60. 物騒な花嫁とレンブラント伯爵暗殺計画 ☆
お約束の件、これは「モリスの暗殺を実行しろ」ということでしょう。
私はそのために、このレンブラント館へ送り込まれたのですから。
ただの花嫁ならば、どこぞの、もっと育ちとビジュの良いご令嬢で十分なのです。レイピア使いの達人でもあるモリスを暗殺する――という隠れた目的があったからこそ、ビジュ無難レベルでも元タビロ辺境騎士団の騎士で、(隠しておりましたが)剣術も得意であった私が選ばれたということ。
ジョリイ伯爵が危険になったので、危機回避のためにモリスを弑逆せよ。当初の計画を実行しろ、ということでしょうね。
途中いろいろ紆余曲折があり、図らずも宰相閣下の養女となりましたが、本来はヨラ侯爵の推薦でモリスの婚約者となったのです。
人身売買組織とつながりを持ち、幼い子供を買っては夜な夜な殺して、残酷な欲求を満たしているシリアルキラー。表向きは国王陛下の忠臣、その実犯罪組織を王国内に蔓延らせているサイコパス!――それがジョリイ伯爵の語った、レンブラント伯爵モリス・クリストフ・ジャン・マリーでした。
うそっぱち、でしたけれど。
なにも知らなかった愚かな私は、すっかりジョリイ伯の言葉に騙され、彼の語った偽りを真に受けて、モリスの暗殺の手伝いを引き受けてしまったのです。
忠臣の仮面を被って国王陛下の目を欺き、国を内部から腐らせる佞臣を退治するために、ヨラ侯爵が宰相閣下とひそかに手を組んで進めている計画だとか。
だってモリス暗殺計画には、宰相閣下も了承しているとか言うんですもの。宰相閣下のサインの入った計画を記した手紙(それも封蝋にはきちんと閣下の印璽が押されていたわよ!)まで見せられたんじゃ、タビロ辺境騎士団のキャンデル団長だって疑いを払拭するしかないじゃない。
軍隊だから、上層部からの命令は絶対(これが問題なのだわ!)だしね。深く疑うことなく「はい!」って言っちゃう習慣がついている。
おまけにホルベインの父が大ケガを負った第17次セルテ戦役だって、モリスが自分の利益のためにセルテ国と手を組んで起こした戦争だとか言われたら「はぁぁ!?(怒)」と来るじゃない。
もともと17次戦役の発端は開戦までの手際が良過ぎて、いいようにセルテ国に乗せられたというか、我が国にしてみれば図られた感満載だったというか。そんなことを耳にしていたものだから奸計に疑いもせず口車に乗り、トドメに報酬は来年の税金免除プラス家録増加に臨時ボーナス追加とか、甘い餌にあっさり釣られてしまった。
貧乏人だと思って、足元見やがって! あんちくちょ……ぅあわわ、言葉づかい、言葉づかい。ガランダッシュ侯爵令嬢ともあろうものが、いけませんわね。反省。
自分でも、愚かだったと思うわよ。
ちょっと冷静になれば、おかしな点はすぐに見つけ出せたのに。「隠密計画だから誰にも言うな」なんて言葉を真に受けちゃってさ。おそらくキャンデル団長は違和感を抱き続け、一度払拭した疑惑を、もう一度調べ直し宰相に確認を取ったのでしょう。やっぱり騎士団長ともなるとちがうわね。
そのあたりから陰謀は宰相サイトに漏れて、宰相とモリスは術中に嵌るふりして、返り討ち計画が動き出したのかもしれない。あとで、モリスに確認しなくっちゃ!
その前に、ヨラ侯爵と宰相閣下が手を組んで犯罪組織潰滅……ってのも、大ウソだったじゃん!
私のみならず、名誉あるタビロ辺境騎士団まで欺こうとした大悪人ジョリイ伯爵を許せるものですか!
最初は新床でモリスと刺し違えるつもりでいたんだけど、それが難しいようならば毒薬を用意してくれるとも言っていたのよね。親切そうな顔してさ。強力な効き目バツグンの毒薬があるから、って。飲んだ形跡は残らないから私の仕業だとはバレない、とも。それを、こっそり寝酒のワインにでも混ぜて体内に入れてしまえ――って。
ありがたいアドバイスまでくれましたっけ。要するに、なにがなんでもモリス・レンブラントをこの世から消したいらしい。
そのために選ばれた都合の良い捨て駒が、あたしだったという事よ。身分違いの男爵令嬢なんかと結婚して、新婚初夜にあの世行きなんて、いいスキャンダルでしょう。
どうせモリスをこの世から抹殺するのならば、レンブラント伯爵家の名を醜聞や不名誉にまみれさせたい。ジョリイ伯爵は、レンブラントの家名断絶までを狙っていたみたい。
ここにあの冷血宰相の名前が連なっていたものだから、キャンデル団長もあたしもジョリイ伯の言うことを信用しちゃったのよ。宰相がミロリー伯爵家をお取り潰しにした一件は、記憶に新しいですものね。「あ、あの宰相、またやるんだ~」みたいな。
ミロリー家だって、本当は改易とか物騒なことじゃなくて、跡継ぎがいなくなったから家禄返上しただけなんでしょ。
我が良人と義父上は、悪名が立つことに厭わな過ぎよ。周りの誤解も、醜聞も、使えるものならと平気で利用しちゃうんだもん!ヘンなところで気が合うのね、あのふたり!
そのくせ他人に利用されるのは、大嫌いとくる!養父様に手紙の件を確認したら、「そんなもの、書いとらんわ!」と怒髪点いていたもの。しかも偽手紙に印璽を利用されたのは、よほど気にくわなかったらしい。「絶対ジョリイ伯を逮捕する!」と火に油注ぎまくっちゃったわ~。冷血どころか熱血していたわよ、いい年齢して。
あれだけ活力があるのなら、引退は当分先ね!
それでお尻に火が点いたジョリイ伯は、無謀を承知で、レンブラント伯爵(現侯爵)暗殺計画だけでも成功させようとしているのかしら。
ホルベインの家族を人質に捕って。
「ですが尼僧アイリス。私と侯爵様の婚儀は、少なくとも半年は先に伸びそうなのです。宰相閣下のご命令で、私はけがが完治し次第、王都へと出仕せねばなりませんの」
「それは困りましたね。現在ホルベイン村におります者たちは、それほど気が長くはありません。それに奥方様が王妃様のお側に上がるのも、あの方は喜ばれませんでしょう」
尼僧は勝ち誇った顔で、口端を持ち上げました。やい!アイリスとやら、村にはどんな奴らがいるってのよ!と怒鳴り出したいところを、ぐっと抑えて。
「お喜びにならないあの方って、ジョリイ伯爵のこと?」
負けるもんか~。安穏な顔して、火中に栗を放り込む。尼僧アイリス、反撃に小さな舌打ち。お里が知れましてよ。
ムッとしたままの顔で、尼僧は体制を整え直してきました。
「ご家族の安全を考慮すれば、婚儀まで待つなどと悠長なことをなさらなくても、今晩の寝酒にでも盛られてはいかがなものかしら?」
なにが「いかが?」よ。あくまでも暗殺実行しろっていうの。
部屋の隅に控える忠実なマルゴも、怒りでエキサイトしているのが測れます。
「そこなんですが、侯爵様は現在御領地の見回りに出かけておりますのよ。盛ったとしても、飲ませるべきお方は不在ですの」
「あら、残念。それではホルベイン村のご家族の無事は諦めていただくほかありませんわね」
と、尼僧がとどめを刺そうとしてきたときに、ドアをノックする音が。
ドアを少し開けて、ノックする者の姿を確認したマルゴが息を吞むのがわかりました。
「エ、エム様……。家令が急用だと申しておりますが、入室させても構いませんか?」
マルゴがそう言い終わるのも待たずに、ひとりの家令が部屋に滑り込んでまいりました。しつけの行き届いたこの館の使用人にしてはずいぶんの無礼者だこと――と目をやると。
もっさりと厚い前髪で顔の半分を隠した、背の高い若い家令は。
「リ、リヨン!?」
「エムこん」にご来訪、ありがとうございます。
挿し絵はタビロ辺境騎士団時代のエムリーヌ。なので、少女らしくおさげ髪です。(単にレイピアの剣術練習シーンが描きたかっただけ)
お懐かしや、リヨン。え、でもどーしてここでリヨンが出てくるのか!?
続きは次回で!





