SS かわいい従者
ホルベイン家の……いえ、今はティボー家でしたわね――の家族との楽しい晩餐の翌朝、懐かしさを存分に味わう間もなく、家族はカステ地方へと旅立っていきました。
新たにデイランの領主となったパトリスは、大急ぎで用意されたモリスの子供時代の服を着て目を白黒させていました。なにせ着の身着のままでホルベイン村から連れ出されてしまったので、風呂に入って身綺麗にしても着替えの用意が無いのです。パトリスは13歳と云えど、陛下からの正式な徐爵前ではありますが新トゥール子爵です。デイランの新しい統治者という触れ込みで、かの地へと赴くのですから、農民の子と大差ない姿格好で行かせるわけにはまいりません。
そこで急遽用意されたのが、モリスのお古着。お古着といっても、大切に保管されていた洋服ですし、袖を通した回数もたかが知れている……なんてものばかりですから、ほとんど新品同様! なんの遜色もありません。モリスに言わせれば「多少の流行遅れは堪忍してくれ」とのことですが、そんなこと、どこが流行遅れなのかもわからない有様ですのに。
それは父や母、弟妹たちも同じような状況ですから、館に保管してあった身体に合う寸法の服を借りて着ていくことになりました。
ホル……いえティボー家の来訪自体が急なことでしたから、新調するなどということは到底間に合いませんし、父も母も道中は目だない方が良いということで、パトリス・トゥール子爵の従者と女中(とその家族)といった態を装うことになったのです。
ほら、元々ホルベイン家は貧乏男爵家。質素倹約で、服装も近所の農民一家とさほど変わらない程度でしたもの。父母はまだしも、弟パトリスが借りたのは、宮廷へ伺候していたモリスの服ですから、それはもうお洒落で手の込んだ美しいものでしたの。
モリスならばなんの苦も無く着熟せていたのでしょうが、弟では服の方が立派に見えてしまって、ザンネンなくらい借りもの感満載。
「トゥール子爵、デイランに着くまでに、その服が似合うような堂々とした立ち振る舞いを身に着けてくださいね」
「はははい、侯爵様!」
面白そうに微笑むレンブラント侯爵に、カチンコチンに緊張した13歳男子が、顔を真っ赤にして答えます。
はぁぁぁ。心配よぉぉ。諸々ひっくるめて、姉は胃が痛くなりそう。
「そうです、肝心なことをお伝えせねば。陸路を馬車で移動となれば時間もかかりますし、旅人を襲う盗賊の心配もせねばなりません。折よく私のガレオン船が、ペンデル港に着きました。それに乗って、ロデア大海を渡りクオバティス沿海へと入り、デイランに一番近い港町マルンまでナムーラ隊長に送らせましょう」
「え、ガレオン船!」
ガレオン船と聞いて、パトリスが大声を出しました。同時に、わたくしも。
「侯爵様、ガレオン船に乗れるのですか!?」
それまで不安そうな顔をしていたのに、パトリスったら途端に目を輝かせて。
「ずるいわ、わたくしだって乗りたいのに! 大海原を帆船で渡るのが夢なのです。わたくしも一緒にデイランまで行ってもよろしい?」
「駄目ですよ、エム。今回は遠慮してください。あなたが一緒だと、周囲の目がホルベイン家の方々に集まってしまいます」
はぁぁぁ。世間からホルベイン家を隠すためにも、名を変え、こっそりとカステの小都市へと落ちのびさせようとしているのに、それじゃ逆効果かぁ。
「エムリーヌ。あなたは侯爵様に、いつもそんなわがままを言っているの?」
後ろで静かに私たちの会話を聞いていた母ヨランダが、きっと眉を吊り上げました。レンブラント館の家政婦長に借りた外出用ドレスを着た母は、熟年のベテラン女中の風格です。(この時代、着ている服のデザインや素材によって、だいたいの身分が推測されるんですの)
「だって……」
「だって、ではありません。もうすぐ侯爵夫人になろう女性が、いつまでも子供のような振る舞いをして!」
お小言が続きそうな雰囲気を察したのか、モリスが間に入って取り成してくれました。
「そうでしたね、エムと約束をしていたのでした。ガレオン船に乗せてあげるのだと」
「覚えていてくださいましたのね。地理のお勉強をしているとき、領内を視察して回るのなら帆船に乗せてくださるって! 一緒に参りましょうって!」
「でも、今回は我慢してくださいね」
その代わり、王都トリングへ参内する際に、王都の近くのトゥモエという港までは海路を行こうという言質は取りました。やった!
せめて乗船するペンデルまで同行したかったのですが、落馬の際に負ったけがや痣がすべて治っていなかったことや、家族が人目に付くのを避けるために、わたくしは館の玄関前で見送ることになってしまいました。
「手紙を書くわ、エム」
「待っている、わたくしも書くわ! お母様」
名残惜しく、何度も抱き合い、涙を流しながら色々な約束を交わし――。ようやくわたくしはティボー家の人々の乗った馬車に手を振って、見送ることが出来たのでした。モリスがペンデル港まで同行して、パトリスたちが所有のガレオン船に乗船するまで見守ってくださるとのことですから、ひとまずは安心です。
しかし、一行が出発してしまうと、とたんに寂しさに襲われました。
昨晩のにぎやかさが、まるで嘘のように館が静まり返ってしまいました。明日の朝の船の出向を見送ってからの帰参になるので、モリスもいないし。
そうなると途端にいろいろな不安が脳裏に浮かび、襲ってまいります。そこへ南の森の館から、相談があるといってドニがやって参りました。
そしていつになく畏まって、お願いがあるのだというのです。
「まあ、突然どうしたの? ドニ」
「うん。ずっと考えていたんだけど、僕、エムの従者になれないかなぁ。ほら、エムは王都へ行くんでしょ。王宮に出仕するのだと聞いているよ。そしたら、従者が必要になるんじゃない? きっと多分、新しいお父さんになる、あの髭のおじいちゃんが候補者を考えていると思うけれど、エムのことよく知っている従者が傍に控えていた方がよさそうだって侯爵様もおっしゃっていたし。僕には帰る家も、待っている家族もいないから、エムと一緒にいる方がうれしいんだ」
彼の言う侯爵様とは、モリスのことね。っていうか、ドニも養父のことを良く知っている様子。聞けば、養父は何度か手土産持参で森の館を訪ねたのだとか。わたくしへの見舞いも頻繁でしたが、森の館まで足を延ばしていたとは。ホントに、マメね。しかも、ドニの話によれば足繫く通ったみたいだし。だから仕事が増える一方なのよ。仕事中毒患者め、そのうち倒れるぞ!
「もうしばらくしたら、僕もあの森の館を出て仕事を探さなければならないんだけど、それならエムの従者がいいなって考えたの」
……って、あなた、まだ8歳(※推定。彼には出生を証明できる両親がいませんし、本人も年齢はわからないそうですから)なのに。幼少期の栄養不足が災いしたのか、見た目はもっと幼く小さく見えますが。かく云うわたくしも、最初にドニに会った時には4~5歳だと思いましたもの。
「本当に、それでいいの? ああ、もちろんドニが付いて来てくれたら、わたくしとてもうれしいわ」
ドニは申しませんが、おそらくこの件は、それとなくモリスから打診されていたのでしょう。そんな気がします。
現在は小さな子供でも、やがてドニも一人前の男として仕事を持って、森の館を出て行かねばならないのです。それがモリスと、救い出された子供たちの約束なのです。それが南の森の館の決まり事なのですから。
ならば少し時期は早いですが、モリスがドニに、わたくしの従者・侍従になるという仕事を斡旋したのかもしれません。
「あなたがそれを望むのなら、わたくしはそれを叶えることにいたしましょう。わたくしだって、ドニやマルゴが傍にいてくれた方が、どんなに心強いか」
「ホントに、ホントにいいの?」
ドニの顔がぱぁっと華やかになりました。わたくしだって、ドニの将来は心配していたのです。
マルゴのように誰かの養子となり館の使用人になるか、騎士隊にでも入隊するのか。
傭兵部隊ならば身分を整える必要はありませんが、騎士隊となればレンブラント家古参の家来としての家柄が必要となります。わたくしの従者となるにも、やはり身元のはっきりした者との養子縁組が必要となるでしょう。でなければ、養父ガランダッシュ宰相が納得しないはず。
わたくしの身分はガランダッシュ宰相の養女ですから、宰相の気に入らず解雇通告が出されれば、レンブラント侯爵の推薦があろうと傍に置くわけにはいかないのです。モリスのことですから、その辺の事情はよく承知しており、ドニへの打診の前に養父の納得のいく人物に話を付けているものだと思われます。
「うれしい! 侯爵様がお戻りになれたら報告しなくっちゃ!」
「わたくしからも、お願いしておきましょうね」
さて。あの策士様は、かわいいドニの里親に、どなたを考えていらっしゃることでしょう。養父上のことですから、わたくしとモリスの後押しがあれば、ドニの伺候は文句を言ってこないと思います。
問題はドニの後見ですわね。王宮の口うるさい噂好きの雀たちが、文句のつけようが無い人物を据えねば。
お手並み拝見ですわね。
それほど高貴すぎず、かといって貴族たちにみくびられないほどの身分の家柄で、ヨラ侯爵派とは無縁であること。喜んで孤児のドニの後見を引き受けてくれる、一廉の人物でなければ、わたくしだって承知致しかねますわ。どなたを連れて来るおつもりかしら?
お戻りになられたら、バッチリ問い詰めて差し上げましてよ。モリス。
「エムこん」にご来訪、ありがとうございます。
ホルべ……いいえ、ティボーの方々も落ち着き先へと出発したようですし、小さなドニも新たな一歩を踏み出そうと決心したようです。
エムも近々王都へと出発することでしょうし、レンブラント領も静かになりそうですね。その代わり王都でひと騒ぎあるのは必須?





