28. へえ、そういう顔するんだ
夏休み五日目の夜。
湊は自分の部屋で、ゲーム用のヘッドセットをつけていた。
相手は七海。
花火大会のあとも、こうしてゲームをする時間は普通に続いている。
画面の向こうでは、七海のキャラが今日もためらいなく前へ出ていた。
「いや、それ今かなり危ない」
『いける』
「前も聞いた」
『今日は前より調子いい』
「その自信どこから来るの」
『経験』
次の瞬間、きっちり囲まれて七海がやられた。
「……」
『……』
「経験?」
『今のは事故』
「便利だな、その言葉」
七海が小さく笑う。
『湊、今日ちょっと反応遅いね』
「そう?」
『そう』
「何で」
『考えごとしてるときの動きだから』
それをあっさり言い当てられて、少しだけ止まる。
「七海って、やっぱりよく見てるな」
『今さら?』
「今さらかも」
七海はそこで少し間を置いた。
『白銀さんのこと考えてた?』
あまりにも自然な声で聞いてくるので、湊は返事が遅れた。
「……」
『その間で分かるけど』
「いや、別に」
『その“別に”はだいたい考えてるときのやつ』
言い切るなあと思う。
「白銀さん、前より変じゃない?」
湊が言う。
『変というか』
『前より隠せてないんじゃない?』
「そんなに?」
『うん』
七海はあっさり答えた。
『今日も相当だったでしょ』
「まあ」
『で、湊はどうだったの』
「何が」
『楽しかった?』
「……」
「……普通に」
『またそれ』
七海が少し笑う。
『普通に、の中身が前より濃くなってるの、自分で分かってる?』
「そうかな」
『そうだよ』
言い切られてしまう。
画面の中では、ゲームが再開していたけど、二人ともさっきより会話のほうに比重が移っていた。
「七海はさ」
『何』
「花火大会のあとから、何か変わった?」
そう聞いた瞬間、ヘッドセットの向こうが少しだけ静かになった。
『……』
「……」
『何その聞き方』
「いや」
「その」
「気になったから」
七海は少しのあいだ黙っていた。
それから、やっと言う。
『変わったよ』
「何が」
『湊が、前より分かりやすくなった』
「俺?」
『うん』
七海の声はいつも通り落ち着いている。
でも、その静かさが逆に少しだけ重かった。
『前は、もっと全部流してた』
『でも今は、ちゃんと引っかかってる』
『白銀さんにも、美羅李にも』
『……私にも』
最後だけ、少しだけ小さかった。
湊は返事ができなくなる。
「……」
『何』
「いや」
「そこまで言うんだなって」
『言わないほうがよかった?』
「そういうわけじゃない」
『じゃあいい』
その返しが七海らしい。
でも、そのまま流されるのも少しだけ惜しい気がして、湊は言った。
「花火大会のあれって」
『うん』
「軽い気持ちだった?」
七海は今度、本当に長く黙った。
画面の中ではまた二人ともやられていたけど、もう誰もそこに触れなかった。
『……』
『湊、それ』
『今聞く?』
「だめだった?」
『だめじゃないけど』
『ずるいね』
七海は小さく息を吐いた気配を見せてから、やっと答えた。
『軽くはなかったよ』
それだけだった。
でも、その一言で十分すぎた。
湊は何も言えなくなる。
『ただ』
「うん」
『あのときの湊、ちょっと面白かった』
「台無しだな」
『半分は本気で、半分はそういうこと』
七海が少しだけ笑う。
『全部重かったら、私じゃないし』
それはたしかにそうかもしれない。
でも、その“半分は本気”がちゃんと残ってしまう。
『ねえ湊』
「何」
『今、ちょっと困ってる?』
「……少し」
『へえ』
その“へえ”が妙に嬉しそうで、少しだけ悔しかった。
でも、それを誤魔化せるほど余裕はなかった。
◇
通話の終わり際。
七海が何でもないみたいな声で言った。
『じゃあ次は、私の番かな』
「何が」
『さあ』
そのまま通話が切れる。
残された湊はヘッドセットを外して、しばらく動けなかった。
「……」
「……次って何だよ」
でも、その一言が妙に残る。
七海はいつも、全部は言わない。
でも、言わないままちゃんと前に来る。
それが少しだけ、今は怖かった。




