61. 暗殺計画はもうひとつあったのですか!?
ヤバいヤバいヤバい。
驚きと、嬉しさで、うっかり本名が口から飛び出しそうになったわよ。どうにか飲み込んで、偽名を言えた私を褒めていただきたいものだわ!
昔の私なら、ポロッと本名を言っちゃっていたわ。
ん、もう。どなたの教育がよろしいのか、こういう小芝居まで熟せるようになりましたわよ。
私の心の中を読んだのか、モ……じゃないリヨンの薄い唇が片方だけ吊り上がります。
「来客中、失礼いたします。緊急の知らせがございまして、このような無礼を働くことになりました。どうか寛大なお心でお許しください」
「なにごとなの?あなたが慌てるなんて」
呆れ顔を作って、調子を合わせます。リヨンの声が、微妙に楽しそうに聞こえるので、なにかまた企みがあるのでしょう。……って、あなた、先日いただいたお手紙にはカステ領デイラン州にいる――ってありませんでしたっけ?デイラン州を収めていた知事が亡くなったのに後継者が決まらず、行政が混乱しているとか。
その問題を片付けているって、お手紙に書いていらしたと記憶しているのですが?
戸惑いを表情に出さずに対応するのにも、だいぶ慣れてきました。これなら女優デビューもできそうじゃございませんこと。いいのか、悪いのか。ふぅ。
「奥方様がお会いになりたいと願っていらっしゃったお方をお連れいたしました」
あ?どなたでしたっけ?
私が会いたい?
脳内フル回転させて、彼の言わんとしていることを探っているのですが、目を白黒させている私の顔を盗み見て、モ……いえ、リヨンったらニヤニヤ顔。尼僧アイリスに、茶番がバレますわよ。
え、もしかして?
リヨンが開けた扉の向こうには――。
「お父様、お母様!」
実父のホルベイン男爵、母ヨランド、そして私の弟妹たちが!
そうです。遠く離れた故郷で虜になっているはずのホルベイン家の人々が、そこに立っていたのです。
「ああ!リヨン、素晴らしいわ!」
歓喜の声を上げる私とは反対に、信じられないものを見たといった顔で、その場に崩れ落ちる尼僧アイリス。
「尼僧様。あのお約束は、実行しなくても良さそうですわね」
そう告げる私の顔が、つい勝ち誇ったものになっていたとしても、お許しいただけますわよね。
その日の晩餐は、それはもう賑やかなものになりました。だって、レンブラント館の家族用の食堂にはモリスに私、それにホルベイン家の家族が全員揃ったのですもの。
前にも申しましたが、この時代手の込んだ肉や魚のご馳走をコースで食べる習慣は昼餐で、晩餐は肉詰めパイや魚のフライなどが並ぶことはあっても、どちらかといえば簡素なものが並ぶのです。
まあ、ホルベイン家の食卓からすれば、レンブラント家の簡素でも大変なご馳走なのですけれど。
突然だったとはいえ凄腕料理人のコルワートが、ホルベイン家の人々の来訪を知って、短時間で出来る限りの美味しい料理の皿を並べてくれたのです。『客人へのもてなしは、そのまま家格の証明』と云う時代ですから、コルワートも腕に縒りを掛けてくれたのでしょう。きっと厨房はてんてこ舞いだったに違いありません。あとでお礼を伝えに行かねばなりませんね。
凝った宴席料理など見たこともなかった我が弟妹は、歓喜の声を上げつつもそれらの皿をきれいに平らげていきます。それでも使用人たちが、次から次へとご馳走の皿を並べるので、弟妹たちは魔法みたいだと大興奮! お行儀が悪いと怒られる一歩手前の勢いで、盛んに口へと運んでおりました。
お母様の目があるので、私はお上品にゆっくりと口を動かしております。大好きなセルヴォワーズも、シードルも控えめに。だってモリスの前で、「貴婦人らしからぬ!」と叱られたくはありませんもの。
出された食べ物はきれいに平らげるのがホルベイン家の家訓なので、本当にお腹一杯になるまで、パトリス以下弟妹たちは、大はしゃぎで食べ尽くしておりました。南の森の館の子供たちの旺盛な食欲を見慣れているコルワートでも、驚くほどに。
「さすが奥方様のご弟妹……」
それは余計な一言です。
モリスはお父様とワインを飲みながら、和やかに会談中。おふたりの会話を聞いていて知ったことなのですが、な~んとこのふたり、顔見知りでした!
ど~ゆ~こと!?
「ホルベイン卿は、本当に誰にもしゃべらなかったのですね」
「お約束でしたからな。宴席での一件」
「まぁ、なんですの。宴席での一件とは?」
思わず口を挟んでしまった私に、モリスと父が説明してくれたことには――。
先だっての第17次セルテ戦役の折、集結地へ向かう道すがら、ふたりは偶然出会ったのですって。どうしたわけか軍の副指揮官の伯爵と寄せ集め義勇軍の貧乏男爵の話が弾み、そのまま集結地まで同行したのですが、父はジョリイ伯爵の隷下なので着陣前に互いの無事を願いつつ、それぞれ割り当ての野営場所へと別れたのだそうです。が、どこで様子を観察していたのか、父は出陣前に、ジョリイ伯爵からとある打診をされたのだそうな。
「戦場で、誤ってレンブラント伯爵を殺してくれと、な」
その場に居合わせた一同、息を呑みました。
確かに。一旦戦火の火蓋が切られてしまえば、戦場では、敵味方が入り乱れることになります。誰もが自分の命を守ることを優先しますから、隣の人間が殺人を犯していたとて見てなどいないでしょう。たとえ見ていたとしても、自分とて己の身を守るために同じようなことをしているのですから、非難も制止も致しかねます。誰もが生き残るために、必死なのですから。
そんな混乱に乗じてモリスの命を奪おうとするとは、なんたる卑劣な手段でしょう!っていうか、あたしの前に、お父様までモリスの暗殺に駆り出されていたとは!
「侯爵様、親子して面目ない」
「私にとっては幸運でしたよ。ジョリイ伯の放った刺客が、あなた方親子で。おかげで生き残ることができた」
「それって、私たち親子がポンコツだとおっしゃっているのと同じですわよね」
モリスは笑いを堪えきれません。確かに、父も私も天然でうっかり者、抜けていますけれど。そこはフォローしてくださっても、よろしいんじゃございませんこと。旦那様。
「敵と見誤って切り殺しても、殴り殺しても、矢で打ち抜いても構わない、とにかくレンブラント伯……いや、現在は侯爵様の息の根を止めてくれと言われたがな。できるか? この人に死なれたら、我が国はセルテに勝てん。クレルフォンに勝利をもたらす軍神だぞ!
それに、この黄金の髪を見間違うバカがどこにいる?」
不遜にもレンブラント侯爵の黄金の髪を指さしながら、ふんぞり返って豪語する男爵。この席が内輪の無礼講ですから許されておりますが、普通だったらしっ責くらいでは済まされない行為です。
酔っ払いの一挙手一投足に、娘の方がヒヤヒヤ――というのは、この際脇に置いて。さすがの父でもこう考えるのですから、他の人だって、当然そう考えているでしょう。
「しかしジョリイ伯爵の命令だ。あのお人が、我々格下の者に下す命令は絶対だ。殺らなければ、我らが制裁を受けることになる。かといって、モリス様に打ちかかったとしても、返り討ちに合うだけだろう。まかり間違ってモリス様殺しが成功したとしても、そのあと英雄殺しの愚か者として、クレルフォンの兵から儂が袋叩きにあうだろうさ。そのくらいの計算は儂のお頭だって出来る。
そこで、だ! 考えた末、モリス様に打ち明けた」
超自慢げな父の赤ら顔。だいぶお酒が回って来たようですね。そろそろお酒の継ぎ足しを止めるようにと、母の冷たい視線が訴えてきます。
「父上にしては迅速な対応で、英断でしたわね」
「私もホルベイン卿から打ち明けられた時、驚きましたよ」
モリスは笑っています。わかっています?あなたの暗殺計画ですのよ。
「ええ。わかっていますよ。戦場で殺されたのなら、それは戦死になりますからね。下手人は敵兵と処理され、余程ヘマをしない限りは殺人とは疑われない」
あら、珍しい。モリスも少し酔いが回って来たのでは?
「それで、おふたりはどうなさったの?」
「目を付けられた以上、実行に移さんと後が怖い。これまでのジョリイ伯爵との付き合いで、ネチっこく殺人の実行を迫ってくるのはわかっているからな。そこで一計を立てたのさ!」
我が父発案の計画……怖いとしか思えない娘。その良人は、自分の暗殺計画を、平然とした顔で妻とその家族に語るのです。
「ナムーラ隊長麾下の諜報部隊の働きで、わたしにはもうひとつ、罠が仕掛けられていることは知っていました。それは出陣前の宴席で、ワインに毒を仕込まれることです。尼僧アイリスがパトリスに渡したあの白い粉、あれですよ」
後ろで控えているロラに視線を飛ばしたのですが、彼女は知らぬ顔。私から取り上げたあの箱を、モリスに渡したのね。会話に夢中になっている隙を見つけて、ペラジィが父の前に置かれていたワインの瓶を、そっと片付けてしまいました。母が、そっとペラジィに感謝の意を伝えます。
私付きの侍女たちは揃って優秀で、ポンコツな女主人は本当に助かりますわ。
「エムこん」にご来訪、ありがとうございます。
どうやらモリス暗殺計画は潰えたようです。そしてホルベイン家の家族が大集合。
もうひとつの暗殺計画の顛末と、どうしてモリスがホルベイン家の家族を全員連れて現れたのかは、次回か次々回まで(すみません。次回……の予定でしたが、先になりました)には判明すると思います。お楽しみに!





