第二章 失敗
数日後。悠也は、公安部内で極秘に編成された「オルフェウス追跡班」のリーダーとして、作戦を実行に移した。
ターゲットは、写真に写っていた若いアヤメこと、都内の私立高校に通う女子生徒だ。
悠也は、制服に身を包んだ情報班の女性職員を同伴させ、自身は私服の刑事として、厳重な警戒のもとで学校を訪れた。
「七瀬です。保護対象の生徒がいるクラスへ案内してくれ」
悠也は校長室で簡潔に目的を告げた。
彼の脳裏には、数日前の会議で見た、あの少女の顔が焼き付いている。
もし彼女が、ナノマシンの適合者として、如月残党に利用されることになれば、ルナ・コア島の悲劇が繰り返される。
しかし、彼の予感は、最悪の形で的中した。
案内されたクラスには、その少女の姿はなかった。
「あれ?アヤメは?」クラス担任が首を傾げた。「今朝は普通に登校していたはずですが……体調不良で早退の連絡もありませんよ」
悠也は、その言葉を聞いた瞬間、血の気が引くのを感じた。
「すぐに全校に連絡。欠席情報を確認してくれ!警備員、校門を封鎖!」
悠也は、即座に状況が最悪だと判断し、行動に移した。彼は、担任の教師を伴い、生徒の私物を調べるべく下駄箱へ向かった。
下駄箱も、教室の机も、私物は全て残されていた。それは、彼女が自らの意思で立ち去ったのではないことを示している。
その時、校舎の裏門近くで警備を担当していた公安部員から、無線連絡が入った。
『七瀬班長!校門付近の民間目撃情報です。ターゲットの生徒が、登校後まもなく、黒塗りのセダンに乗り込むのを見た者がいます。』
「黒塗りのセダン……!」
悠也は歯を食いしばった。やはり、間に合わなかった。如月残党は、公安の動きを察知し、極秘裏に彼女を連れ去ったのだ。
「車両ナンバーは?進行方向は!?」
『ナンバーは確認不能。ですが、車両は高速道路方面へ向かった模様です!』
悠也は、即座に無線で捜査車両に指令を飛ばした。
「全車両に告ぐ!ターゲットの車両は黒塗りのセダン、高速道路方面だ!高速隊と連携し、該当車両を追跡しろ!」
悠也は、そのまま学校を出て、待機させていた捜査車両に乗り込んだ。
彼の視界は、怒りと焦燥で赤く染まっていた。
数年かけて築き上げた公安の立場、手に入れた情報、すべてを駆使したにもかかわらず、ターゲットの保護に失敗した。
捜査車両は、都心の幹線道路を猛スピードで疾走する。
悠也は、無線から飛び交う渋滞情報や車両追跡のログを、血走った目で見つめ続けた。
しかし、捜索は難航した。都心の複雑な交通網、そして如月残党のプロフェッショナルな逃走術は、公安の追跡を巧みにかわした。
数時間後、追跡班からの無情な報告が届いた。
『七瀬班長。目標車両の追跡をロスト。高速道路のジャンクション付近で、監視カメラの死角を利用された模様です。』
悠也は、深く、そして悔しさに満ちた息を吐き出した。捜索は完全に失敗した。
助手席でハンドルを握る部下が、沈黙に耐えかねて声をかけた。
「七瀬班長……いったん、本部に引き上げましょう」
悠也は、窓の外を流れるビルの群れを見つめた。
あの夜、ルナ・コア島で失ったアヤメの面影が、再び彼の目前から消えた。
彼は、ポケットの中の警察庁バッジを強く握りしめた。
「まだだ。彼女は、きっとあの時のアヤメと同じ場所に連れて行かれた。ルナ・コア島の残骸、あるいは、それに匹敵する新たな研究施設だ」
彼の心に、諦めはなかった。彼の戦いは、再び、最悪の場所から始まろうとしていた。




