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関西弁の銀髪ハーフ美少女が俺を照れさせたいらしいが照れてるのはいつもキミだ  作者: 夜天 颯


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15/43

15.今日こそ、夏休み前にちゃんと勝ったる

七月。


 教室の窓は全開なのに、風はぬるかった。


 梅雨が明けたばかりの空はやたら青くて、外から聞こえてくる運動部の声まで、いつもより少しだけ眩しく感じる。教室の後ろの壁に貼られた七月の予定表には、もうすぐ終業式だの、夏休み開始だの、そんな文字が並んでいた。


 つまり。


 夏休みが近い。


 それは、浮ついた空気の理由として十分だった。


「なあ湊くん」


 朝、席に着くなり、斜め前から白銀ルナがくるっと振り返った。


 最近の定位置だ。


 俺――桐谷湊が窓側の後ろ、白銀さんがその斜め前。席替えしてから少し距離はできたけど、結局この人は普通に話しかけてくるし、普通に後ろまで来る。


「何」


「七月やで」


「そうだね」


「夏休み前やで」


「そうだね」


「その返しばっかやな!」


 朝から元気だなと思う。


 白銀さんは少しだけ机にもたれながら、わざとらしくため息をついた。


「……夏休み入ったら、今みたいに毎日顔見れへんやん」


「たしかに」


「たしかにやなくて」


「もうちょい何かあるやろ」


「寂しい?」


「……」


「……」


「今のなし!」


 即座に顔を赤くして引っ込む。


「違うねん、そういう言い方されたら、なんかうちだけ変みたいやん!」


「変ではないと思うけど」


「それもそれで困るねん!」


 教室の何人かが笑っていた。


 最近、白銀さんが俺と話してるときだけ分かりやすくなるのは、もうクラスの共通認識みたいなものだ。


「とにかくや」


 白銀さんは人差し指をこっちに向ける。


「今日こそ再開する」


「何を」


「照れさせたいゲーム」


 まだ続いてたのか、それ。


「再開って、終わってたっけ」


「倉持さんの件とか色々あって、ちょっと中断しとったやろ」


「中断してた認識なんだ」


「うん。せやから今日からまた仕切り直しや」


 びしっと宣言する。


「夏休み前に、ちゃんと一回は勝つ」


「一回も勝ってない前提なんだ」


「引き分けはあった!」


「自己申告だったけど」


「うるさい!」


 でも、その顔はどこか楽しそうだった。


     ◇


 一時間目の前の短い休み時間。


 白銀さんはさっそくゲームを始めてきた。


「なあ」


「何」


「今日のうち、ちょっと夏っぽない?」


 見ると、いつもの制服姿に、髪留めだけ少し違っていた。淡い水色の小さな飾りがついていて、銀髪によく合っている。


「髪留め変えた?」


「……」


「……」


「気づくんや」


「分かりやすいし」


「っ……!」


 白銀さんが一瞬止まる。


「いや、そこは『似合ってる』とかあるやろ!」


「似合ってるよ」


「今足したな!?」


「本当だけど」


「だからそれがあかんのやって……!」


 白銀さんは顔を押さえた。


 でも、耳まで赤いくせに口元は少し緩んでいる。


「勝負になってないね」


「まだ始まったばっかや!」


     ◇


 一時間目の授業が始まる。


 現代文。


 先生が黒板に向かっている間、白銀さんは何度か振り返ってきた。


 目が合う。


 逸らす。


 数十秒後、また見る。


 分かりやすい。


 そして、しばらくしてから小さく袖を引かれた。


「なあ」


「何」


「ちょっと顔近づけて」


「なんで」


「小声で言うことある」


 仕方なく少しだけ身を寄せる。


 その瞬間、白銀さんは俺の耳元で囁いた。


「今日、放課後ちょっと寄り道せえへん?」


「……」


「……」


「どうしたん」


「いや」


「今の、少し困るね」


「ほんまに!?」


 白銀さんがぱっと顔を上げる。


 勢いで立ち上がりそうになって、慌てて座り直した。


「や、やった……!」


「声大きい」


「いや、ちゃうねん、今のは、なんか、ちょっとだけ勝った気がして……」


 嬉しそうである。


「誘われて困ったん?」


「少し意外だったから」


「それでもええ!」


 白銀さんは小さくガッツポーズをした。


「一ポイントや!」


「ポイント制なんだ」


「今できた」


 最近、ルール追加が雑だなと思う。


     ◇


 昼休み。


 いつものように白銀さんは弁当を持って後ろまで来た。


「ここで食べる」


「うん」


「断らへんの、もう慣れたな」


「毎日だし」


「なんかそれはそれで悔しい」


「なんで」


「特別感なくなるやん」


 特別感が欲しかったのか。


 白銀さんはそう言いながら机を寄せ、弁当箱を開けた。


 今日は卵焼きとミニトマト、それから小さな唐揚げが入っている。


「美味しそう」


「……」


「何」


「今日も普通に褒めてくるんやな思って」


「思ったから」


「その“思ったから”ほんま便利やな」


 少し笑ってから、白銀さんは箸で唐揚げを一つつまんだ。


「なあ」


「何」


「これ、食べる?」


「くれるの」


「うん」


「じゃあもらう」


 そう言って普通に受け取ろうとしたら、白銀さんは箸を引っ込めた。


「ちゃうちゃう」


「何が」


「こうや」


 白銀さんは箸で唐揚げをつまんだまま、少し身を乗り出す。


「……あーん」


「……」


「……」


「白銀さん」


「何」


「教室だけど」


「分かっとる」


「めっちゃ見られてるけど」


「分かっとる!」


 それでも引かない。


 周りから、案の定ざわついた空気がする。


「白銀さん攻めるなあ」

「桐谷どうする」

「うわ、これ朝のポイント取りに来てるだろ」


「うるさい!」


 白銀さんがそっちにツッコんでから、またこっちを見る。


「ほら、早よ」


「……」


 長引くと余計に面倒だなと思って、俺は普通にそれを食べた。


「ん」


「……」


「美味しい」


「……」


「白銀さん?」


 白銀さんはそのまま止まっていた。


「なんで食べるん!?」


「くれたから」


「そうやけど!」


「もっとこう、困るとか、照れるとかあるやろ!」


「少しは困ったよ」


「少しなん!?」


 また赤くなる。


 しかも今度は、自分からやっておいて自分が耐えられていない。


「うわ……またうちがダメージ受けてる」


「ゲームだよね」


「ほんまや……」


 でも、そのあとで白銀さんは少しだけ口元を緩めた。


「でも、今のはだいぶ攻めた」


「そうだね」


「次はもっとちゃんと効かせる」


 どこから来るんだ、その前向きさ。


     ◇


 午後の授業中も、白銀さんの“再開したゲーム”は続いた。


 英語の時間に問題を当てられてうまく答えれば、「今のどうやった?」と聞いてきて、俺が「よかった」と答えるだけで照れる。


 移動教室の帰りに少しだけ腕が触れれば、「今のわざと?」と聞いてきて、自分のほうが赤くなる。


 化学の授業でノートを見せるとき、必要以上に近づいてきて、「近い?」と聞きながら自分から距離を離す。


 要するに、いつも通りだった。


 でも今日は、ひとつだけ昨日までと違うところがある。


 白銀さんの中に、少しだけ焦りみたいなものがあることだ。


 夏休み前。


 毎日顔を合わせる今の時間が、もうすぐ一旦切れる。


 それを意識しているからこそ、今日の白銀さんはいつもより少しだけ積極的で、少しだけ空回っていた。


     ◇


 放課後。


 ホームルームが終わって、教室の空気がほどけていく。


 鞄を持ち上げたところで、白銀さんがこっちに来た。


「なあ」


「何」


「朝の続き」


「寄り道?」


「うん」


「ほんまにする?」


「別にいいけど」


「……っ」


 白銀さんが一瞬だけ嬉しそうな顔をした。


「じゃあ決まりや」


「どこ行くの」


「コンビニ」


「寄り道の規模が小さいね」


「ええやろ別に!」


 でも、その軽さがこの人らしい。


 二人で校門を出る。


 外はまだ明るくて、夕方の風にも少しだけ熱が残っていた。


「なあ湊くん」


「何」


「今日の勝負、今んとこどう思う?」


「白銀さんが少し優勢」


「……!」


 白銀さんがぴたりと止まる。


「ほんまに!?」


「うん」


「どこで」


「朝の放課後誘うやつと、昼の唐揚げ」


「……」


「……」


「やった」


 小さく、でもはっきり言った。


 それから白銀さんは少しだけ笑う。


「やっと一回ちゃんと勝てそうや」


「まだ終わってないけど」


「最後まで気ぃ抜かんで?」


「白銀さんが?」


「なんでや」


 そんなやり取りをしながら歩く。


 コンビニでアイスを買って、店の前で少しだけ立ち話をする。


 空はまだ明るい。


 夏休み前の七月の空気は、どこか落ち着かない。


「なあ」


「何」


「夏休み入ったら、今みたいに毎日話せんやん」


「そうだね」


「……やっぱ寂しい?」


「少しは」


「……っ」


 白銀さんが目を見開く。


「ほんまに?」


「うん」


「……」


「……」


「それ、ずるい」


「何が」


「今のは反則やろ」


 白銀さんはアイスを持ったまま少し俯く。


 頬が赤い。


「うちが先に言おうと思ってたのに」


「何を」


「……別に」


 そう言いながら、少しだけ笑う。


 それから顔を上げて、ちゃんと言った。


「でもまあ」


「何」


「夏休み入っても、照れさせたいゲームは終わらへんからな」


「続くんだ」


「当たり前や」


「簡単に終わったらつまらんやろ?」


「長いゲームだね」


「長いで」


 そう言ってから、白銀さんはほんの少しだけ目を細めた。


「せやから」


「何」


「ちゃんと相手してな」


「するよ」


「……」


「……」


「それや」


 白銀さんが顔を逸らす。


「そういうとこや」


「何が」


「……知らん」


 でも、その顔は少し嬉しそうだった。


 アイスが少し溶けてきて、白銀さんが慌てて一口食べる。


「うわ、やば」


「夏だね」


「それっぽいこと言うな」


 そのやり取りが、妙に心地よかった。


     ◇


 帰り道の分かれ道。


「また明日な」


 白銀さんが言う。


「ああ、また明日」


「……夏休み前に、あと一回はちゃんと勝つから」


「楽しみにしてる」


「その余裕が腹立つねん」


 でも、笑っている。


 七月の風が、銀色の髪を揺らした。


 もうすぐ夏休みが来る。


 今の毎日が少しだけ変わる。


 でも、たぶん。


 白銀ルナはその変化すら、ゲームの続きを楽しむ理由に変えてしまうんだろう。


 そう思うと、少しだけ可笑しかった。

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