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《改訂版》双子探偵社  作者: 南条祝子
3.正体
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3.正体〈1〉

3 正体


 1


 次の日。


 放課後が待ち遠しくて、今まで経験したことがないくらい一日を長く感じた。


 帰りのホームルームが終わると、私たちは担任の倉田先生を呼び止めた。


「先生、ちょっと相談したいことがあるので進路相談室でお話しさせてください」


 そう声を掛けると、先生は何の疑いも持たない様子で「なんだ、まだ期末テスト前なのに進路の変更でも考えているのか?」と笑った。



 四人でぞろぞろと進路指導室へと向かう。


 室内に入り、扉を閉めると、面談用の椅子に腰掛けた。


「で、どうしたんだ」


 倉田先生の言葉に、玲香は鏡を取り出して机の上にそっと置いた。


「これは?」


 訝しげに首を傾げ、先生は鏡を開いた。


「形見分けで貰ってきた、さやかの鏡です」


 玲香が答えると、先生は一瞬、片方の眉を吊り上げた。


「先生、左下に貼ってあるシールをよく見てください」


 玲香に続いて、私は先生に鏡の例の部分をよく見るよう促した。


 しかし、先生はシールに視線を移すことなく、元通り鏡を閉じて、小さく息を吐いた。


「先生、さやかと付き合ってたんでしょう」


 リズが単刀直入に質問した。


 そう、先生の名前は倉田英輔。イニシャルはE・Kだ。


 先生は言葉を返すことなく項垂れる。


「それなのに、なんで依子先生と結婚するんですか?」


「依子先生と結婚するのに、さやかが邪魔だったの?」


「先生、答えてください」


 私たち三人に矢継ぎ早に質問を浴びせられても、先生は押し黙ったまま、暫く手にしたさやかの鏡を見詰めていた。


 程なく、再び顔をあげると、先生は私たちが投げ掛けた質問に答え始めた。


「そう、さやかと付き合ってたよ」


 思った通り、さやかの秘密の彼氏とは先生のことだった。


「さやかが高校を卒業したら、結婚するつもりだったんだ」


 更に、驚きの事実が告げられ、私たち三人は一瞬、顔を見合せた。


 すぐに先生に視線を戻す。


「教師と生徒だし、僕もさやかも卒業まで周りには秘密にしておこうって約束していたんだ」


 俄に先生の目に涙が浮かび始める。先生はそれを手のひらで拭った。


「結婚って……、まだ付き合って二ヵ月ですよね」


 玲香が不信さを露わにした。

それに対する答えとして、先生は頭を横に振る。


「え?でも、さやかから彼氏ができたって聞いたのが二ヵ月前でした」


 訳が分からないという様子で玲香は聞き返す。


「結婚の話をしたのが二ヵ月前。付き合い始めたのはもう少し前だよ」


「そんな、全然分かりませんでした」


「会うのも、他の教師や生徒に見られないよう、極力気をつけていたからね。御苑妹はさやかと親友だったよな」


「はい」


「親友にまで黙っているのは苦しいって、さやかがよく言っていた」


 玲香はそれを聞いて、黙ってしまった。


 更に先生は、期末テスト後の進路相談前にさやかの家に挨拶に行く話をさやかとしていたとも明かしてくれた。


「なんでこんなことに……」


 ひとしきり話し終えると、ついに先生は大粒の涙をこぼし始め、手が震えるほどにさやかの鏡を強く握りしめた。


「それじゃあ、先生は依子先生と結婚するために、さやかが邪魔になったとか、そういうことは全くなかったんですね」


 リズが確認すると先生は頷き、依子先生の件について打ち明けた。


「一ヵ月くらい前に理事長に呼ばれて、いきなり依子先生と結婚してほしいと言われたんだ」


「いくら理事長でも横暴ですね」


 私が感想を述べると、先生は涙の痕の残る顔で苦笑した。


「当然、僕は、結婚を考えている人がいるからと、その話は丁重にお断りしたんだ」


 私は先生に頷いて同意を示した。


「理事長はどんな相手か探ってきたけれど、まさかさやかの名前を出すわけにはいかないし、その場は適当に誤魔化した」


 もっともらしい断り文句に真偽を疑ったのかもしれない。本当だと知ったところで理事長が倉田先生の相手を突き止めて、どうするつもりだったのか、なんとなく予想できなくもないが、私はその考えを頭の隅に追いやった。


 とにかく、先生は一度断った。それを聞いて、私はある種の安心感を持った。


 先生が続きを語る。


「数日前、また理事長に呼ばれて、結局、命令という形で押し切られてしまった」


「断れなかったんですか」


 玲香が怒気を含んだ口調で問い正す。


「事件以来、どうもぼんやりしてしまって、前みたいに毅然とした態度を取れなかった。情けない話だよ」


 目頭を指で押さえて先生は自嘲した。


 けれど、先生を責められるだろうか。事件のあった日から、教室でも先生が憂鬱そうだったのには気づいていた。


 勿論、その時は先生がさやかと付き合っていたとは知らなかったから、受け持ちの生徒が殺人事件の被害者になったことにショックを受けているのだと思っていた。


「僕が怪しまれるも無理ないね」


 力なく独り言のように言う先生の前で、私は携帯電話を取り出した。叔父さんに電話するためだ。


「先生、今の話、警察の人にも話してください」


「警察に」


 一瞬、先生が躊躇う素振りを見せた。けれど、それは犯人だと疑われるからではないと私は分かっていた。


「先生が犯人でないなら、尚更、そうしてください」


 先生が黙って頷くのを見て、私は発信ボタンを押した。



 それから二十分後、進路指導室に叔父さんと中野刑事がやってきた。


「三人とも、連絡してくれてありがとう」


 中野刑事は私たち一人一人を順番に見てから、叔父さんに続いて進路指導室の中へ消えた。



 室内で先生と叔父さんたちが話している間、私たちは進路指導室の扉の横に並んで、叔父さんたちが出てくるのを待った。


 五分、十分と時間が過ぎていく。


 ふと、私の隣で玲香が「敵を欺くなら、まず味方から」と呟いた。


 唐突に何のことだろうと私とリズが、眩しそうに窓の外を見ている玲香に注目する。


「さやかがそう言ったことがあったの」


「さやかが?」


 リズが聞き返した。


 こくりと頷いてから、玲香は思い出を取り出して言葉にする。


「まだ、二年生になったばかりの頃だったかな。昼休みにさやかと前の日に見たドラマの話をしてたときよ」


 察するに、その頃には既に倉田先生と付き合っていたのだろう。


「親友を守るために隠し事してたドラマの主人公のことで、正直に言えばいいのにね、って私が言ったの」


「そうしたら、さっきの言葉をさやかが言ったのね」


「そうよ。あの時、ちょっと意外で驚いた」


 玲香の言う通り、さやかからはイメージしにくい言葉だ。けれど、それだけ、さやかは私たち学生によくある、ちょっと大人の男性へ抱く憧れとは違う気持ちで先生と付き合っていたんだろう。


 たとえ二人がそうであっても、残念ながら周りの大人たちが違う見方をすることは想定していた。さやかがまだ学生だから。下手をしたら、倉田先生の進退問題にだって発展しかねない。


 それだからこそ、玲香にすら内緒にしていたのだ。


 思わぬところから不意を突かれないよう、極力履歴を残さずに、人目を忍んで会っていた。


「さやかじゃないけど、私も、ちょっと年上の人が良いな」


「何言ってんの」


 唐突に話題を変えるので、私は隣に立つ玲香にトンと肩をぶつけた。


「ほら、例えば、中野刑事って、本当に優しくて良い人だし」


 何を言い出すのかと呆れながら玲香を見ると、ほんのり頬を染めている。


「玲香って、ああいう貧弱そうなのが好きそうだもんね」


 そういうことか、と納得した私は笑って答えた。


 そこへ「あら、見た目は貧弱そうでも刑事なんだし、それなりに鍛えてるんじゃないの?」と、玲香の向こう側からリズが話に加わってきた。


「んもう、私が言いたいのは、優しさって大事よねって話!」


 私とリズの遣り取りに玲香がむきになる。


「確かに、良い人っていうのは認めるけど」


 私は廊下と進路指導室を隔てる壁に背中を預けて続けた。


「いかにも育ちが良くて、名門大学卒業しましたっていう雰囲気が余計貧弱そうで、頼りなく感じるのよね。刑事って叔父さんみたいに、こう、ごつい感じの方が……」


 私がそこまで言った時、進路指導室の扉が開いた。


 びくりと体が跳ね上がり、嫌な予感に心臓が激しく脈打つ。


 ゆっくりと扉に視線を動かすと、静かに中野刑事が出てきた。明らかに今の話を聞いていたのだろう。むっとした表情をしていた。


 私は慌てて口を噤んだが、時既に遅しだ。


「聞いてた……?」


 私の問いに中野刑事は頷いて「僕が貧弱そうってとこから、しっかり聞こえてたよ」と答えた。


 その言葉に、玲香とリズは青い顔をしてどうにか取り繕おうと口を動かしたが、うまく言葉にならない。


 彼は「事情を訊いた上で、念のため確認したけど、さやかさんが殺された日時も、土曜の夜八時も先生があの電話ボックスから電話するのは無理だね」と素っ気なく言い、後から出てきた叔父さんと一緒に廊下の向こうへと消えて行った。


「中野刑事、怒っちゃったじゃない!姉さんの馬鹿!」


 二人が立ち去った後の廊下で、私は激しい自己嫌悪に陥りながら、玲香の叱責に耐えるしかなかった。

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