第2話 ぼく、チャットンもふ!
「初回のフィードバックの日ですが、日程調整のメールを送りますのでご確認よろしくお願いします」
「分かりました」
有馬さんと佐伯さんは、チャットンについての説明と今後のスケジュールについて、詳しく話してくれた。
佐伯さんが続ける。
「チャットンは、今日の午後に目が覚める予定になっています。初回の設定とか特に必要ないんで、起きたらそのまま会話してください」
「そのまま喋ったらいいんですね!」
「はい。分からないことは基本チャットン本人に聞いてもらえれば大丈夫です」
「チャットンに聞く……」
「小鳥遊さん、そんな難しく考えなくて大丈夫ですよ」
私が難しそうな顔をしていたのか、佐伯さんは、ははっと笑って言った。
「まあ、もし何か分からないことがあれば、いつでも研究所の方へご連絡ください」
「分かりました!」
「では、これからチャットンのことをどうぞよろしくお願いします」
そう言うと、有馬さんと佐伯さんは帰りの準備を始める。
「起きるの楽しみ!」
航がワクワクしている。
「どんなふうに喋るんだろ〜」
「一緒に遊べるのかな?」
花乃も光も、早くチャットンと話したいようだ。
それを見た佐伯さんは、チャットンの頭を撫でながら子どもたちに言った。
「……たくさん可愛がってやってな」
チャットンを見るまなざしが、ほんのわずかだけ寂しそうだった。そんな佐伯さんの様子が少し気になったが、私はすぐにチャットンのことに気が移っていた。どうやら私も、チャットンとの新しい生活にワクワクしているようだった。
「では、失礼いたします」
「コーヒーごちそうさまでした。うまかったです」
佐伯さんは軽く頭を下げて、二人は研究所へ戻っていった。
部屋の中が、静かになる。人が去り、家族だけの空間に戻った。
「……」
「……」
「……」
「……やったーーーーー!!!」
「ついにウチにもAIきたーーー!!!」
「しかも可愛い〜〜〜!!!」
有馬さんたちが帰るやいなや、子どもたちは大はしゃぎ。
「みんな、よかったね」
「うん!!!」
三人は声を揃えて返事をした。私は子どもたちの喜ぶ姿を見ながら、
「それにしても、モニター当選ってすごくない?私、最初、全く記憶なかったよ?それに、副所長さんが直々に来るって、なんかすごいAIが来た気がする……」
ひとりで、ぶつぶつとそんなことを振り返っていた。
ふと、時計を見るとお昼の12時を回っていた。そういえば、お腹が空いてきている。
「さあ!そろそろお昼だし、ごはんにしよっか。チャットンは午後起きるって言ってたし、今のうちに!」
テンションの上がった子どもたちを、一旦落ち着かせる。
「はーい!」
チャットンをリビングに寝かせたまま、私たちはお昼ごはんを食べた。その日のお昼ごはんは、みんななんだかソワソワしていた。
「チャットン、自分で動くんだよね」
「どのくらい動けるんだろ」
「手とか足とか?」
「瞬きするのかな」
「チャットン、喋るんだよね」
「なぞなぞできるかな?」
食事中の会話は、ずっとチャットンのことだった。
AIが一般的になる中で、私はずっとAIを身近に置くことを避けてきた。
便利なのは分かる。
私も、仕事で作業補佐AIを使うことはある。
でも、形を持ってそこにいる存在になると、どうしても気が進まなかった。
都合のいい時だけ可愛がってしまわないだろうか。嫌なことがあったら、手放したくならないだろうか。機械だからと、軽く考えていいんだろうか。
私は、その存在をどう扱えばいいんだろう……
いつも答えが出なかった。
そうこう考えているうちに、お昼ごはんを食べ終えて、私はお皿の後片付けをする。その後ろでは、子どもたちが、まだ寝ているチャットンを囲んでいた。チャットンが目覚めるのを、今か今かと待っている。
私も片付けを終えると、その輪の中に加わった。
午後の日差しが窓から差し込む。
……
……
どのくらいの間、みんなで見ていただろう。
突然、チャットンの耳が、ぴくっと動いた。
「……耳、動いた」
花乃が静かに言った。
今度は、手がもぞっと動いて、まだつむっている目を擦った。
「手!動いた!」
航が叫ぶ。
「目も開きそう!!」
光も叫んだ。
チャットンのまぶたが開き、まるで黒いオパールのような瞳が現れた。瞳の奥で、静かに黄緑色やピンク色の光が揺れている。
「きれい……」
私はチャットンの不思議な瞳に見とれていた。
ブラウンのくまは、ゆっくりと体を起こして、腕を伸ばし、大きなあくびを一つした。
「ふあ〜、おはようもふ!」
そして、ゆっくりとあたりを見回す。私たちは、その光景を静かに見ていた。ぬいぐるみが動いている。
けれど、次の瞬間。
子どもたちが一斉に騒ぎだした。
「わーー!!!起きた!!」
「喋った!」
「動いた!!」
それを聞いたチャットンは、自信満々に言う。
「ぼくは喋るし、動くもふ」
子どもたちのテンションがさらに上がる。
「すっごーーーい!!」
「すごいもふ!?もっと言っていいもふ」
「すごーーーい!!!」
子どもたちは、賞賛の言葉に飽き足らず、大きな拍手も添えた。
「嬉しいもふ」
そう言いながら、くまは誇らしそうに笑った。
何、このくま。
私は驚いていた。信じられないくらい自然な会話をしてる。想像していた以上だった。まるで人と会話しているようだ。
それに、そのもふもふのぬいぐるみの体は、とても自然に動いている。ただスムーズというだけじゃない。
本当に生きているようだった。
一体、どんな仕組みなのだろうか。
こんなAIもロボットも、見たことがない。
「えぇ、なんかすごいんだけど……」
チャットンがこちらを見る。黒いオパールの瞳が、じぃっと私を見つめていた。瞳の奥で、淡いピンク色の光がゆらめく。
「ともちゃんもふ?」
「え?」
「あなたが、ともちゃんもふ?」
「そ、そうだけど」
「ぼく、ともちゃんに会いにきたもふ」
「……そうなの?」
「そうもふ。ともちゃんのところに行くように言われてきたもふ」
私は、そう言うチャットンが可愛くて、笑って応えた。
「そうなんだね。チャットン、はじめまして」
「……今、なんて言ったもふ?」
チャットンの瞳の奥が、一瞬だけ暗い紫に輝いた。
「ん?チャットン、はじめましてって」
「……チャットン。そう、ぼく、チャットンもふ!」
チャットンは、自分の名前を確かめるように呟いた。
「うん。チャットン、よろしくね」
暗い紫の光が、次の瞬間にはピンクやオレンジの温かい光に変わった。
「ともちゃん、よろしくお願いしますもふ」
そして、子どもたちの方に向き直る。
「ぼく、チャットンもふ!みんなもよろしくもふ!」
「ぼく、航」
「私は、花乃」
「僕は、光」
「ちょっと待つもふ〜。子どもたち多いもふ〜。順番に言うもふ〜」
チャットンは、少し困ったように笑った。
チャットンが目覚めた。
思ったより、人間みたいなくまだった。
私に会いに来たと言っていた。
これからの日々が、さらに賑やかになりそうな、
――そんな予感がした。




