「まとめる」と「削る」は違う――AIと文章を書くときに思うこと
「あれ?」
AIに書いてもらった文章を読み返していて、私は手を止めた。
何かがおかしい。
文章としてはきれいだ。
読みやすい。
流れも自然だ。
それなのに、何かが足りない。
元の文章と見比べる。
そこで、ようやく気づいた。
**一つ、消えている。**
三つあったはずのアイデアが、二つになっていた。
今回書いていたのは、WEB小説投稿サイトの将来についてのエッセイだった。
なろうのPV。
カクヨムの作品数とPV。
KADOKAWAにとってのカクヨムの存在意義。
どれも、私にとっては必要なアイデアだった。
そこでAIに、
「この三つのアイデアを、一つのエッセイにまとめて」
と頼んだ。
AIがまとめた文章は、たしかにきれいだった。
だからこそ、最初は消えたことに気づかなかった。
「カクヨムの作品数が増えている」という話が、丸ごとなくなっていた。
「この部分も残して」
そう頼むと、文章は戻ってきた。
これで大丈夫だと思った。
ところが、別のところを修正してもらう。
すると――今度は、違う文章が消えている。
また戻してもらう。
さらに修正する。
すると、また別の部分が短くなる。
気がつけば、エッセイを書いているというより、**AIに整理してもらうたびに消えていく文章を探して、元に戻す作業**になっていた。
最初は、AIのミスだと思った。
でも、何度も同じことが起きる。
そこで、ようやく気づいた。
もしかすると、私とAIでは「まとめる」という言葉の意味が違うのではないか。
私が求めていたのは、
**三つのアイデアを残したまま、一つの文章につなげること。**
AIが行ったのは、
**似ている部分や重複している部分を整理して、一つにすること。**
だったのだと思う。
例えば、なろうのPVが減っているという話と、カクヨムでは作品数が増えているのにPVの伸びがそれほど大きくないという話。
どちらもPVについての話だから、似て見える。
でも、私にとっては別の話だ。
だから、両方を残したかった。
**私が求めていたのは「削ってまとめること」ではなく、「残してつなぐこと」だった。**
小説でも、AIから見れば重複している文章に、作者が残した理由があることは珍しくない。
だから、AIに文章を直してもらうときは、
**「文章が良くなったか」だけではなく、「何か消えていないか」も確認する必要がある。**
本当なら、実際の文章の構築は自分でやったほうがいいのだろう。
自分で考えて、自分で組み立てる。
そのうえでAIに評価してもらう。
そのほうが、自分の書きたいものを見失いにくい。
でも、現実には時間に限りがある。
小説も書きたい。
エッセイも書きたい。
調べたいこともある。
全部を自分だけで組み立てていたら、どうしても書ける量が減ってしまう。
だから、どうしてもAIに頼ってしまう。
そして、私はそれを悪いことだとは思っていない。
なぜなら、**AIに厳しく評価させると、エッセイは本当に良くなっていくことが多いからだ。**
自分では気づかなかった文章の弱点を指摘してもらえる。
直して、また評価してもらう。
それを繰り返すと、最初に書いた文章より明らかに良くなっていく。
だから、私はAIを使い続ける。
ただ、厳しめに評価してもらって、**95点前後まで行けば十分だとも思っている。**
文章は、いつまでも直し続ければいいわけではない。
100点を目指して、AIの判断に合わせて削り続ける必要もない。
自分が書きたいものを残したうえで、読者に十分伝わる文章になっていれば、それでいい。
つまり、AIには文章を良くする手伝いをしてもらう。
でも、どこまで直すのか、何を残すのかは自分で決める。
**AIに文章を良くしてもらうことと、AIに文章の価値を決めてもらうことは別だからだ。**
だから、これからもAIには頼る。
時間を節約しながら、文章を良くしていく。
ただし、直してもらった最後には、自分でも確認する。
**「……何か、また消えてない?」**




