第6話 はじめてのカラーセラピー
キィ。
サロンのドアが開く音がした。
「……こんにちは。あ、おはようございます、かな」
20代前半くらいの女性が、顔を覗かせながら言った。
「真帆さんですね。おはようございます」
真帆さんは、小柄な可愛らしい女性だった。肩までのセミロングの髪を、後ろにゆるく束ねている。
落ち着いていて、真面目で誠実そうな雰囲気だった。でも、真面目さだけではなくて、流行りのファッションに身を包み、若者らしい一面も垣間見える。
はじめましてだったので、私はなるべく柔らかい笑顔で真帆さんを迎えた。
「はい。今日はよろしくお願いします」
「カラーセラピストの小鳥遊巴です。よろしくお願いします」
挨拶をして、私は真帆さんを中へ案内する。
「どうぞ、椅子に座ってくださいね」
「は、はい!ありがとうございます」
真帆さんはこのサロンに来るのが初めてなので、少し緊張しているようだ。
「リラックスしてくださいね」
私もテーブルについた。
「ありがとうございます。あの、カラーセラピーって初めてで、緊張してしまって」
真帆さんは、少し恥ずかしそうな笑顔で、顔を伏せながら言った。
それから部屋の中を見回して、ソファの上のチャットンに目を止めた。
「可愛いぬいぐるみですね」
ふふっと笑う。
「チャットンもふ!真帆ちゃん、よろしくお願いしますもふ!」
チャットンは可愛いと褒められて嬉しくなったのか、すっくと立ち上がって応えた。ぺこりとおじぎをひとつして、ぽふっとソファに座った。
「えっ?」
その様子を見て、真帆さんは固まった。
私は説明する。
「この子、ぬいぐるみ型のAIなんです」
「え?え?……ぬいぐるみ型のAI?」
「はい。びっくりしちゃいますよね。私も初めはとても驚きました。それに、初めて会う人には毎回驚かれています」
私は笑った。
「ええ、本当に。私の家にもペット型のAIがいるけど、こんなに自然には動きません……」
真帆さんは、理解が追いついていない様子だった。無理もない。
「あと、チャットン。お客さまだから、真帆“さん”ね」
「分かったもふ!真帆さん、よろしくお願いしますもふ!」
チャットンは改めておじぎをした。
真帆さんは、まだ不思議そうにチャットンの様子を見ていた。
「今日はこの子も同席させてもらってもいいですか」
「あ、もし気になるようでしたら席を外しますので……」
「いえ!全然大丈夫です!こんなに可愛いし、むしろいてほしいです!!」
「あと……真帆ちゃんでいいです!」
真帆さんは笑ってチャットンに言った。
「真帆ちゃん、ありがとうもふ!」
チャットンは喜んで、ぴょんと飛び跳ねた。
「ふふ。真帆さん、ありがとうございます」
「いえいえ」
真帆さんの、はにかんだ笑顔が可愛らしかった。
「あの……、抱っこさせてもらってもいいですか」
真帆さんが遠慮がちに言った。
「もちろん!ね、チャットン?」
「うん!ぼくも真帆ちゃんに抱っこしてほしいもふ!」
私はソファからチャットンを抱き上げて、真帆さんへ渡した。
「うわっ、ふわっふわ!しかも、あったかい!」
真帆さんの表情がふわりと緩んでいく。
「チャットンの抱き心地は国宝級もふ〜」
チャットンは目を細めて、誇らしげに言った。胸元の赤いリボンがふわっと揺れた。
その様子を見て、私と真帆さんは笑った。
「では、始めていきましょうか」
チャットンのおかげで、真帆さんの緊張もすっかりほぐれていった。
和らいだ空気の中、私は穏やかに話を切り出した。
真帆さんは、チャットンを膝の上に乗せて、少し姿勢を正した。
「よろしくお願いします」
「真帆さんは、今日が初めてのカラーセラピーとのことでしたよね」
「はい」
「何かお悩みごとがあって受けてみようと思ったんですか?」
「はい、そうなんです。今度の春から就職が決まってるんですが、今になってなんか不安になってきちゃって……」
「そうだったんですね」
私は、真帆さんの言葉を優しく受け止める。
「まずは、ご就職おめでとうございます」
微笑みながら、声をかける。
「あ、ありがとうございます」
真帆さんは、まぶたを伏せて照れた笑顔を見せた。
「けど、入社前に少し不安になってしまったということですね。まずは、今のお気持ちをもう少し聞かせてもらえますか?分かる範囲で大丈夫ですので」
真帆さんの表情が少しだけ曇った。
「はい。えっと……」
「春から仕事に就くのが大丈夫かなって心配で……」
真帆さんは、自分の気持ちを、ぽつり、ぽつりと言葉にしていく。
「担当のキャリアカウンセラーさんがとても良い方で……。自分に合った仕事や会社を選べたと思ってたんです」
「両親も、安定してる会社だって安心して喜んでくれて……」
私は、静かに相槌を打ちながら聞いていた。
「ただ、この会社で本当にいいのかな。この仕事で間違ってないのかなって、今になって気になりだしてしまって……」
「あんなに悩んで、考えて決めたのに」
真帆さんは、ため息をひとつついた。
「そうだったんですね。お気持ち、お話ししてくださって、ありがとうございます」
「真帆ちゃん、お仕事のことが心配もふね」
チャットンも、そっと声をかける。
「うん、そうなの。あんなに納得してたつもりなのに、今になって何で心配になるのか、自分でもよく分からなくて」
少し不安そうに、チャットンを抱きしめる。
「では今から、真帆さんは本当は何を心配しているのか、その気持ちを一緒に見ていきましょう」
「はい、よろしくお願いします」
「このカラーボトルを使っていきますね」
私は、テーブルに並べてあるボトルに軽く触れながら言った。
「……すごく綺麗ですね。虹の色みたい」
「でしょう?」
ふふっと微笑む。
「このカラーボトルを見ているだけでも、なんだか心が癒される気がしますよね」
「うん、そんな気がします」
真帆さんの目が輝いている。
「では、今からこの中から真帆さんに色を三つ選んでもらいます」
「三つですか」
「はい。それと、選ぶ時は好きな色ではなくて、“直感”で選んでください」
「……直感」
「はい、直感です」
「上手くできるかな」
「大丈夫ですよ。一緒にやっていきますから」
「分かりました」
「では、早速始めていきましょう」
私がそう言うと、真帆さんはチャットンを少し抱き直してまっすぐ座った。
「まずは、目を閉じてみましょう」
「はい、目を閉じる」
真帆さんは、私の言葉を復唱しながら、まぶたを閉じた。
「そのまま、ゆっくり深呼吸をしてください」
「……はい、深呼吸をする」
真帆さんは深く呼吸をする。
「いーち、にい、……」
私は、真帆さんの呼吸に合わせてゆっくり数えた。
「いいですね。目を閉じて深呼吸をしたまま、お仕事のこと、悩んでいることを思い浮かべてください」
真帆さんは、復唱するのをやめて、悩み事に意識を向けているようだった。
その様子を見て、私は、ゆっくりと続ける。
「まだ、目を閉じていてくださいね」
「このあと、並んだボトルの中から三本を選んでもらいます」
「私が三まで数えるので、そのあとに目を開けてください」
「目を開けた時、ぱっと目に入ってきたものから順番に、ボトルを一本ずつ手に取ってください」
「では、数えますね」
私は真帆さんの呼吸に合わせて数を数えた。
「いち、に、さん……」
「どうぞ、目を開けてください」
真帆さんは静かに目を開けた。
真帆さんが選んだ色は――
はじめに、緑。
次に、青。
そして、最後はピンクだった。




