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AIについてエッセイまとめ  作者: 水源


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15/16

AIを使って上手く書こうとしたら、下手だった頃のほうが好評だった

 AIを使って文章を読みやすく整えた。


 自分では、以前より文章はよくなったと思っていた。


 ところが、長年読んでくださっている読者からは、まったく逆の感想が返ってきた。


「最近流行のAI小説みたいになってますね」


「ぶつ切りの短い地の文」


 そして、


「作者さんの良いところ全部なくなっちゃった感じで残念です」


 ここで私は、少し考えてしまった。


 **AIのアドバイスに従って読みやすくすることは、本当に文章を良くすることなのだろうか。**


 もしかすると私は、自分では欠点だと思っていた部分まで、AIに削らせてしまったのではないか。


 文章を整えるほど、文章は綺麗になる。


 けれど、その代わりに、作者本人にしか書けない「妙な癖」や「余計な部分」まで消えてしまうことがあるのではないか。


 私は最近の文章を、それほど悪いとは思っていなかった。


 正直、読者さんの感想にはけっこうビックリした。


 AIを使い始めたのは、とにかく書くのが楽だったからだ。


 誤字脱字を見つけて直してくれる。


 アイデアを投げれば、文章として形にしてくれる。


 自分で一から書くよりずっと早い。


 ウンウン唸っていても100文字も書けないことなんて、ざらにある。


 特に私は歴史物を書くと、歴史の知識を長々と語り始める癖がある。


 以前、


「こんなものは小説じゃない」


 と感想で書かれたこともあった。


 AIからも、


「テンポが悪くなる」


「説明書みたいになる」


 と、散々言われていた。


 だから、歴史の知識説明をセリフや行動描写に置き換えてもらったときは、


「おおっ、なるほど」


 と思った。


 確かに、自分で書くより読みやすい。


 何より、読み返していて普通に面白いと思っていた。


「え、これのほうが読みやすいと思っていたんだけどな」


 というのが、正直なところだった。


 私は昔から、人が文章を読んだときにどう感じるかを想像するのがあまり得意ではない。


 だから、AIに「こちらのほうが読みやすい」と言われたほうを、そのまま信じてしまった。


 今になって思えば、そこが問題だったのかもしれない。


 自分には読める。


 自分には面白い。


 AIも読みやすいと言っている。


 なら、これでいいだろう。


 そう考えていた。


 ろくに書けなかった時期が長かった私が、また毎日のように更新できるようになった。


 執筆にかかる時間も短くなった。


 エタるより、話を書けるほうがずっといい。


 だから、AIを使ったこと自体を後悔しているわけではない。


 ただ、使い続けるうちに、自分でも気になる部分が出てきた。


 特に、三人以上の会話が少し分かりにくい。


 どのセリフを誰が言っているのか、分かりづらい。


 AIは、


「俺はこう言った」


「それに対して誰々が答えた」


 といった説明を、くどいとして省きやすい。


 でも、自分で書いていた頃は、誰が話しているのか分かるように、あえてそう書いていた。


 AIは多分、


「くどい」


「見れば分かる」


 と考えて削ったのだろう。


 もしかすると、それが読者にとっては「分かりやすさ」だったのかもしれない。


 そして、もっと大きなことにも気づいた。


 私は、言葉が足りないところと、逆に余計な言葉が多すぎるところがある。


 AIは、その両方を上手く補ってくれる。


 ただ、


 **私の「足りないところ」と「余計なところ」を、綺麗に中間へまとめすぎる。**


 足りないところには言葉を足す。


 多すぎるところは削る。


 その結果、文章は整う。


 でも、同時に、私の偏りや癖まで均されてしまう。


 そこで、昔の文章を読み返してみた。


 すると、今の文章より明らかに雑だった。


 話は脱線する。


 説明は長い。


 主人公は突然、余計なことを考える。


 関係のないことまで口にする。


 知識も並べすぎる。


 それでも、昔の読者は、


「重厚」


「景色が見える」


「主人公が生き生きしている」


 と言ってくれていた。


 考えてみれば、昔は自分の頭に浮かんだ情景を、何とか文章にしようとしていた。


 この人物なら何を言うか。


 この場所なら何が見えるか。


 一つの場面を何度も頭の中で転がしてから書いていた。


 今は、その時間がかなり短くなった。


 AIに文章をまとめてもらえば、頭の中にあるものをすぐ形にできる。


 そこは本当に助かっている。


 でも、その分、自分の中で一つの場面を何度も考えていた時間まで減ってしまった。


 昔のように一つの話へ注ぎ込んでいた熱意や情念も、薄くなってしまったのかもしれない。


 AIに、


「臨場感のある文章を書いて」


 と頼めば、それらしい文章は出てくる。


 でも、自分の頭に浮かんだ情景を、何とか文章にしようとしていた頃の文章とは、どこか違う。


 薄っぺらいと感じることもある。


 そして、妙なことにも気づいた。


 もしかすると、自分の一種の文才の無さが、むしろ武器になっていたのかもしれない。


 綺麗にまとめられない。


 話が脱線する。


 余計なことまで書いてしまう。


 主人公が妙なことを考える。


 一部、偏見がかなり強い。


 知識を並べすぎることもある。


 私は、それらを「直したほうがいいところ」だと思っていた。


 だからAIに整理してもらった。


 その結果、文章は以前よりスリムになった。


 言ってみれば、昔の自分の文章は、巨乳だけどちょっとぽっちゃりしていて、一部には深く刺さるマニア受けな感じだったのだろう。


 しかし、AIにかなり頼るようになった今の自分の文章は、全体にスリムにはなったけれど、特徴が薄くて、なんか記憶に残らない感じになってしまったのかもしれない。


 昔のサイバーパンクTRPGには、肉体をサイバー機器に置き換えていくほど、人間性を失っていくという設定があった。


 便利になる。


 強くなる。


 できることも増える。


 けれど、その代わりに少しずつ何かを失っていく。


 執筆をAIに頼るというのも、少し似たところがあるのかもしれない。


 AIが悪いという話ではない。


 私にとっては、書き続けるために助けてくれた道具でもある。


 ただ、便利さに任せて、文章まで丸ごと預けてしまったことが問題だったのだと思う。


 自分では読みやすくなったと思っていた文章を、長年の読者は「読みにくくなった」と感じた。


 その事実は重い。


 昔の文章にあったものが何だったのかは、まだはっきり分からない。


 そういったことが分かっていれば、もう少し人気が出たのだろうかとすら思う。


 厳しい言葉でも、こうして感想を書いてくださる読者がいるのはありがたいことだと思う。


 多くの人は、何も言わないまま、すっと読まなくなってしまう。


 だから、何年も読んでくれていた人が時間を使って書いてくれた言葉なら、簡単に流してはいけないと思う。


 だから、もう一度昔の文章を読み返してみようと思う。


 AIをやめるつもりはない。


 エタるより、話を書けるほうがずっといい。


 ただ、これからはAIに文章を丸ごと整えてもらうのではなく、自分では思いつかなかった視点をもらったり、分かりにくいところを見つけてもらったりする使い方に変えていきたい。


 自分では欠点だと思っていたものの中に、読者が好きだったものがなかったか。


 そこを確かめてみたい。


 そして、どのようにAIに指示すれば、昔の私のような文体を残したまま、必要なところだけ手を入れられるのかも見ていきたい。


 そのために、とりあえずこんな指示を試してみようと思う。


「説明のためだけの文章は禁止。一段落ごとに状況、感情、関係性、判断のいずれかを変化させること」


「この作者特有の脱線、俗っぽい言い回し、主人公の突発的な発想、会話の間、説明の寄り道を残してください。情報を整理しすぎないでください」


 以前の私は、AIに「読みやすくしてください」と頼んでいた。


 これからは、それだけでは駄目なのだと思う。


 読みやすさだけを求めれば、私の文章はどんどん「普通」になっていく。


 だったら、普通にならないように使えばいい。


 そして、ここで一つ面白いことにも気づいた。


 なんだかんだで、昔のAIは小説としてまともな文章を書くことすら、あまり得意ではなかった。


 それはそれでとんでもないモンスターが生まれたりしてそれをネタにオリジナルっぽいモンスターを作ったりもしたけど。


 それが今では、かなり上手くなっている。


 だからこそ、私は今のようにAIを文章作りに使えるようになったのだと思う。


 昔は「使えるものなら使いたい」と思っても、そもそも小説を書かせること自体が難しかった。


 今は、こちらの意図をある程度理解して、文章として形にしてくれる。


 そして、この文章を書いている間にも、AIは私のクセを少しずつ掴んでいる。


 以前ほど「ここ削りましょう」と言われなくなってきた気がする。


 ……まあ、そういうところまでAIに覚えられているわけですが(笑)。


 まあ、今回の出来事はあれだ。


 **高校デビューに失敗したようなものだ。**


 昔の自分は昔の自分で、それなりにクセが強かった。


 それを全部変えて、


「今度こそ、もっと読みやすい文章を書こう!」


 と張り切ってみた。


 ところが、思っていたほど世間には受けなかった。


 むしろ、


「前のほうがよかった」


 と言われてしまった。


 良い子・悪い子・オタクの子。


 どうせ私はそっち側だ。


 オタクがオタクであることを隠して、無理して良い子を演じても、メッキはすぐに剥がれる。


 そして私は、自分がオタクで、キモイと言われたとしても、それを別に恥だとは思っていない。


 とはいえ、陰キャのボッチなのは、それなりにさみしい。


 だから、感想や評価を気にしないわけでもない。


 むしろ、何年も読んでくれていた人に「前のほうがよかった」と言われれば、普通にへこむ。


 だからこそ、自分らしさを捨てる必要はないけれど、読者の声まで無視するつもりもない。


 文章だって同じなのだろう。


 無理に格好よく見せようとするのではなく、


「これが俺の文章だ」


 と開き直ったうえで、読みづらいところは直していけばいい。


 そのうえで、これからAIに文章を手伝ってもらうときは、最初から「綺麗にしてください」とは頼まない。


 まず自分の文章のクセを残したまま形にしてもらう。


 削るのは、本当に必要なところだけ。


 会話の誰が話しているのか分からないところや、明らかに説明だけになっているところを直す。


 それ以外の脱線や寄り道は、できるだけ残す。


 そして、読者からもらった「昔のほうがよかった」という言葉を、実際の文章と照らし合わせてみる。


 AIに過去の文章を読ませて、


「昔と今で何が違うのか」


 を分析してもらう。


 そのうえで、もう一度、自分らしい文章を書いてみる。


 それが今回、私がやってみようと思っていることだ。


 多分、以前より面倒だ。


 でも、どうせAIを使うなら、自分を消すためではなく、自分を残したまま書くために使ってみたい。

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