です」
「ユーリ」
執事様でした。こんな時間まで仕事でしょうか。
ビシッとした格好は昼間と変わりません。
「何かありましたか? こんな時間まで」
「いえ、特には」
言いつつも執事様は物言いたげです。
何かあったでしょうか。いつもキッパリした執事様が、珍しくもにょっとした表情をしています。
「シエルこそ、お人好しの時間は終わったんですか」
「終わりましたよ。お嬢様もお休みになられました」
さっきまでは踊っていましたけどね。
ふぅと息をつくと、私は立ち去るべく頭を下げました。
「それではお疲れさまでした」
通りすぎようとすると、ぱしりと腕を掴まれます。
「? 何ですか?」
見上げると、何かが降ってきたので受け止めました。
「……お茶ですか?」
「疲労回復に効くそうですよ」
「くれるんですか」
「たまにはいいでしょう」
素っ気なく渡されたのは、紅茶の缶でした。私でも知っているような高級なブランドの。
今日はよく贈り物を貰う日です。
首を捻っていると、今度は執事様が溜め息をつきました。
「誕生日でしょう、貴方の」
「え」
忘れていました。
実家を出て久しい私には、誰かと自分の誕生日を祝う習慣はありませんでしたから。
ポカンとしていると、執事様は流れるような動作で掴んだままだった腕を滑らせました。
「貴方の一年が、花咲きますように」
それは、お決まりの挨拶。
親しい人が誕生日を迎えたときに贈る言葉。
握られた手を一度、彼の額につけられたのは、敬愛の仕草。
騎士が主に跪くように、旧くは忠誠を誓う動作が、今では親愛を示す動作として知られている。
「ユーリ」
「では、ゆっくり休んでください」
踵を返して立ち去る執事様を、私は呆然と見送りました。
まさか、このために? この時間まで待っていてくれたのでしょうか。
驚きと、じんわりした思いが胸の内を巡りました。
……執事様、同僚にこんなことをしていると、縁談の相手に誤解されますよ。
そう思うのに、何故だかおかしくてくすりと笑ってしまいました。
私の部屋、茶器は置いてないんですけどね。
確認もせずに渡してくるところが執事様らしくないなぁなんて。言ったら怒られてしまうでしょうか。




