2.形見〈3〉
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翌朝、私たちはいつも時間に学校へ向かった。
事件の日からおよそ半月が過ぎていた。
時間というのは残酷なものだ。
毎日のように取材に来ていた報道関係者は日を追うごとに姿を消し、ついに、生徒や職員といった学校関係者のみが行き来する風景に戻った。
更に学校内でさえ、元々さやかと縁のない生徒たちからは、事件はとっくに過去のもののような扱いを受けるありさま。
周りは日常に戻っても、私たちには今も事件は終わっていない。紛れもなく現実として、玲香の悲しみは続けている。
それを少しでも自分たちでなんとかしようと、相変わらず放課後は聞き込みに出掛けていた。
例え無駄な努力であっても、ただ犯人が捕まったという知らせを待つだけより、そうすることで気持ちの整理もつくような気がするからだ。
朝のホームルームが始まり、担任の倉田先生が出席を取り始める。淡々と名前が読み上げられていき、順に返事を返していく。
私と玲香が返事をした後だった。教室の後方、そのまた壁の向こうから「きゃー」とか「おー!」という歓声が聞こえてきた。
クラスの殆どが、その歓声にびくりと肩を竦めた。隣の教室からだとわかると「騒々しいね、なにかな?」という声がひそひそと飛び交った。
「こら、出席の続きをとるぞ!次、村上!」
何事もなかったように倉田先生は出席の続きを取り始めた。
本来は明るく気さくな先生だが、事件以来、憂鬱そうな表情をする時が増えた。今みたいな事があれば、前なら「隣はうるさいな。返事が聞こえなかったから、御苑は休みな」なんて、茶化すような人だった。
それは、倉田先生だけでなく、クラス全体の雰囲気にも言えることだが。
ホームルームの最後に一限目の準備をするように促すと、先生は教室を出て行った。
先生の姿が見えなくなるのを見計らい、男子数人が隣のクラスへ先程の騒ぎの原因を探りに出掛けて行った。
その様子を一瞥し、私は机の中から一限目の教科書を取り出す。
暫くして、廊下から「まじかよー!」という叫び声が聞こえてきた。次に、声の主の男子たちが勢いよく教室のドアを開けて、押し合いながら教室に入ってくる。
みんなの視線が集中する。
男子のうちの一人が「倉田と二組のよりちゃんが結婚すんだって!」と叫んだ。
教室中が数分前の隣のクラスのように沸きあがった。
二組のよりちゃんとは、隣のクラス、二年二組の担任で、音楽教師の三枝依子先生。
私たちの通う学校は私立で理事長という役職の先生がいる。依子先生はその理事長の娘だ。美人で人当たりもいい。その為、男子生徒からも人気で、ファンクラブまであるアイドル教師だ。
男子たちが口々に落胆の言葉を発する様子を眺めていると、後から背中をちょいちょいとつつかれた。
「倉田先生、何も言わなかったね」
振り返ると、小さい声で玲香がそう話し掛けてきた。
私は黙って頷く。
すると、いつの間にか傍へ来ていたリズが「うちのクラスは他と違って、さやかの件があるからね」と玲香の言葉に答えるように言った。
周りには既に過去のことでも、受け持ちクラスの生徒が殺された担任としては事件から日も浅いと感じるだろうし、個人的な嬉しいことは言い出しにくいのかもしれない。
「男の人はいちいちそんなこと吹聴してまわらないんじゃないの」
私の言葉に恋愛話が大好きな玲香は「そういうものなのかな」と不思議そうな表情をした。
でも、これを機に、クラスになんとなく立ちこめている重たい空気が少しでも和らいでくれればいい、そんな気持ちになった。
その日の帰りも公園周辺で聞き込みをしたが、やはり、さやかの彼氏と思われる人物の目撃情報は得られなかった。
仕方なく私たちはとぼとぼと家へ向かって歩く。
「もう、無理なのかな」
玲香が力なく呟いた。
「警察はもうさやかの彼氏を見つけたのかしら?」
そう言うリズに「だったら叔父さんが分ったとだけでも教えてくれると思うけれど」と私は答えた。
「そうよね……」
玲香は同意したものの、深く溜め息を吐いた。
家に帰り着くと、私服に着替える為に一旦それぞれの部屋に入った。
着替えが済むころ、私の部屋の扉が物凄い勢いでノックされ、返事を返す間もなく玲香が転がり込んできた。
「どうしたの、そんなに慌てて」
私が面食らっていると、まだ制服のジャケットを脱いだだけの玲香が顔を強張らせて左手を差し出した。
その手には折り畳み式の鏡。
「何?」
何を慌てているのか、とにかく鏡を受け取る。改めてよくよく見てみると、それは玲香がさやかの形見分けで貰ってきた、あの折り畳み式の鏡だった。
外側には、さやかが自分で施したものだろう、ピンクを基調にしたラインストーンがきらきらと煌めいている。いかにも可愛いもの大好きのさやからしいデコレーションだ。
「姉さん、開けて中を見て」
言われたとおり、私は鏡を開いた。
中の鏡にも、たくさんのシールが縁取るように貼られている。私はそのシール一つ一つを目で追った。
そして、ある一か所に私は目を留めた。
小さなアルファベットのシールで、さやかのイニシャルS・Iが貼られている。続けてハートのシール。その隣に続くアルファベットを私は声に出して読んだ。
「E・K……」
玲香が頷いた。
「これ、さやかの彼氏のイニシャルだよね」
玲香は再び頷いた。
みんなに知られると騒ぎになる。その言葉が脳裏を過った。隠れて付き合わなくてはいけない相手。
確かに、この人となら、そうしなければいけない。騒ぎどころか、下手をしたら大問題になるのではないか。
私と玲香が同じ人物を思い浮かべているのは確かめるまでもない。
今度は二人でリズの部屋へ転がり込み、鏡をリズに見せる。
「沙織、玲香……、まさか、さやかの秘密の彼氏って……」
リズも私と同じ反応をした。私たちは三人とも確信した。
間違いない。
明日の放課後、私たちはさやかの秘密の彼氏に直接、真実を確かめることにした。




