SS 真珠の首飾り
半年もモリスと離れてしまうことになるので、トリング行きはちょっと憂鬱だったのです。しかも、行き先はあのガランダッシュ宰相の屋敷だし、王宮へも出仕しなければならないのだし。養父上は侍女をひとり同行しても良い――とお許しをくださいましたので、マルゴを伴うことになっております。その旨、養父上にも許可をいただきました。
だってペラジィは良人と家庭があり、子供もおります。ロラだってゼフラ中隊長という恋人がいるのだし。引き離しちゃ、かわいそうでしょう。
ひょんなことから、マルゴの他にも従者見習いとしてかわいいドニが加わることになり、わたくしは心弾ませていました。
心強い味方が増えたこともありますし、半年でも王宮で務めたという実績を彼に与えることが出来たならば、使用人としても箔が尽きます。今後ドニがたとえ他家へと勤め先が変わることがあったとしても、ガランダッシュ侯爵令嬢の従者として王宮勤めをしていたという事実は大きな武器となるでしょう。聡いドニのことです、王宮でのお勤めで身に着けるであろう礼儀作法や振舞い方などは、彼の将来の大きな糧となるに違いありません。
なによりドニを養子として引き取ったのは、タビロ辺境騎士団の騎士団長エドメ・キャンデルですから、ドニ・キャンデルは立派な騎士の子になったのです。今回のレンブラント館襲撃事件の功績で、タビロ辺境騎士団も大いに名を上げたのです。
さすがです、モリス。キャンデル団長の子なら、王宮でも肩身の狭い思いをせずに済むでしょう。後見は『クレルフォンの軍神』レンブラント侯爵ですし。ガランダッシュ侯爵令嬢が重用する従者に、干渉しようと考える輩が全くいないとは言い切れませんが、そこそこ命知らずか、政治音痴でも無ければ安易には手を出そうとする阿保は……と考えます。たまにいるんだけど。
落馬の際にダメージを受けた傷やら痣も消えかけておりますし、体力の方も戻りつつありますから、そろそろ王都へ来いと養父上ボドワン・ガランダッシュから矢継ぎ早に手紙が参りますの。
「あなたを王都へと送り出すのは面白くありませんが、出仕の後でなければ結婚できないとなれば、いつまでもこの館に足止めしておくこともできませんしね」
とか言いつつ、モリスはわたくしの腰に手を添えると、身体をすくうように持ち上げ、自分の膝の上に座らせてしまったのです。密なスキンシップはイヤではありませんが、まだ日も高いうちからこれでは、使用人たちにも示しがつかないのでは?
「私たちが喧嘩しているよりは、彼らも安心できると思いますよ」
「それはそうかもしれませんが……」
その時、首元にふわりと少し冷たい感触が。
「あなたが傍に来てくださらないと、これを付けて差し上げることが出来ませんからね」
「まあ、もったいぶってなんですの?」
そうは言われても、彼が何をしたいのか不明なわたくしからすれば、首を傾げるのは当然だと思いませんこと。
「さあ。鏡を見ていらっしゃい」
そう言うとわたくしを開放してくださいましたが、あっさりと解放されてしまうと、今度はわたくしがつまらない。困ったものです、モリスを独占していたくてたまらないのです。いつからこんな狭量な女になってしまったのやら。
「私だって手放したくはないのですよ。ようやく、こうしてふたりでいる時間が増えたというのに」
黒いマスクの奥の青い瞳が愉快そうに光っているので、なにごとなのかと大いに気になり、わたくしはいそいそと鏡の前へ。
すると、わたくしの首元に掛かっていたのは――!
「ネックレス! まあ、この真珠のネックレスは海賊ハマスに引き千切られて、ばらばらになった粒を海賊たちが我先とひろいあつめて。散逸してしまったとばかり……」
「あの後、使用人や侍女たちが総出で探してくれたのですよ。また海賊がポケットにしまっていたものも、ナムーラ隊長や傭兵部隊の猛者たちが、取り調べの際に見つけ出してくれましたので、もう一度宝石商の許へと修繕に出していたのです。それが、先日ようやく戻って参りました。あなたが大層気に入って大切にしているという話はマルゴから聞いていましたから、なんとしても元通りにして差し上げようと思っていましたし、がんばったあなたにご褒美も兼ねてびっくりさせてあげようと」
「うれしい!うれしい!うれしい! でも、中央のひと珠だけ、大きさが違いましてよ。以前は粒がすべてそろっていましたのに」
「ああ、その大珠は見事でしょう。大きさといい照りといい。ガランダッシュ宰相が、秘蔵の大珠を提供してくれたのです」
皆が苦労して拾い集めてくれたのだそうですが、どうしても一粒だけ足りなかったのだそうです。その不足分をモリスが新たに購入しようとしたら、養父上からこの大玉の真珠が、手紙と共にモリスの許に届いたのだそうな。
「あのお方は、どこから見ていたのやら。届いたタイミングといい、真珠の見事さといい、さすがとしか言いようがありませんね」
これって、まさか、たくさんの孫に囲まれた幸せな「お爺様生活」への投資なのかしら!?
問い詰めてあげなくっちゃ。そのかわいい孫を産むのはわたくしなのだから。
明日、わたくしとモリスはかねてからの約束どおり、ペンデル港からガレオン船に乗って、王都トリングへと向かうことになっているのです。
「エムこん」へご来訪、ありがとうございます。
SSもこれで終了。真珠のネックレスも、エムの許に帰ってきました。
長い間お付き合いいただきありがとうございました。これにて、幕を引かせていただきます。
またいつの日か、なにかの拍子で、エムが動き出すことがあるやもしれませんが、それまでエムたちも静かに(←ムリ?)過ごすことが出来ますように。
ここまでのご高覧、誠にありがとうございました。感謝です!





