第5話 Café Lien
私たちは青葉中央駅で降りた。青葉中央駅は、この辺りで一番大きな駅で、駅前には、商業施設やオフィス街が広がっている。
改札を出て駅前の大通りを渡り、そこから一本入る。落ち着いた路地には、お洒落な雑貨屋さんや、古着屋さん、コーヒーショップなどが点在していた。
私は小さな花屋に入った。
「おはようございます」
「巴ちゃん、いらっしゃい」
ご夫婦で営んでいる花屋で、奥さんはいつもおすすめの花を教えてくれる。週の初めにはこのお店に寄って、仕事場に飾る花を買っていた。
「今日はスイートピーが可愛いわよ」
「ほんとだ。淡いピンクと白のお花が可愛い〜」
スイートピーの花が、ふわふわと咲き誇っていた。
「あら、今日は可愛いぬいぐるみ持ってるのね」
花屋の奥さんがチャットンを見て言った。
「チャットンっていうんです。ぬいぐるみ型のAIで……」
「チャットンもふ!よろしくお願いしますもふ!お花さんたち、みんな可愛いもふ」
チャットンが元気よく話しかけると、花屋の奥さんの目が丸くなった。
「へえ〜、驚いた。こんな自然に喋るAIなんて初めて見たよ」
「ですよね。実は、子どもたちが応募したモニターに当たって、週末からうちにいるんです」
「へえ。チャットンくん、よろしくね」
そう言うと、花屋の奥さんはチャットンの前に右手を差し出した。
「よろしくもふ!」
チャットンも手を出し、二人は握手をした。
「わっ、ふわふわ」
チャットンのふわふわした手の感触にも、またびっくりしていた。
「じゃあ、今日はこのピンクと白のスイートピーにします」
「オッケー。包むから少し待っててね」
「ありがとうございます」
チャットンは、花を包んでもらうところを腕の中で大人しく見ていた。
私はお金を払って花を受け取ると、お礼を伝えて仕事場へと向かった。
「ともちゃん、お花飾るもふ?」
「うん、仕事場にね。可愛いでしょ」
「スイートピー、ちょうちょみたいで可愛いもふ〜」
チャットンは目を細めて、にこにこと笑った。
花屋から少し歩くと、路地の一角にカフェがある。
Café Lien
ここが私の仕事場。
シンプルだけど、ナチュラルで落ち着いた店内。一階にはテラス席もあって、海外のカフェのような雰囲気もある。二階席もあり、窓際の席からは通りを眺めることができた。
広すぎないけど、狭すぎもしない、ちょうどいい空間。
「ここもふか?」
チャットンが言った。
「そうだよ。素敵なお店でしょ?」
「素敵もふ!スイートピーにぴったりもふ!」
「ふふ」
私は微笑んだ。
カラン。
ドアについたベルが鳴る。
店内へ入ると、私はカウンターの中にいるスタッフさんたちに挨拶をした。
「おはようございます〜」
チャットンも、私の真似をしてぺこりと挨拶をする。
「おはようございますもふ〜」
仕事中のスタッフさんたちは、こちらを見た瞬間、作業していた手を止めた。
そして、一斉に話しかけてきた。
「えっ、くまが喋った!」
「小鳥遊さん、それ何すか?」
朝からシフトに入っていた大学生の女の子と、20代の男の子。二人とも目をまん丸にして、チャットンを見ている。
「これね、ぬいぐるみ型のAIで。うちで預かることになったんだよね」
「チャットンもふ!よろしくお願いしますもふ!」
チャットンは元気よく挨拶をした。
「ええ〜!めっちゃ可愛いんだけどぉ!!」
大学生の女の子は、チャットンの可愛さに一撃でやられてしまったようだ。
「やばっ、AIってすごくないっすか。俺、こんなAI見たことないっす……」
男の子の方は、目の前のものを信じられないというような表情。
「だよね。私もいまだにびっくりしてる」
そう言って、笑った。
その時、カランとドアが開き、お客さまがやってきた。
「ごめん、仕事の邪魔しちゃったね。また、あとでね」
私はスタッフさんたちにそう言うと、カフェの奥にある小部屋へ向かった。
「ともちゃんも店員さんするもふか?」
チャットンが、腕の中から私を見上げて聞いた。
「えっと、店員さんもするけど、今日は違うの」
「違うもふか」
「うん、今日はね……」
木の扉の前で足を止め、ゆっくりと開けた。
「……ここで、カラーセラピーのお仕事するの」
チャットンに小部屋の中を見せる。
壁はオフホワイトの塗り壁で、床には無垢材が使われている。
扉の横には、アンティーク調の小窓がついていて、カフェの様子を見ることができた。
部屋の奥には、大きめの窓があって、そこからは、通りの景色と広がる空が見える。
中央には、木のテーブルがひとつと、座り心地の良いチェアが二脚。その横には小さなソファと、壁際には、木のチェストが置かれていた。
「このサロンを週に数日借りて、カラーセラピストとして働いてるんだ」
部屋の奥へ進み、私はチャットンをテーブルの上に置いた。
「カラーセラピーもふ???」
「そう」
チャットンは辺りを見回しながら言った。
私はコートとマフラーを脱いで、ドアの横にあるハンガーにかけた。
「素敵なお部屋もふ」
「でしょ〜。私もお気に入りなの」
チャットンが部屋を眺めている間、私はガラスの花瓶に水を入れて、買ってきたスイートピーを生けた。
そして、それをチェストの上に飾る。
「うん、可愛い」
「ともちゃん、カラーセラピーって何するもふ?」
チャットンがテーブルの上から聞いた。
「えっとね、色を選びながら心の中を整理していくんだよ」
「整理もふか」
「そう。自分はどうしたいのかな?本当はどう思ってるのかな?って、一緒に本当の気持ちを探していく感じかな」
「心のメンテナンスもふ?」
「そうそう。病院に行くほどじゃないけど、もやもやした気持ちを整えたいとか、みんな気軽に心のメンテナンスをしに来るよ」
チャットンと話しながら、私はテーブルの上に赤いカラーボトルをそっと置いた。
「本当の気持ちが分かると、それが灯りになって、自分の進む道を照らしてくれるの」
次は、コーラルピンクのボトルを赤の横に置く。
チャットンは静かに聞いていた。
「真っ暗な中にいても、自分の心が『こっちだよ』って教えてくれる」
私は、ボトルをひとつずつ並べていった。
その様子を見ながら、チャットンが言う。
「ともちゃんは、色で明かりを灯して、心の中に地図を描くもふね」
私は手を止めて、チャットンの方を見た。
「……なにそれ。なんか詩的で、めっちゃ素敵じゃん」
「褒められたもふ」
「だって、すごく素敵だった」
「ともちゃんがもともと素敵なんだもふ」
「……そう?そうなのかなぁ?」
私は少し照れてから、ふと気づいた。
「ん?私が褒められてる?」
私は「あれ?」と笑いながら、また手を動かした。
カラーボトルは小さなガラス瓶で、中にはそれぞれ違う色の水が入っている。
全部で14色。
虹や光のスペクトルのように、赤から紫へと並べてある。
窓から差し込む午前の光が、小瓶の中の色水を通り、テーブルの上に色とりどりの光を落としていた。
「……綺麗もふ〜」
チャットンが見惚れていた。
「見るだけで心が整うもふ〜」
カラーボトルの横で、チャットンはちょこんと座りながら言った。
「ふふ。色で自分の気持ちが分かるって本当に不思議だよね」
「チャットンのエモフォトンもいろんな色に光るもふ!」
「エモフォトン?」
「チャットンの体の中にある綿のこともふ!いろんな気持ちに反応して光るもふ」
「あ、もしかして瞳からうっすら見えるやつ?」
「そうもふ!」
「エモフォトンって言うんだ」
「チャットンの瞳、綺麗だなって思ってたんだよね。いろんな色に見えて、宝石のブラックオパールみたい」
「嬉しいもふ!またともちゃんに褒められたもふ〜」
両手で顔を覆いながら、チャットンはニヤニヤと照れていた。
「ともちゃんの色のお仕事とお揃いもふ!」
お揃いだと喜ぶチャットンが可愛くて、私は笑った。
「ほんとだ。お揃いだね」
チャットンと話しながら、私はサロンの外に看板を立てた。
『心の癒しサロン こもれび
カラーセラピーで心を整えます』
オープンの準備を終えて、時計を見る。
もうすぐ10時半。
「そろそろ、来られるかな」
「お客さんもふか?」
「うん。10時半から一人予約が入ってる」
「分かったもふ。チャットン大人しくしておくもふ」
「ふふ。ありがとう」
サロンに、喋るくまのぬいぐるみが一体。
お客さまはどんな反応をするだろう。
私は、いつもと違う一日のスタートに、ワクワクしながらお客さまが来るのを待っていた。




