35. …このまま夏休み終わるの、やっぱ嫌や
その夜。
白銀ルナは、自分の部屋でベッドに寝転びながら、天井を見ていた。
スマホは握ったまま。
メッセージ画面は、湊とのトーク画面のまま。
まだ何も送っていない。
でも今日は、前よりずっと不思議な感覚があった。
「……」
「……言えたやん」
小さく呟く。
勉強関係ないやつでもええ?
ちゃんと口にした。
最後まで引っ込めなかった。
それだけで、自分の中ではかなり大きい。
前なら、途中でごまかしていた。
冗談にして、笑って終わらせていたかもしれない。
でも今日は違った。
しかも、湊はちゃんと受け取った。
それが嬉しい。
嬉しいけど、そのぶん少し怖くもある。
「……」
「……次、何誘うんやろ」
そこがまだノープランだった。
勢いで口にしたのはいい。
でも、じゃあ何に誘うのか。
そこが決まっていない。
「終わっとるな……」
自分で言って、ベッドの上で寝返りを打つ。
そこへスマホが震えた。
「っ」
反射で見る。
七海だった。
『今日、だいぶ行ったね』
白銀は少しだけ目を細める。
『見とったやろ』
と返す。
既読は早い。
『まあね』
『でも、思ってたよりちゃんと前に出た』
七海のそういう言い方は、少しだけ癪だ。
でも、間違ってはいない。
『自分でもちょっと思った』
白銀は正直に返す。
すると七海から。
『じゃあ次は、ちゃんと二人で作れば?』
その一文に、少しだけ止まる。
「……」
「……」
『作るって何』
『時間』
『口実でも何でもいいでしょ』
七海はいつもそこをさらっと言う。
でも、今の白銀にはその“さらっと”が難しい。
『口実いるやろ普通』
と返す。
少し間が空いてから、七海。
『白銀さんは、口実ないと無理?』
白銀はスマホを見つめる。
無理ではない。
でも、簡単でもない。
ただ最近、前より少しだけ思う。
このまま夏休みが終わるほうが、もっと無理だと。
『……』
『何』
『このまま夏休み終わるの、やっぱ嫌や』
送ってから、白銀は少しだけ息を止めた。
七海からの返事は、すぐには来なかった。
少し間を置いてから、ようやく返ってくる。
『うん』
『それなら動いたほうがいい』
すごくシンプルだった。
でも、白銀にはそれで十分だった。
『……福原さん』
『何』
『たまにちゃんと味方みたいやな』
その返事に、少ししてから七海が返す。
『たまにじゃないよ』
『そのへんは平等』
「……」
「……そういうとこやな」
白銀は小さく笑った。
◇
翌日。
昼前の時間。
白銀は駅前の雑貨屋にいた。
本当は特に用事はなかった。
でも、部屋にいても落ち着かなくて、外に出てきた。
そして、アクセサリー売り場の前でまた止まっている。
「……」
「……いや」
「これは違うやろ」
小さく呟く。
別に、湊と会うためのものを見ているわけじゃない。
たぶん。
いや、たぶんじゃないな、と少しだけ思い直す。
気になっているのは事実だ。
そのとき。
「白銀さん?」
声がして、振り向く。
美羅李だった。
「……」
「……なんでやねん」
反射でそう出た。
美羅李は少しだけ目を瞬かせてから笑う。
「会ってすぐそれ言う?」
「いや、最近ほんま遭遇率高ない?」
「そうかも」
「そうかも、やないねん」
でも、そのやり取りすら前より自然だった。
美羅李は白銀の手元を見て、棚を見て、それから静かに言う。
「何か探してる?」
「別に」
「その“別に”は、何かあるときのやつ」
「……」
「……」
「みんなそればっか言うやん」
「だって分かるし」
白銀は少しだけ唇を尖らせた。
美羅李は、前と同じように静かな顔をしている。
でも最近は、その静けさの奥にちゃんと熱があるのが分かる。
「なあ」
白銀がぽつりと言う。
「何」
「倉持さん、焦る?」
少しだけ意外そうに、美羅李が目を上げた。
「何に」
「夏休み」
「……」
「……」
「終わるの」
その一言に、美羅李は少しだけ黙った。
それから、静かに答える。
「焦るよ」
「やんな」
「うん」
短いやり取り。
でも、その短さの中で、白銀はちょっとだけ安心した。
自分だけじゃない。
みんな同じように、残り時間を意識してる。
「白銀さんは?」
「焦る」
即答だった。
「前はもっと、何かそのうちって思っとった」
「うん」
「でも今はちょっと違う」
「うん」
「……終わる前に、もうちょい何か欲しい」
言ってから、自分で少しだけ恥ずかしくなった。
でも、美羅李は笑わなかった。
「分かる」
「……」
「……」
「ほんま、そこだけ妙に話通じるな」
「そこだけじゃないよ」
「それはちょっと困る」
白銀が言うと、美羅李は少しだけ口元を緩めた。
◇
その日の夕方。
湊は家で課題をやっていた。
でも、集中はしていなかった。
理由は簡単だ。
昨日から、白銀の言葉が少し残っている。
勉強関係ないやつでもええ?
あれは、わりと大きかった。
それを思い出していたところで、スマホが震えた。
白銀だった。
『なあ』
短い。
でも、それだけで少しだけ分かる。
たぶん今、向こうはちょっと緊張してる。
『何』
と返す。
少し間が空く。
『今週どっか空いとる?』
その一文を見て、湊は少しだけ止まった。
「……」
「……」
「来た」
小さく呟く。
そして、そのまま少しだけ笑う。
白銀は本当に前に出てきている。
それが何となく嬉しかった。
『空いてるよ』
と返す。
既読。
少し長めの間。
そしてまた来る。
『じゃあ』
『ちょっと付き合ってほしいとこある』
その言い方が、白銀にしてはかなり頑張っている感じで。
湊はスマホを見ながら、また少しだけ笑った。
夏休みの終わりが見えてきている。
だからこそ、たぶんみんな前より少しだけ急いでいる。
でも、その急ぎ方はそれぞれ違う。
白銀は白銀なりに。
七海は七海なりに。
美羅李は美羅李なりに。
その全部が、自分のほうへ向いてきている。
『いいよ』
湊は短く返した。
すぐに既読がつく。
そして、白銀から。
『……よかった』
その三文字が妙に白銀らしくて、湊はしばらく画面を見ていた。
そのとき、また別の通知が来る。
七海。
『最近、白銀さん頑張ってるね』
さらにその直後。
美羅李。
『今度はちゃんと早めに動いたんだ』
「……」
「……」
「怖いな」
思わずそう呟く。
でも、怖いだけじゃない。
どこか少しだけ可笑しくて、でも前よりずっと、全部が近い。
夏休みはもう後半だ。
だからたぶん。
本当に変わるのは、ここからだ。




