変わらないもの
スナック菓子特有の軽い音、口内で充満している薄く甘い香り。片手に持った袋の中を見下ろす。が、求めているものは見えない。それは、ピーナツは、袋の底に、欲しがる手から毎回逃れるかのように沈み込んでいて身を寄せ合っているのだとこちらも分かっている。毎回こうだ、捕食者であるわたしたちから、キャラメルコーンを半分ちかく消化し、甘み以外の味覚を欲して下ろされた視線からまるで茂みの陰にいて隠れているかのように、彼らが見えない。そこにいるの分かっているのに、そこまで行く気にはなれない。連中を捕らえるためにこちらが動かないとならない、そう思うと、どうも気が進まない。更に増える指の汚れを気にしないほどもう今では子供ではない、ということが強烈に意識される。面倒で、それを面倒に思う心自体がもはや若くないというのも同時に意識されて、それで一層と面倒くさい。それで、わたしたちはキャラメルコーンを一つまた一つと口に運び入れるという動きを再開する。それからようやく同胞をほぼ全員失った状態にまでなり、隠れていたピーナツたちがわたしたちの目に映るようになる時には、景色は一変している。かつて一番近くに存在していたものの残り滓、思い出、多くが消えてしまった後に特有の匂い。そこにいるのはあらゆるものを纏った彼らだ。侘しく感じられる。昔はよかったという思いで一杯になってしまう。商品棚で見かけたパッケージには、何だか仲良さ気なピーナツとキャラメルコーンがバランス良く混ぜてあるかのように消費者に思い込ませるための写真。もちろん、そんなふうに都合良く、わたしたちがいい気分のままでいられる時間なんてものはなく、幻想でしかないのは分かっている。始めからちゃんと分かっている。そんなのあるわけないって分かってる。
さっきまであんなに欲しかったピーナツ。なのに、今ではもう袋ごと捨ててしまっても構わないものにしか、わたしたちには感じられなくなっていた。




