16. …その花火大会、うちらも一緒に行くで
終業式の日。
七月の光は、朝からやけに強かった。
教室の窓は全部開いているのに、風はぬるい。黒板の上には「終業式」の文字。授業はないはずなのに、どこか落ち着かない空気が残っている。
夏休み前、最後の日。
それだけで、教室は少し浮ついていた。
「なあ湊くん」
朝一番。
白銀ルナがくるっと振り返る。
「何」
「今日で一旦終わりやで」
「何が」
「学校」
「夏休み入るからね」
「……」
「……」
「もうちょいなんかあるやろ!」
机を軽く叩く。
「寂しいとか」
「しばらく会えへんなとか」
「そういうやつ!」
「少しは思ってるよ」
「っ……!」
一瞬で止まる。
「ほんまに?」
「うん」
「……」
「……」
「それ、ずるい」
白銀さんは顔を逸らした。
でも耳はちゃんと赤い。
◇
終業式が終わり、教室に戻る。
通知表やプリントが配られ、完全に“夏休みモード”の空気。
「なあ」
白銀さんが机に肘をついてこっちを見る。
「何」
「花火大会、行く?」
「来週のやつ?」
「そう」
「行くよ」
「……」
「……」
「誰と?」
少しだけ低い声。
「友達」
「名前」
「福原七海」
「……別の学校の、前会った子やんな」
「そう」
「……へえ」
短い返事。
でも、その中に少しだけ引っかかりがある。
一度視線を落としてから、白銀さんは顔を上げる。
「じゃあ」
「うちらも行くわ」
「……うちら?」
「うん」
にやっと笑う。
「一人で行くとは言ってへんやろ?」
そのタイミングで。
「私も行くよ」
静かな声。
振り向くと、倉持美羅李が教室の入口に立っていた。
「花火大会」
「ちょうど行こうと思ってたから」
自然すぎる合流。
「……」
「……」
「ちょっと待って」
「何?」
「何」
二人同時。
息が合いすぎている。
「一緒に行く流れ?」
「うん」
白銀さんが即答。
「問題ある?」
「いや」
「……」
「……」
「七海には?」
「聞く」
スマホを取り出す。
『花火大会、人数増えても大丈夫?』
送信。
数秒で既読。
『いいよ』
短い返事。
それだけ。
「……大丈夫だって」
「ほらな」
白銀さんが満足そうに言う。
「決まりや」
その横で、美羅李が静かに続ける。
「楽しみだね」
声は穏やか。
でも確実に“関わる側”の温度だった。
◇
少しだけ空気が変わる。
軽い会話じゃない。
「なあ湊くん」
白銀さんが少し前に出る。
「何」
「福原さんってさ」
「うん」
「どんな感じなん?」
「どんなって」
「性格とか」
「……落ち着いてる」
「へえ」
「余裕あるし」
「ふーん」
白銀さんは少しだけ目を細める。
「前会ったときも、そんな感じやったな」
「そうだね」
「……」
「……」
「なんやろ」
ぽつりと漏れる。
「ちょっと気になる」
その言い方は、はっきりしない。
でも正直だった。
その横で、美羅李が言う。
「強そうだね」
「……」
「……」
「何基準で」
「直感」
あっさりしている。
「でも」
少しだけ視線を落とす。
「それでも関係ないよ」
「何が」
「今だから」
短い一言。
静かだけど、ちゃんと刺さる。
「うちも別に関係ないで?」
白銀さんが軽く言う。
「過去とかそういうの」
「……」
「……」
「まあ」
「なんか、おもろなりそうやな」
軽く笑う。
でも、その中に少しだけ本音が混ざっている。
◇
昼休み。
白銀さんはいつも通り弁当を持って後ろに来る。
でも今日は座る前に言った。
「なあ」
「何」
「花火大会な」
「うん」
「隣、空けといてな」
「予約制なんだ」
「ちゃうけど」
少しだけ目を逸らす。
「……なんとなくや」
理由になっていない。
でも、それで十分だった。
◇
放課後。
校門を出る。
七月の空気が、一気に広がる。
「なあ湊くん」
「何」
「今日で一旦終わりやな」
「夏休み入るからね」
「うん」
少しだけ静かになる。
「でもまあ」
白銀さんはすぐに顔を上げる。
「花火あるし」
「終わりちゃうな」
「そうだね」
「……」
「……」
「楽しみ?」
「少しは」
「っ……!」
また赤くなる。
「その言い方ほんまやめて」
でも笑っている。
その横で、美羅李が静かに言った。
「私も楽しみ」
◇
夏休みが始まる。
そして、その最初のイベント。
花火大会。
白銀ルナ。
倉持美羅李。
福原七海。
まだ“好き”とは言えない感情と、
すでに動き出している関係と。
全部混ざったまま――
たぶん、普通には終わらない。
そう思いながら、俺はゆっくりと帰り道を歩いた




