23. …なんで福原さんまで来とるん?
カフェのドアが開いて。
少しだけ息を切らした俺――桐谷湊が入ってきて。
そのすぐ後ろから、もう一人の声がした。
「お邪魔します」
白銀ルナは、その場で固まった。
「……え?」
目の前にいるのは湊だけじゃない。
その後ろ。
涼しい顔で立っていたのは、福原七海だった。
「……なんで福原さんまで来とるん?」
やっと出た声が、それだった。
七海は少しだけ首をかしげる。
「来たらまずかった?」
「まずいとかちゃうけど!」
「じゃあ何」
「なんで一緒なん!?」
思わず声が大きくなって、白銀は慌てて座り直した。
向かいで、美羅李が小さく言う。
「それは、ちょっと気になる」
「倉持さんまでそっち!?」
白銀は本気で頭を抱えたくなった。
湊は少し気まずそうに言う。
「七海とゲームしてて」
「うん」
「白銀さんから“助けて”って来たから」
「うん」
「来た」
「雑すぎへん?」
白銀がじとっと睨むと、七海が横から平然と続けた。
「要点は合ってるよ」
「そういう問題ちゃうねん……!」
でも、そのあとで自分の耳が熱くなっているのが分かった。
“助けて”を正面から出されるのは、さすがにきつい。
「白銀さん」
七海が言う。
「何」
「来てほしかったんでしょ」
「……」
「……」
「そういう聞き方ずるいやろ」
白銀は小さくそう返して、ストローをいじった。
◇
「とりあえず、座れば?」
美羅李が静かに言う。
その一言で、立ったままだった二人がようやく動いた。
店員に椅子を一つ借りて、四人でテーブルを囲む。
白銀の隣に湊。
向かいに美羅李。
その斜め横に七海。
座っただけなのに、妙に息苦しい。
「……近」
白銀がぼそっと言った。
「何が」
湊が聞く。
「別に」
全然別にじゃない顔だった。
七海がそれを見て、口元だけ笑う。
「今日、反応いいね」
「福原さんはずっと楽しそうやな」
「見てるぶんにはね」
「見られてる側はしんどいねん」
その返しだけは妙に速かった。
◇
「で?」
七海がストローをくるくる回しながら言う。
「何」
「二人で何話してたの」
白銀と美羅李が、ほぼ同時に少しだけ視線を逸らした。
「……」
「……」
「何その間」
七海が笑う。
「いや、別に」
白銀が言う。
「そんな大したことちゃうし」
「ほんまに?」
「ほんまにや」
でも、そのあとで少しだけ声が落ちた。
「……ちょっと落ち着かん話しただけや」
「落ち着かん話」
湊が復唱する。
「雑やなあ」
「湊くんが言うな!」
白銀はすぐにそっちを向く。
「なんで」
「なんか、そうやねん!」
自分でもうまく説明できていないのが分かる顔だった。
その横で、美羅李がぽつりと言う。
「でも、思ってたより普通に話せたよ」
「……」
「……」
「そう言われると、なんかむずい」
白銀はカフェラテの氷を見る。
七海がまた口元を緩めた。
「仲良くなった?」
「なってへん!」
即答だった。
「まだそこちゃう」
言ったあとで、自分で少し止まる。
「……」
「……」
「何」
白銀が顔を上げると、七海がにやっとしていた。
「いや、“まだ”って言うんだなって」
「福原さんほんまうるさい!」
◇
湊は水のグラスを持ちながら、小さく息を吐いた。
「で、白銀さんはなんで俺に“助けて”って送ったの」
「っ……」
そこ聞くんだ。
白銀は一瞬で固まる。
「いや、その」
「なんか」
「空気が、しんどなって」
「しんどい?」
「倉持さん、普通に落ち着いとるし」
「会話も続くし」
「うちだけ妙に落ち着かへんし」
「……ひとりでおると余計しんどかってん」
最後だけ、少し小さかった。
湊は少しだけ目を細める。
「そっか」
「その“そっか”やめて」
「何が」
「なんか、うちだけ子どもみたいやん」
「見えてないよ」
「……」
「……」
「今の、ずるい」
白銀はそう言って顔を逸らした。
でも、さっきよりは肩の力が抜けている。
◇
「じゃあ」
七海が言う。
「今から解散?」
「早ない?」
白銀がすぐ返す。
「せっかく来たのに」
「呼んだの白銀さんだけどね」
「……せやけど」
七海は少し笑って、それ以上は言わなかった。
美羅李が静かに口を開く。
「少し歩く?」
「外?」
湊が聞く。
「うん。ここ、ちょっと重いし」
「それはそう」
七海が言う。
「白銀さんもそろそろ息しづらそうだし」
「なんでうち基準なん!?」
「分かりやすいから」
「それ今日何回目やねん……」
白銀は小さく文句を言いながらも、立ち上がった。
◇
外はまだ少し暑かったけど、店の中よりずっと楽だった。
駅前の歩道を、四人で並んで歩く。
……並んでいるはずなのに、なんとなく位置が気になる。
「なんで自然に湊くんの横来るん」
白銀が言う。
「空いてたから」
七海が返す。
「そっちもそうでしょ」
「うちはええねん」
「理屈が雑だなあ」
そのやり取りの少し後ろから、美羅李がぽつりと言う。
「ちゃんと離れないんだね」
「……」
「……」
「倉持さん、それ今言う?」
白銀が止まりかける。
「思ったから」
「その“思ったから”を静かにやるの、ずるいねん」
湊が思わず笑う。
「何わろてんの」
「いや」
「白銀さん、大変そうだなって」
「他人事みたいに言うな!」
でも、そのツッコミには少しだけいつもの調子が戻っていた。
◇
少し歩いたところで、白銀がふっと足を止めた。
「……なあ」
「何」
湊が返す。
「今日のこと、まだよう整理できてへん」
「うん」
「でも」
「何」
「前みたいに、もうごまかされへん気はする」
その言い方は、すごく白銀らしかった。
はっきり言い切らない。
でも、逃げてもいない。
七海が横で少しだけ目を細める。
「へえ」
「何」
「いや」
「やっとそこまで来たんだなって」
「その言い方やめて!」
白銀はまた赤くなる。
でも今度は、美羅李が白銀を見て小さく言う。
「分かる」
「……」
「……」
「なんでそこで分かるん」
「なんとなく」
「便利な言葉やな」
白銀は小さく息を吐いた。
その横顔は少しだけ疲れていて、でも前よりずっと素直に見えた。
◇
駅前の分かれ道まで来る。
自然と足が止まった。
「じゃあ」
七海が言う。
「今日はこのへんで」
「うん」
美羅李も小さくうなずく。
「またね」
白銀は少しだけ黙ってから、湊のほうを見た。
「なあ」
「何」
「次」
「うん」
「うちが先に誘うから」
その一言で、空気が少し止まる。
言った本人が、いちばん驚いている顔をしていた。
「……今のなし」
「なしじゃないでしょ」
七海が言う。
「ちゃんと聞いたし」
「うるさい!」
白銀は真っ赤になる。
でも、引っ込めなかった。
「……もうええわ」
それから、ちゃんと湊を見る。
「次は、うちが先な」
「分かった」
湊がそう返すと、白銀は一瞬だけ目を丸くしたあと、少しだけ笑った。
その笑い方が、今日の中でいちばん自然だった。
「じゃあ、私も」
七海がさらっと言う。
「福原さんまで乗るん!?」
「平等にしようかなって」
「何の平等や!」
そこへ、美羅李も静かに続けた。
「私も先に言う」
「倉持さんまで!?」
白銀のツッコミが今日いちばん大きかった。
収拾がつかない。
でも、誰も本気では困っていない気もした。
……いや。
白銀本人だけは、自分で言ってしまったことにまだついていけていなかった。
頬が赤い。
耳も赤い。
それなのに、引く気はなさそうだった。
「湊」
「何」
三人の声が、少しだけ重なる。
「……」
「……」
「なんで一斉に来るんだよ」
その一言で、七海が笑い、美羅李が少し口元を緩め、白銀が「そらそうやろ!」と即ツッコミを入れた。
その空気が妙におかしくて、湊も少しだけ笑ってしまった。
夏休みはまだ始まったばかりだ。
なのに、もうだいぶややこしい。
でも。
そのややこしさを少しだけ面白いと思ってしまった時点で、たぶんもう戻れない。
「じゃあ、また連絡する」
七海が言う。
「うん」
「今度はゲーム切らないでよ」
「状況による」
「最低」
その会話を最後に、少しずつみんなが離れていく。
でも――
白銀だけが、少しだけその場に残った。
「なあ」
「何」
「さっきの」
「うん」
「……覚えといてな」
「どれ」
「先に誘うってやつ」
「覚えてるよ」
「……」
「……」
「そういう返し、ずるい」
白銀はそう言って、でも最後にはちゃんと笑った。
「またな」
「ああ、また」
銀色の髪が揺れて、少し先の人混みに溶けていく。
その背中を見送りながら、湊は小さく息を吐いた。
今日は長い一日だった。
でも。
本当にややこしくなるのは、たぶんここからだ。
そう思った、そのとき。
スマホが震える。
画面を見る。
差出人は――倉持美羅李。
『さっきの、冗談じゃないから』
「……」
数秒遅れて、今度は白銀さんから。
『なあ湊くん』
『倉持さん、さっき最後なんか怖かったんやけど』
さらに、その直後。
七海から。
『まだ何かありそうだね』
湊はスマホを見下ろしたまま、しばらく動けなかった。




