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だからこそ世界は美しい場所たり得る
彼女は彼女のためにそこにあるはずの靴を脱いだ。穿いていた季節を叩き落とすと素足になった。ゆっくりと綺麗な水をかけていると、傍らに立つ傷口がそれをじとっとした目つきで眺め下ろす。痛みのない足指に、彼女はそうっと絆創膏を貼った。赤くもない、写真を撮りSNSに被害者面して長文を上げたりすることもできない、一つの傷もない、でも、歩けない。これ以上はできない。
「あなたのせいよ、今こんなふうになっているのは。あなたのせいだ。みんなみんなあなたのせいだから、謝ってよ! ずっとずっとわたしに謝りながら近くにいて!」
彼女は泣きっ面を晒している夕焼けに、遮二無二拳骨を見舞い続ける。
例えばカップ下のソーサーに小指がぶつかった時ほどの音もない。盛大に彼女じしんの口から吐き出される息の音しか、辺りに響く物音はない。
今日というものを彼女はそこで殴り続ける、嫌い、大嫌いと繰返しながら。何かに何かを求め、弾かれながら。
誰もこんな有り様の彼女を救わない。
いつでもそうだったし、誰も彼女の心を見ようともしない。無論彼女に限らず誰にとっても常に、この世界でそれを見ようとして見ることができるのはたった一人なのだけれど。
暮れていく世界、じきに闇が彼女ごと包み込んであったかもしれないその真実も全て消してしまった。




