25. …なんで会う前から、もうこんなに無理なん
課題を一緒にやる日が決まってから、白銀ルナはずっと落ち着かなかった。
夏休み四日目の夜。
机の上には、学校から出された課題のワークと、読みかけの参考書と、飲みかけの麦茶。それから、さっきから何度も開いては閉じてを繰り返しているスマホ。
「……」
「……」
「何着て行けばええん……」
誰もいない部屋でそう呟いて、白銀はベッドの上に倒れ込んだ。
おかしい。
課題をやるだけだ。
図書館で待ち合わせて、一緒に勉強して、たぶん少し話して、終わるだけ。
本来なら、そんなに構えることでもない。
なのに、今の白銀にとっては全然そんなことはなかった。
湊と、二人。
その事実だけで、もうだいぶ無理だった。
「いや、ほんま何で……」
枕に顔を埋める。
でも、答えは分かっている。
花火大会のあとからだ。
気づいてしまったからだ。
前までは、“気になる”で誤魔化せていた。
前までは、“照れさせたいゲーム”でごまかしていられた。
でも今は違う。
湊の顔を見るだけでちょっとしんどい。
優しくされるともっとしんどい。
普通に話されるだけで、いちいち心臓が変な鳴り方をする。
「……恋ってめんどいな」
思わず本音が出る。
いや、楽しいのかもしれない。
でも今のところ、白銀にとっては“しんどい”の割合が大きかった。
スマホが震えた。
「っ」
反射で取る。
画面を見る。
福原七海だった。
『明日、ちゃんと寝坊しないでよ』
「……」
「……なんで福原さんが言うねん」
思わずそう呟く。
でも、返信はする。
『せえへんし』
すぐ既読。
『白銀さん、その“し”がもう怪しい』
なんやねんそれ。
『うるさい』
と返すと、七海からまた来る。
『服決まった?』
「……」
「……見えてるん?」
そこまで読まれるとちょっと怖い。
だが、たぶん白銀が今していることはかなり分かりやすいんだろう。
『決まってへん』
『ていうか分からん』
そう送ると、七海から。
『気合い入れすぎると逆に変だよ』
『でも適当すぎても後悔するやつ』
『面倒だね』
「全部言うやん……」
その通りすぎて、反論できない。
『何着るんが正解なん』
と送ると、少し間が空いた。
『白銀さんは、頑張ってる感じ出さないほうが強い』
『自然なやつがいいと思う』
その返事に、白銀は少しだけ止まる。
「……」
「……それ、妙に分かるの腹立つな」
でも、たしかにそうかもしれない。
変に気合いを入れすぎると、たぶん自分でも疲れる。
そのうえ湊は、そういうところを変に意識しない。
なら、自然に見えるほうがいい。
そこへ、さらに七海。
『でも髪はちょっとだけ巻いたら』
『多分そのくらいが一番効く』
「効くって何にやねん……」
言いながら、少しだけその案を採用しそうになる自分がいた。
『福原さん、なんでそんな協力的なん』
と送る。
既読。
そして、すぐ返ってきた。
『面白そうだから』
「やっぱりそれや!」
思わず声が出る。
でもそのあと、もう一通来る。
『それと』
『白銀さんが変に逃げたままだと、つまらないし』
その一文だけ、少しだけまっすぐで。
白銀はスマホを見たまま、小さく息を吐いた。
『……逃げへん』
短く返す。
『うん』
七海からの返事も短かった。
でもそれで、少しだけ背中を押された気がした。
◇
翌朝。
夏の朝はやっぱり早い。
白銀は、目覚ましが鳴る前に起きてしまった。
「……早」
時計を見る。
まだ待ち合わせの二時間前だった。
そこからもう一度寝るのは無理だった。
顔を洗って、鏡の前に立つ。
私服は昨夜のうちに決めた。
白すぎない薄い色のトップスに、軽いスカート。
頑張りすぎてない。でも、ちょっとだけちゃんとしてる。
たぶん、ちょうどいい。
「……」
「……おかしくないよな」
鏡の自分に聞いても、答えは返ってこない。
髪も、七海に言われた通り少しだけ整える。
やりすぎない。
でも少しだけいつもと違うくらい。
そこまでしてから、白銀はようやく気づいた。
「……うわ」
めちゃくちゃ気合い入っとるやん、自分。
ベッドに座って、また頭を抱える。
「いや、ちゃうねん」
「これはその……」
「普通に会うだけやし……」
誰に向かって言い訳しているのか分からない。
だがそうしていないと落ち着かなかった。
スマホが震えた。
「っ」
また反射で取る。
今度は湊。
『着いたら連絡して』
その一文だけ。
「……」
「……普通やなあ……」
でも、その普通が今は危ない。
白銀はスマホを見ながら、しばらくじっとしていた。
短い文面。
でも、それだけでだいぶきている。
『分かった』
なんとかそれだけ返す。
既読。
すぐに来る。
『気をつけて』
「……」
「……無理」
白銀はその場にうずくまった。
「そういうとこやねん……!」
ただの待ち合わせ前の連絡だ。
意味なんてない。
でも、今の白銀には十分すぎる。
頬が熱い。
耳も熱い。
「今日、ほんま大丈夫かな……」
誰もいない部屋で呟きながら、白銀ルナは立ち上がった。
でも。
怖いのと同じくらい、少しだけ楽しみでもあった。




