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処女 episode.2&side

「うわあ……寒い!」

「現在の気温が-十五℃。ですが、風が強いですからね。現在の風速が、秒速二十メートル。風が吹けば、その分体感気温は下がります。計算上、体感気温は-三十九.七℃に達しますね」

 今日は処女宮のユングさんと一緒に、カルト雪原に採取に来ていた。

「約-四十℃!? わあ……寒いはずですね」

「防寒は完璧ですから、大過ないとは思いますが、主神、問題はないですか?」

「え? は、はい。大丈夫です」

 ユングさんに気遣うようなことを言われ、思わずまじまじとユングさんを見てしまう。

「……? 何か? 主神」

「あ、い、いえ。ユングさんに、心配をされるとは思わなかったもので……」

 そういうと、ユングさんは眉を上げた。

「心外ですね。代えのきかない主神の体調についてのことです。気遣いくらいします」

「あ、ありがとうございます」

 私は、初めてのユングさんとの採取のときを思い出していた。

 あのときはジャングルでの採取で、その蒸し暑さにバテがちだった私を、ユングさんが冷静に叱咤するようにして、追い立てられるように採取をしたものだ。

 その頃に比べると、ユングさんはやや柔らかくなった気がする。

(これは縁が深まって、少し仲良くなれたと思っていいのかな……?)

 もしそうなら、嬉しく思う。

「主神、五時の方角三メートル地点、七時の方角二メートル地点に採取物があります。採取をお願いします」

「は、はい! 採取します」

 この指示の出し方は相変わらずだけれど。


 採取しておきたいものがたくさんあったので、夢中で採取していたら、いつの間にか時間がたっていた。

 気付けば、あたりは薄暗くなってきている。

 宵闇が迫ってきたのだ。

「気付かなかった。知らない間に、ずいぶん日が暮れてきましたね」

「そうですね。主神、あまり暗くなってからの採取は危険です。そろそろ帰還しましょうか」

「そうですね……あれ?」

 そこで、あることに気がついた。

 暗くなった世界の中で、頭上だけが薄ぼんやりと明るいのだ。

 何気なく顔を上げて、私は歓声をもらした。

「わあ……っ!」

 そこには、見事な光の乱舞が広がっていた。

 天空いっぱいに、幻想的な緑色の光が波打っている。

 淡い光の揺らめきが踊る。

 空一面に、光のカーテンがひかれていた。

「綺麗……!」

 寒さも忘れて、私はそれに魅入った。

「オーロラですね」

 隣でユングさんが言う。

「太陽風のプラズマが、地球の磁力線に沿って高速で降下し、大気の酸素原子や窒素原子を励起することによって発光すると考えられている現象です。詳細はいまだ不明ですが」

 淡々と説明し、空を見上げる様子もないユングさんに、私は歯がゆい思いをした。

「もう! ユングさん。解説はいいですから、空、見てください。こんなに光が舞って……。綺麗だと思いませんか?」

「綺麗? 単なる発光現象でしょう」

「いいから! ほら、見てください!」

「ちょ、主神……」

 私はユングさんの顎に手を添え上げて、空を仰がせた。

 そのまま二人でじっと、夜空を見上げる。

 光のカーテンは、いつまでもそこで揺らめいている。

 静かな時間が流れた。

 隣を見ると、ユングさんの目にもいつしか、少しの興味が宿っていた。

「ね……? 素敵じゃありませんか?」

「そうですね……」

 ユングさんが眼鏡に手を当てる。

「知識では知っていても、実際に自分で目にすると、感慨を抱かせられるものですね。見る価値があったことは認めましょう。確かに、美しいです」

「そうですよね……!」

 思わず私は、満面の笑みを浮かべてしまう。そのまま、オーロラに視線を戻した。

「どうしたんですか。やけに、にこにこして」

 そんな私を、ユングさんが不思議そうに見ている。

「だって、こんなに美麗な光景を見られて、しかも隣にそれを分かち合える人がいるなんて。綺麗だなって思って、誰かに綺麗ですねって言って、その人から綺麗ですねって返ってくる。それって、一人でこの光景を見るよりも、きっと何倍も素敵です。ユングさんがいてくれてよかった。ユングさんと一緒に、この光景を見ることができてよかった。私今、とっても感動しています」

「隣に、分かち合える人が……」

 夢中で話す私を、ユングさんが見つめる。

「感動を共有できる人がいて、私、とても幸せです。ユングさんと見たおかげで、オーロラを見る体験が、もっと素敵なものになりました」

「……」

 ユングさんは驚いたような顔をしていた。私、何かおかしなことを言ったかな?

「……さあ、もう遅いです。そろそろ、帰りましょう」

「え、もうですか? うーん、名残惜しいけれど、仕方ないですね。オーロラは充分堪能しましたし」

 私たちは帰宅の途についた。

「ユングさん、また今度、オーロラを見に行きましょうね」

「目的は採取であって、オーロラを見ることではありませんよ。……まあ、どうしてもというなら、付き合って差し上げてもかまいませんが」

 私は幸せな気持ちで工房に戻った。

 うん。今日はいい経験をしたな。


 ――side:ユング――

 

 主神は不思議な方ですね。ただの大気の発光現象に、あんなに嬉しそうな顔をして。

 しかも、私と一緒に見たことを、あれほど喜ぶとは――。

 誰かと感動を共有することで、より素敵な体験になる、ですか……。

 現象は現象です。経験したこと自体は、一人だろうが、誰かと一緒にいようが、変わらないはずなのに。

 ですが、確かに、私がらしくもなくオーロラを美しいと思ったのも、隣にいる主神の笑顔があったから――かもしれません。

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