1.過去形〈2〉
2
その翌々日、さやかの通夜が彼女の自宅近くの斎場で行われた。
私たち三人はクラスの集合時間よりも早く斎場へ向かい、さやかの亡骸と対面した。
棺の中のさやかは眠っているかのように穏やかな顔をしている。
しかし、愛らしかった淡い桜色の頬はまるで陶器のようで、もはや温もりを感じることはできないと知るには充分過ぎた。
改めて親友の死をその目で確認し、玲香は悔しそうに嗚咽を漏らした。
一体、誰がこんな酷いことをしたのだろうか。さやかが何をしたというのか。
傍に付いていたさやかの母親は、泣き続ける玲香に生前の交友の礼を述べ、そっと肩を抱いてくれた。
母親である彼女は、事件後一体どのくらい泣きはらしたのだろうか。その目元は真っ赤だった。
暫くして玲香の涙が落ち着くと、さやかの遺品を形見分けしたいから、また改めて自宅を訪ねて欲しいと声を掛けてくれた。
玲香は勿論、それに静かに頷いて答えた。
やがて、しめやかに通夜が始まった。
担任の倉田先生をはじめ、クラス全員の他に、校長、教頭、教科担任など、参列者は学校関係者だけでもかなりの人数だ。
私たちは倉田先生の後に続いて焼香台まで進んだ。
朗らかに微笑むさやかの遺影に向かって、心の中で別れを告げ、祭壇前から下がろうと振り返った時だった。
斎場の入り口付近になんとなく視線がいくと、叔父さんと中野刑事の姿があった。
私は玲香とリズを取り残し、足早に彼らの元へ向かう。
「やあ」
二人は短くそう声を発した。
「二人も焼香に?」
私が尋ねると二人は黙って頷いた。
私の後を追い掛けてきた玲香とリズにも叔父さんは短く声を掛ける。
「それと、丁度、知らせておきたいことができた」
さやかの遺体が戻っていることだし、解剖の結果だろう。
私が聞く体制を取ったので、叔父さんはそのまま言葉を続けた。
「やはり他殺だった。この間の日曜、午後六時から七時半までの間にさやかちゃんが亡くなったのは間違いないようだ」
叔父さんの言葉に玲香が深く息を呑みこむのが聞こえた。
「通りかかった人に発見されたのが七時半。その前の六時頃に、母親はさやかちゃんが少し出掛けてくると家を出たと言っていた」
さやかは日曜の午後六時に自らの意思で外出した。
叔父さんの言葉をしっかりと頭の中に刻み込む。
そうしていると、ふと気がついたことがあった。
十一月ともなれば六時はもう真っ暗だ。そんな時間に、さやかは何をするために出掛けたのだろうか。
それが妙に引っ掛かった。さやかは日も落ちて真っ暗な時間に、一人で外出できるような子ではなかったからだ。
すぐに、誰か顔見知りに会いに、もしかしたら、最近できた彼氏に会いに外へ出たのかも知れないという考えが浮かんだ。
私は一人、頭の中で更に考えを進める。
だとすれば、何らかの形で事前に約束を交わしているに違いない。いくつか方法はあるが、一番、融通が利くのは電話だろう。それも、携帯電話。
さやかの携帯電話に着信履歴が残っていそうだ。そのくらいの事は叔父さんたちもとっくに調べているだろう。
これ以上答えてくれるかどうか分からないが、駄目で元々と思い、口を開きかけたところへ横から私と同じ声が飛んできた。
「叔父さん、もしかして、さやかが出掛けたのは、彼氏に会いに行くためだったかも知れないわよね?」
私と同じことを考えていたようで、玲香が叔父さんにそう詰め寄った。
叔父さんは玲香に視線を落とすと、
「私たちもそうだと思って、彼女の携帯電話の着信履歴を調べてみたんだが、それらしき相手からの通話記録は全て発信が公衆電話だったんだ」
と残念そうに言った。
叔父さんの言葉に、玲香は怪訝そうに眉根を寄せた。
「公衆電話?」
「そうだ」
「それじゃあ、誰がどこから掛けたか、分からないってこと?」
「さやかちゃんの携帯に電話をかけた公衆電話は特定できたが、その電話を使っていた人物を探すとなると難しいな」
叔父さんとのやり取りの後、玲香は見るからにがっくりと肩を落とした。
携帯電話が普及して久しい昨今、公衆電話を使って電話する人はむしろ珍しい。特に、若い世代ならなおさらだ。
しかし、だからといって利用者が全くいないわけでもない。
私自身、うっかり充電し忘れて、慌てて公衆電話を探したことがある。
また、これだけ普及していても、年配者では携帯電話を持たない人もいる。
ただ、さやかの彼氏だから、そこまで年配とは思えない。
毎回公衆電話からとなれば意図的にそうしているのは明らかだ。
「やはり、聞き込みだとか足を使わないといけなくなるから、もう少し時間が掛かるだろうな」
叔父さんは参ったとでも言いたげに溜め息をついて肩を落とした。
彼氏なのに公衆電話から電話を掛ける。それがどういう理由によるものか。それはさやかが以前、彼氏ができたと報告した時の言葉がヒントだ。
確か、内緒にしないと大騒ぎになる、だったか。
普通、付き合っていれば、お互いの連絡先は交換するものだ。携帯の電話番号を知らないわけがない。
それどころか、付き合う以前から既に連絡を取り合うくらい親しい関係なら、携帯番号やメールアドレスを知っていて当然だ。
通話のみに限定して話が進んでいる流れから、さやかは彼氏とはメールで遣り取りしてはいないと見ていいようだ。
そこも気になるが、話題に上らないということは、そういうことだろう。
確実に言えることは、相手はさやかの携帯の番号を知っていて、そこへ電話を掛けてくる。
では、さやかは相手の番号は知らされていなかったのだろうか。
そこがおかしい。それがきっと、さやかが相手を明かすことができない理由そのものではないのか。
だから、メールの遣り取りもない。
そこまで徹底して、ひた隠しにする理由はなんなのだろう。
とにかく、唯一の手掛かりは公衆電話からの着信履歴のみ、ということか。
「おじさま、さやかの携帯電話に最後に公衆電話から着信があったのはいつ、どこからですか?」
今度はリズが叔父さんに問い掛けた。
「土曜日の夜八時、さやかちゃんが発見された公園の入り口脇にある電話ボックスだが」
「警部」
いままで黙って叔父さんの隣に立っていた中野刑事が、呆れたというような口調で呼び掛け、顔をしかめた。
この様子では、もうこれ以上叔父さんたちから聞き出すのは無理だろう。私はしっかりと記憶するために、頭の中で叔父さんが告げた時刻と場所を反芻した。
「まさかとは思うけど、君たち……」
中野刑事が言わんとすることはすぐに察しがついた。
「そのとおり。私たちは私たちで調べさせていただきます。心配ご無用」
私は強気な態度に出る。
「それに、私たち、特に玲香には知る権利があるんじゃないの?親友だったんだもの」
そう喰って掛かると、中野刑事は私の勢いに負けたと言わんばかりに両手をあげた。
「だとしても、君たちは学生なんだから、くれぐれも無茶しないようにね」
なおも阻止しようと言葉を続ける中野刑事の横で、私の性格をよく知る叔父さんは彼が困っている様子を見て苦笑していた。
もし無茶をして何か問題を起こせば、後見人として私たち姉妹を見守ってくれている叔父さん夫婦に迷惑を掛けることになる。
自分たちの手に負えなくなったら、親に丸投げできる同世代の子たちとは違う。
それは私だけでなく、玲香も十分に承知している。それでも、じっとしてはいられないのだ。
「言われなくても解ってます」
私は中野刑事を睨みつけた。
その後、私たちは翌日の放課後から、まずは聞き込みを始めよう話し合った。
葬儀場は私たちの自宅からも近いため、三人でとぼとぼと歩いて帰る。
まだそんなに歩かないうちに、玲香が口を開いた。
「姉さん、中野刑事は親切で無茶しないようにって言ってくださったのに、ちょっと態度悪いわよ」
そう言われて私は返す言葉もなかった。黙っている私に玲香は更に続ける。
「そんな風だから、クラスの男の子たちにも怖がられるのよ」
玲香の言うとおり、私はクラスの男子たちからも一目置かれている節がある。
思い立ったら即行動に移してしまい、これまでにも、玲香とリズが慌てて止めに来ることが一度ならずあった。
双子でありながら玲香が私を姉さんと呼ぶのも、実はそんな私の性格に由来しているのだ。
「玲香の言う通りよ。アンタのフォローばかりしてる私の身にもなってよね」
リズが冗談めかして言う。ばつが悪くなって、私はますます項垂れた。
「今度会ったら、ちゃんと謝ってよね、姉さん」
ふくれっ面の私と同じ顔に、「はい」と素直に返事をするのだった。




