40. …今度は、私がちゃんと困らせる番かな
白銀と別れたあと。
湊は改札を抜ける前に、一度だけスマホを見た。
特に誰かから来ているわけじゃない。
でも、こういう日のあと、つい確認してしまう。
何もないなと思った、そのとき。
画面が震えた。
七海だった。
『終わった?』
短い。
『今終わった』
と返す。
既読。
『どうだった?』
その聞き方が妙に自然で、湊は少しだけ立ち止まる。
『普通に楽しかった』
と返したあとで、少し考える。
普通に、だけでは足りない気もした。
でも、今の自分に一番近いのはそれだった。
七海から少し間を置いて返ってくる。
『へえ』
『ちゃんと楽しかったんだ』
「……」
「……何だその言い方」
声に出してから、湊は打つ。
『何その言い方』
すぐに既読。
『いや』
『白銀さん、頑張ってたでしょ』
見てきたみたいな言い方ではない。
でも、分かっている感じはする。
『前よりは』
と返す。
七海から。
『そっか』
『じゃあ、今度は私がちゃんと困らせる番かな』
その一文に、湊はまた少しだけ止まった。
「……」
「……番って何だよ」
でも、意味は分かる。
分かるから、ちょっと困る。
『何その宣言』
送る。
七海から少しして返ってくる。
『そのままだよ』
『白銀さんばっかりじゃつまらないでしょ』
その言い方は、いつもの七海らしい。
でも今日は、その奥に少しだけ本気が混ざっているのが分かった。
『今週、会うんだっけ』
と湊が送ると、すぐ既読。
『会うよ』
『言ったでしょ、ちゃんと行くって』
そこで湊は、ふと思い出す。
花火大会のあと。
七海が言った一言。
まだ終わったことになってへんから。
あれは、今も続いている。
◇
一方その頃。
七海は自室の机に座ったまま、スマホを見ていた。
湊とのトーク履歴。
そこに並ぶ短いやり取りを眺めて、小さく息を吐く。
「……」
「……ちゃんと行くって言うたし」
口に出して、自分で少しだけ笑う。
白銀は前に出ている。
美羅李も静かに詰めている。
その中で、自分だけ余裕ぶって見ているのは違う。
そう思ったのは本当だ。
でも。
それだけじゃない。
湊が、前より揺れるようになっている。
その反応を見たいと思ってしまう。
それもまた、本当だった。
「……」
「……少し前の私なら、こういうの面倒だったかも」
今は違う。
面倒でも、ちょっと楽しい。
いや、楽しいだけではない。
自分がどこまで本気か、試している感じに近いかもしれない。
そこへスマホが震えた。
白銀だった。
『なあ』
七海は少しだけ目を細める。
『何』
既読は早い。
『今日、湊くんと会ってきた』
『知ってる』
『何でやねん』
『なんとなく』
少し間が空いてから、白銀からまた来る。
『……前より、ちょっとちゃんと話せた気する』
その一文は、たぶん白銀にしてはかなり素直だ。
七海は少しだけ口元を緩める。
『へえ』
『よかったじゃん』
送る。
白銀から。
『よかった』
『でも』
『やっぱり余裕はない』
「それはそう」
七海は声に出して笑った。
『知ってる』
『白銀さんはそのくらいでいいんじゃない?』
送ると、少し間。
『福原さんに言われると何か腹立つ』
その返事があまりにも白銀らしくて、七海は肩を揺らした。
『褒めてるよ』
『その辺がややこしいねん』
そのあと、少し間が空いた。
七海は次の文面を待つ。
来た。
『でも』
『負ける気はないで』
その一文に、七海はほんの少しだけ目を細めた。
「……」
「……やっぱ好きだな、そういうの」
敵としてか、友達としてか、同じ側の人間としてか。
そこはまだ自分でも曖昧だ。
でも、白銀がそう言えるようになったことは、たしかに少し嬉しかった。
『うん』
『私もだよ』
七海は短く返した。
そのあと、スマホを机に置く。
窓の外は、もうほとんど夜だった。
夏休み後半。
もう“そのうち”ではいられない。
だから今度は、自分が行く番だ。
◇
翌日。
美羅李は自室で、本を閉じて窓の外を見ていた。
夕方の色が少しずつ落ちていく。
スマホには、昨日の湊との短いやり取りが残っている。
それに、白銀と七海の気配も、はっきり見えてきていた。
「……」
「……やっぱり、のんびりはしてられない」
そう呟いてから、美羅李はスマホを取る。
湊とのトーク画面を開いて、少しだけ考える。
自分は白銀みたいに勢いで来れないし、七海みたいに軽く強くも行けない。
でも、止まっているつもりはなかった。
打つ。
『今度、前に話してた場所行かない?』
送信。
少しだけ胸の奥がざわつく。
既読。
湊から返ってくる。
『いいよ』
『いつにする?』
美羅李はスマホを見たまま、少しだけ目を伏せた。
やっぱり優しい。
でもその優しさに甘えているだけでは、どこにも届かない。
『また決めよう』
と返してから、少し考えて続けた。
『今度は、ちゃんと昔の続きじゃなくて』
『今の話がしたい』
送信。
少し間が空いてから、既読がつく。
まだ返事は来ない。
でも、それでよかった。
たぶん湊は、今の一文を少しだけ考える。
その“少しだけ”を、自分は大事にしたかった。
◇
その夜。
湊のスマホには、三人の名前が残っていた。
白銀。
七海。
美羅李。
それぞれ違う言葉で、違う温度で、でもちゃんと前に来ている。
白銀は、まっすぐに。
七海は、余裕を残しながら。
美羅李は、静かに。
「……」
「……ほんとに、みんな来るな」
小さく呟く。
でも、それを嫌だとは思わなかった。
困る。
分からなくなる。
でも、前みたいに何も感じないまま流れていく感じではない。
夏休みが終わる前に、たぶん何かが変わる。
その予感だけが、前よりずっと濃くなっていた。
そこでまたスマホが震えた。
七海だった。
『寝る前に一個だけ』
短い。
『何』
と返す。
すぐ既読。
『次会ったら』
『今度はちゃんと困ってよ』
その一文を見て、湊はしばらく止まった。
花火大会の夜に白銀が送ってきた文面を、少しだけ思い出す。
もし次、うちが同じことしたら、ちゃんと困ってな。
「……」
「……何なんだよ、ほんと」
小さく笑ってしまう。
でも、その笑いは前よりずっと落ち着かない。
夏休み後半。
もう、全部が動いている。
そして、その真ん中に自分がいることを、さすがにもう自覚し始めていた。




