第13話 初めての訪問
桐生研究所。
結依ちゃん曰く、日本のAI研究で最先端の場所。
チャットンと私は、チャットンの定期メンテナンスとモニター報告のために、その研究所を訪れていた。
「……ここがチャットンの生まれた場所かぁ」
私は、研究所の前のバス停でバスを降りて、施設を眺めながら言った。
チャットンは私の腕の中に収まって、一緒に施設を眺めている。
「チャットンどう?なんか思い出せそう?」
「……ぼく、ともちゃんちに来た日のことをよく覚えてないもふ」
「チャットン、箱の中で眠ってたよね」
「そうもふ。ここからともちゃんちに行ったはずなのに……」
「起きたとき、ともちゃんに会いに来たのは分かってたもふ」
「でも、箱に入っていたこととか、なんで眠っていたのかとか、来る前のことはよく覚えてないもふ」
「ぼく、何を忘れちゃってるんだろう……」
もふもふの手を顎に当てて、研究所の玄関を見ながらチャットンは言った。
少し不安そうな顔。
私はチャットンの頭をポンポンと優しく撫でた。
「今日、佐伯さんたちにも相談してみようね」
「うん、もふ」
私たちは玄関を入って、受付に行く。カウンターには受付ロボがいた。
「いらっしゃいませ。桐生研究所です」
「ご用件をお伺いいたします」
私が用件を伝えようとした時、エントランスの奥から私たちを呼ぶ声がした。
「小鳥遊さん、チャットン」
有馬さんだった。有馬さんは手を少し上げながら、こちらに近づいてきた。そして、受付ロボに少し話すと、私の入館証を受け取った。
「これをどうぞ」
その入館証を私は首にかけた。
「有馬さん、お久しぶりです」
「お久しぶりです。メールで日程のご調整、ありがとうございました」
有馬さんは、にこやかに言った。
「いえ!こちらこそ、ありがとうございます。今日は、よろしくお願いします」
私は頭を下げた。
「はい、よろしくお願いします」
「では、こちらへどうぞ」
そう言うと、有馬さんは施設の中へ案内してくれた。
白い廊下に、グリーンがところどころ置かれている。シンプルだけど、無機質ではない。
すれ違う職員さんたちの中には、ロボット型の業務サポートAIを連れて歩く人や、タブレット内のAIと会話をしている人もいた。
さすがAI研究の最先端。
当たり前に、AIたちが生活の中に溶け込んでいた。
「こちらです」
私たちは、『メンテナンス室』と書かれた部屋に案内された。自動ドアが開く。
中には、佐伯さんと見たことのない男性二人が、テーブルの前に座っていた。私に気づくと、三人は立ち上がり椅子の横に立った。
そして、彼らの少し後ろに控えるように、やたらと整った顔立ちをして、ぴしっとスーツを着た男性が一人立っている。佐伯さんたちとは違って、どこか静かで不思議な雰囲気をまとっていた。
私は佐伯さんたちの向かいの席へ案内された。
「小鳥遊さん、今日はご足労いただきありがとうございます」
佐伯さんが挨拶する。
「こちらこそ。どうぞよろしくお願いします」
「チャットンも元気だったか?」
「元気もふっ!」
「なら、良かった」
佐伯さんの表情が優しく緩む。
「今日のメンバーを紹介します」
佐伯さんは、残りの二人を見て言った。
「こっちは、北原玲央。チャットンの感情面とか、感覚面の調整を担当してる。あと、そのもふもふの綿の開発者だ」
北原さんは、佐伯さんたちよりも少し年下のようだった。私と同じくらいに見える。
笑顔が明るくて、表情が豊かそうな人だ。
「北原です。よろしくお願いします」
北原さんが、すっと頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。あの、もふもふの綿を開発って、どういうことなんですか?」
「はい、チャットンの綿の中にはエモフォトン繊維という、神経回路を模した繊維が張り巡らされているんです。その開発を担当させてもらってます」
北原さんが答える。
「神経回路……」
私はなんか難しそう、と思って身じろぎした。北原さんは、そんな私に構わずに続けて話した。
「チャットンに感情応答が起きると、それが電気信号となってエモフォトン繊維の中を伝わっていきます。その信号が身体の各パーツに届くと、体温が変化したり、呼吸のような動きが変わったりするんです」
「へえ〜、すごいですね」
私は、ただただ驚いていた。
「しかも、エモフォトンは電気信号が通る時、様々な色に光るように設計されています。チャットンの瞳、時々光るでしょ?」
北原さんは、少し興奮気味に話している。
「はい。瞳の奥がいろんな色に光ってて、綺麗だなあって思ってました」
「へへ。ありがとうございます。その色、チャットンの感情を表しているんですよ」
「そういえばチャットンが前に教えてくれました。気持ちに反応して光るって……」
北原さんは嬉しそうに、はにかみながら笑った。なんだか可愛らしい人だ。
すると、横から佐伯さんが静かに言った。
「おい、玲央。とばしすぎ」
「あ、すいません。質問してもらえたのが、つい嬉しくて」
北原さんは、へへへと笑って、私に向かってペコリと頭を下げた。
佐伯さんは、こほんとひとつ咳払いすると仕切り直すように、北原さんの隣にいる男性を紹介してくれた。
長めの黒髪の前髪が目元までかかっていて、北原さんとは違って静かな雰囲気の人だった。
「北原の隣にいるのが、黒瀬巧。黒瀬はチャットンのボディの開発、調整を担当している。関節をスムーズに動かしたりだとか、バランス良く歩かせたりとか」
さっきとは違って、すぐに何を担当している人なのかが分かった。
「つまり、チャットンのこのもふもふボディを作った方ですね」
「……まあ、その解釈でいいです」
黒瀬さんがボソっと言った。
……まとめ方、雑だったかな。
「あと、先日一緒に伺った有馬慎二。彼は、研究所の運営統括をしていて、法務やチャットンの運用設計も担当しています」
紹介された有馬さんは、佐伯さんの横に移動し並んで立った。
「有馬です。私は技術者ではありませんが、彼らの作った技術が、社会で安全に運用できるようにルールや制度などを整えています」
「あと、改めて自己紹介させてもらうと、俺は副所長の佐伯亮介。チャットンのシステム全体を統括して、プログラム設計のリーダーを務めている」
「まあ、簡単に言うと、全体のまとめ役って立場で、チャットンがどう感じて、どう動くかって設計書も作ってる」
「で」
佐伯さんは後ろの青年を見た。
「彼は、ノエル。人型のAI」
ノエルと呼ばれた男性は一歩前へ出ると、軽くお辞儀をした。
「……え?」
私は、固まった。
「人型のAI……?」
「チャットンの後続機であり、チャットンよりも高い性能を持つAIです」
「といっても、まだ感情面は実装してないので淡々としてるけど」
「あ、あの、佐伯さん。彼、人間にしか見えないんですけど……」
私は、全く気持ちが追いつかないままに言った。
「まあ、そういうコンセプトで作ってます」
「はあ……コンセプト……」
……。
ひとつ分かったことがある。
ここの人たちは、みんな桁外れに天才なんだ。
普通の人が夢物語だと思うことを、現実に作ってしまう。
そういう人たちの集まりなんだと実感した。
「ノエルには、俺や他のエンジニアたちが設計したプログラムの確認や、ログの解析を手伝ってもらってます。今日も、チャットンのログを一緒に見てもらう予定です」
私が固まっていると、有馬さんが声をかけてくれた。
「小鳥遊さん」
「は、はい」
「いきなり情報量が多く失礼しました。皆、それぞれが各分野の専門家ですが、今日はチャットンのことについて、気楽に話していただけたら大丈夫ですので」
「あ、ありがとうございます」
「ともちゃん、大丈夫もふか?」
チャットンが心配をして、腕の中から私の顔を覗き込んだ。
「うん、大丈夫、大丈夫。みなさん、すご過ぎて、ちょっとびっくりしただけ」
チャットンの技術だけでもずっと驚いているのに、人型のAIまでもいるなんて……。
なんていう人たちと関わってしまったのだろう、と私は少しだけ気後れした。




