第14話 モニター報告
「では、早速始めましょうか」
有馬さんがそう言うと、佐伯さんに視線を送った。佐伯さんは、それを受けて手元のタブレットを見ながら話し始めた。
「まずは、今日のスケジュールです」
「最初に、小鳥遊さんからチャットンとの生活についてヒアリングを行います」
「はい!」
私は思わず背筋を伸ばして、返事をしていた。この場は、まだちょっと緊張する。
佐伯さんは、そんな私の方を見て微笑んだ。
「次に、チャットンのログとオート解析結果の突き合わせ」
「……」
私は何を言ってるのか途端に分からなくなった。固まった私を見て、すかさず有馬さんが解説してくれた。
「チャットンの記録データを見ながら、実際の出来事や生活と照らし合わせていきます」
ほんと助かる。データと実際の生活の様子を比べるってことね。
有馬さんが話し終えると、佐伯さんが続けた。
「それが終わったら、チャットンの定期メンテナンス」
今度は黒瀬さんが、補足した。
「内容は、バッテリーチェック、駆動部の動作確認とチューニング、エモフォトン繊維のメンテナンス、エネルギー代謝機構のクリーニング、有機残渣ペレットの回収」
「……時間があれば、もふもふのクリーニングも」
黒瀬さんの話を聞いて、チャットンは私の膝の上で飛び上がった。
「もふっ!それはぜひお願いしたいもふ!」
「もふもふクリーニングってなに?」
「ぼくの毛並みが新品みたいに戻るもふ!!」
「へえー!」
「ともちゃんが、もっとぼくをもふもふしたくなるやつもふ!」
「たしかにそれは良さそう」
私はチャットンを撫でながら、笑った。
「スケジュールは以上です。では、最初のヒアリングから進めていきます」
佐伯さんが私を見て言った。
「はい!よろしくお願いします」
「では、まずは日常の生活リズムからお伺いします」
そう佐伯さんが話した後に、有馬さんが説明を付け足した。
「もちろんプライバシーに関わることなので、全てを言っていただく必要はありません。言えないこと、言いたくないことは共有していただかなくて結構ですよ」
「分かりました」
「日中はチャットンとどのように過ごしていますか?」
佐伯さんに聞かれて、私は普段の生活を思い出しながら話し始めた。
「えっと、平日の昼間は私の仕事について来てもらったり、家でお留守番してもらったりしています」
「お仕事について行って、邪魔してません?」
佐伯さんは私を見て、少し心配そうに言った。
「亮介、失礼もふ!チャットンは、ともちゃんのお仕事場でも人気者もふ!」
「ふふ、チャットンの言ってることは本当です。私、カフェで働いてるんですけど、スタッフのみんなにも、お客さまにも大人気です」
「ほらもふ」
チャットンは、私の膝からテーブルへ飛び移ると、腕を組み、佐伯さんの方を見て胸を張った。
赤いリボンが誇らしげにふわりと揺れる。
「カフェのお仕事も時々手伝ってくれて。並んでいるお客さまにメニューを渡したりしています」
「チャットンもお手伝いしてるもふ!結依ちゃんにいつも褒められるもふ」
チャットンはひっくり返りそうなくらい、そり返っている。
「あ、結依ちゃんっていうのはカフェのスタッフの名前です」
有馬さんは、私とチャットンの話を聞きながら、タブレットを操作している。ヒアリングした内容を入力しているようだ。
「それと、私、カラーセラピストとしても働いてるんですけど、チャットンのおかげでお客さまがリラックスして過ごしてくれて、とても助かっています」
「この間も、初めていらっしゃったお客さまがいたんですが……。初めは緊張されていたんですけど、チャットンを膝に乗せて抱きかかえてからは落ち着いてお話しされていました」
私がサロンでのチャットンのことを褒めると、チャットンは、もふもふの手で顔を覆って照れていた。
「チャットン、仕事ぶりを褒められて照れる」
北原さんがぼそっとつぶやいて、タブレットに入力していた。
佐伯さんが、北原さんの方をチラッと見てから話を続ける。
「チャットンは小鳥遊さんのお仕事場でも受け入れられて、役割ももらってるんですね」
「とても興味深いですね。チャットンの交友関係が自然と広がってる」
と、北原さんもチャットンを見て言った。
「研究所の関係者が預かっていたら、こんなふうにチャットン独自の交友関係が広がることはなかったかもしれないな」
黒瀬さんも二人に続いた。
「チャットンを初めて見た人は、みんな必ずびっくりしていますけどね」
私は笑った。
「お仕事が終わってご自宅に帰られてからは、どんな感じで過ごしています?」
佐伯さんは、家でのチャットンの様子についてヒアリングを続けた。
「えっと、仕事から帰ったあとは、家で子どもたちと遊んでくれます」
「お子さんたちとは、どんなことをして遊んでるんですか?」
「えっと、色々してますね。かくれんぼしたり、お絵描きしたり、戦いごっこも。子どもたちの相手をしてくれるので、ほんとに助かってます」
「子どもたちの遊び相手、助かる……と」
北原さんが呟きながら、タブレットに入力していた。
「あと、テレビゲーム!」
私は思い出して言った。
チャットンはテレビゲームと聞いて、少し興奮気味に話しだした。
「子どもたちみんな強いもふ!!ぼく、なかなか勝てないもふ……」
自分で言った言葉に、チャットンはしゅんと肩を落とした。
「お子さんたちとは、どんなゲームを?」
北原さんが、チャットンに聞いた。
「敵の陣地にインクぶつけるやつとか、ヒゲのおじさんがキノコ食べて大きくなるやつとか、カーレースしながらカメの甲羅なげるやつもふ」
「あー」
と、北原さん。
「……チャットンの手じゃなかなか難しいかもな」
黒瀬さんが腕を組みながら、横から言った。「やっぱり」と、私は思った。
「もふもふの手じゃ限界がありますよね。ボタンとかいっぱいあるし」
「……限界?」
黒瀬さんは私の言葉に引っかかった様子で、何やら考え込んでしまった。北原さんが横から声をかける。
「黒瀬さん?」
「……限界って、決めたくないんですよね。チャットン専用ゲーム対応の新型もふ手、開発したいですね」
「新型もふ手!」
黒瀬さんの思いを聞いて、思わず私は笑ってしまった。真剣にチャットンの可愛い悩みを解決しようとしている、まっすぐな人なんだなと思った。
「黒瀬〜。小鳥遊さんに笑われてるぞ〜。職人魂に火がついたのは分かったが、今はヒアリングに集中しよう」
「……はい」
黒瀬さんは佐伯さんに言われて、残念と言わんばかりに、タブレットへと目を落とした。
「で、続きですが、平日はそんな流れで良かったですかね」
「あ、あと」
私は続けた。
「子どもたちが寝た後に、少しチャットンと二人でおしゃべりして過ごすようになりました」
「私、シングルなんで一人で色々とやらないといけないんですけど、チャットンが来てくれてからはなんていうか……」
私はチャットンを見た。
そして、そっと頭を撫でる。
「ひとりじゃないって思えるようになりました」
「ともちゃん……」
チャットンの瞳の奥が、ピンクやオレンジ色に煌めいていた。
「それは何よりですね」
有馬さんが優しく声をかけてくれた。佐伯さんたちも、柔らかい眼差しで私たちを見てくれていた。
「チャットン、やるじゃないか」
佐伯さんがチャットンに声をかける。
「へへ、もふ」
チャットンは嬉しそうだった。
そのあと、子どもたちとのやりとりや、休日の過ごし方についても、少しヒアリングがあった。
「生活面に大きな問題はなく、良好ですね」
手元のタブレットを見ながら、有馬さんは言った。
「そうだな。びっくりするほど、小鳥遊さんちに馴染んでる」
と、佐伯さん。
北原さんも続けて話した。
「ですね。小鳥遊さん自身も、本当に自然にチャットンに接してくれてます」
「汐里さんの思惑通りってことなんですかね」
黒瀬さんが、ボソっと言った。
その言葉にチャットンの耳がピクッと反応した。
「汐里……?」
「チャットン、どうしたの?大丈夫?」
「……なんか胸がぎゅっとするもふ」
私は慌ててチャットンを抱きかかえた。すると、チャットンは私の腕の中で丸くなった。
その場が少しざわついた。
チャットンの様子を見て、北原さんが言った。
「ちょっと待って。今、エモフォトンの発光が紫に変わった……なんでだ?」
「あ、時々こうなるんです。それこそ、今日、みなさんに相談しようと思ってて」
「時々?」
佐伯さんが聞いた。
「はい。チャットン、なんか忘れちゃってることがあるみたいで」
「そのことに関係することなのか分からないけど、こうやって時々瞳が紫に鈍く光るんです……」
「私も色を扱う仕事してて、なんとなくなんですけど、光った時の状況から、不安とか孤独とか、あと喪失……」
「そんな感情と結びついてるのかな、と思ったりしてて……」
チャットンは、私の腕の中で丸くなったまま、ぷるぷると震えだした。私は少しでも落ち着くようにと、頭を優しく撫でた。
「ログのオート解析では、異常は検出されなかったけどな」
佐伯さんは、チャットンの様子を見ながら考え込んでいる。
「えっと、前に、同じようなことが起きた時、研究所に連絡しようかってチャットンに聞いたんです。でも、故障じゃないから大丈夫って」
それを聞いて、佐伯さんは部屋にある大きなスクリーンにパソコンの画面を映した。
「もう一度、ログを確認してみよう」
スクリーンには、アルファベットや数字や記号がたくさん並んでいる。
私には、全く何がなんだか分からない。
「今、ここだな」
佐伯さんがポインターで指し示す。
みんながそれを見た。
「やっぱり感情応答が強く出てますね」
北原さんが言った。そして、ログを見ながら続けて話した。
「なんだろ。表層ではなくて、深層に、『悲しみ』『孤独』『喪失』……」
全員が一斉に私の方を見た。
「え……?」
「小鳥遊さんの言ってたこと、当たってます」
北原さんが静かに続けた。
「今、チャットンの感情応答が強く出てて」
「でも、表層じゃないんです。つまり、自覚はしてない……」
「人間で言うと、自分では気付いていない心の奥で、悲しみとか孤独とか喪失といった感情を感じているような状態です」
私は息を飲んだ。北原さんの説明で、私にもチャットンがどんな状態なのかようやく分かった。
「たしかに、故障ではありません。異常でもない。……ただ、何がきっかけなんだ?」
北原さんは、もう一度スクリーンに目を向け、考え込んでしまった。
みんな、静かに考えていた。
……。
「ロックのかかった記憶領域が見受けられます」
四人の後ろに立っていた、ノエルと呼ばれていた人型AIが静かに言った。落ち着いた声だった。
みんな、ノエルの方を振り返った。
「……ロック?」
佐伯さんはそう呟くと、スクリーンの方へ近づいていった。
「感情応答が強く出始める少し前。『汐里』という言葉の入力があった直後です」
「あ……」
「本当だ。ロックされた記憶領域への接続がある」
「しかし、これ、何の領域だ?チャットンにはそんなのなかったはず……」
「ノエル、解析頼めるか?」
「承知しました」
ノエルは、空いていたパソコンの前に座り、作業を始めた。
ノエルに指示をすると、佐伯さんも席に戻って、パソコンを操作し始めた
佐伯さんの操作に連動して、スクリーン上の映像がスクロールされていく。
そして、あるところで、スクロールがぴたりと止まった。
そのあと、佐伯さんは操作する手を止め、ふぅと一息ついてから、天井を見上げた。
みんな、佐伯さんの様子を窺っていた。
「……自己停止機能」
佐伯さんが言った。
「え?」
北原さんが、すぐさま反応した。
そして、スクリーンを見る。
───感情応答 過負荷
───感情応答 異常ループ発生
───関連する記憶に対するロック処理 実行
───自己停止機能 作動
「……あ」
有馬さんと黒瀬さんも、スクリーンを見て固まった。
「……あの日の夜ですね」
有馬さんが言った。
「ああ」
佐伯さんが応える。
ほんの短い沈黙。
「……すまん、俺の責任だ」
「気付いてやれなかった」
佐伯さんは、絞り出すような声で言った。
「それは、私も同じです。私も同じ場にいました」
有馬さんも、静かに言った。
北原さんと黒瀬さんは、じっとスクリーンを見つめていた。
何が起こっているんだろう。
私は、全く状況に追いついていけていなかった。
でも、何か大変なことがチャットンに起きている。
それだけは、分かった。
誰もが、何から話せばいいのか迷っている。そんな空気が流れていた。
その時。
「報告します」
ノエルの静かな声が部屋に響く。
「解析終了しました」
ほんのわずかな間。
「……教えてくれ」
佐伯さんがノエルに言った。
「MI-O No.000のロックされた記憶領域について、解析結果を報告します――」
「対象は、桐生汐里との生活に関わる記憶」
「該当する記憶が、全てロックされていました」
佐伯さんは、みんなに聞こえるか聞こえないか分からないくらい小さな声で、「そうか」と呟いた。
チャットンはまだ、腕の中でぷるぷると震えていた。
「……汐里ちゃん」
チャットンが、そう呟いた。




