第四章 強制捜査
翌早朝。悠也が指揮する公安の少数精鋭チームは、北海道警察(道警)の協力を取り付け、函館湾近くの山間部にある、如月テクノロジーズの廃研究所跡地へと向かっていた。
道警の刑事たちは、廃墟の強制捜査という名目で、慎重に建物を取り囲む。
悠也のチームは、特殊な装備を身につけ、研究所の地下への侵入を担当する。
「七瀬班長。地表の建物は、資料通り完全に荒廃しています。十五年間、誰も手をつけていないようです」
悠也は、錆びついた金属と、雪と風に晒されたコンクリートの建物を睨みつけた。
表向きは「寒冷地生態調査ラボ」の跡地だが、この場所こそが、七瀬博士がナノマシンの基礎研究を始めた原点だ。
「地下への入口を探せ。電源供給が確認されている以上、必ずどこかに隠された通路がある」
捜索は難航したが、一時間後、地表の建物の裏手に隠された、分厚い金属製のハッチが発見された。
ハッチのロックは最新のセキュリティシステムで強化されていたが、公安の情報解析班がそれを短時間で突破した。
ガコン、という鈍い音と共にハッチが開く。冷たい外気とは裏腹に、下から熱気と、微かな機械の唸りが立ち昇ってきた。
「間違いない。ここが、奴らの新たな実験場だ」
悠也は先頭に立ち、特殊部隊用の暗視ゴーグルを装着した。
「侵入開始。ターゲットは、アヤメの保護と、コア制御室の制圧だ。抵抗があれば、制圧射撃を許可する」
悠也たちが、錆びついた梯子を降りていく。
地下の通路は、地表とは打って変わって、真新しいケーブルと配管が張り巡らされ、冷暖房システムも完全に稼働していた。
「この施設の地下は、完全に再稼働しています。ルナ・コアの技術が、そのまま持ち込まれている可能性が高い」部下が耳元のマイクで報告した。
悠也たちは、地図を頼りに通路を進む。
廊下には、警備員の姿はほとんど見えない。如月残党は、人間に頼らず、別の手段で施設の警備を行っていると悠也は確信した。
広いラボへと続く通路を進んでいた、その時。
天井の配管から、異様な液体が滴り落ちてきた。それは、ナノマシンの青い光とは違う、粘り気のある、黒い液体だった。
「何だ!?」
悠也が身構えた瞬間、その黒い液体が一気に膨張し、通路を埋め尽くすように、巨大な肉質の塊へと変化した。
ズブズブ、ズブズブ……
肉塊から、いくつもの鋭い骨のような突起が伸び、通路にいた捜査員の一人を壁に叩きつける。突起に貫かれた捜査員は、苦痛の声を上げることすらできなかった。
「生物兵器!防御陣形を取れ!」
悠也は、すぐに理解した。
ルナ・コア島の適合体とは異なる、クトゥルフの遺伝子とナノマシンを応用した、新たな生体防衛システムだ。
肉質の塊は、通路の床と壁を這いながら、悠也たちに迫ってくる。その中心には、まるで嘲笑うかのように、人間の眼球のようなものがいくつも浮かんでいた。
悠也は、構えた銃を肉塊の中央へと向けた。
「これは、僕らの知っている適合体ではない!分散して、コアを狙え!」
悠也の、アヤメを巡る新たな戦いは、北の地の地下深くで、最もおぞましい形で幕を開けたのだった。




