第10話 AIに書かせすぎると、作者の魅力が消えるだから人間は不要にならない
## AIについて――実際に使って分かった、創作との付き合い方
AIについてはいろいろな意見がある。
「AIに小説を書かせるのは創作なのか」
「AIが進化すれば作家はいらなくなるのではないか」
「AI作品が増えれば、人間が書く意味はなくなるのではないか」
そんな話を見かけることも多い。
私も、AIを使う前なら、いろいろ考えていたと思う。
だが、実際にAIを創作に使ってみると、少し違うことが見えてきた。
私にとってAIは、最初に思っていたような「小説を全部書いてもらうための機械」ではなかった。
むしろ、
**自分の頭の中にあるアイデアを形にするための道具**
だった。
少なくとも、AIが発達したからといって、生身の人間が不要になるとは私は思わない。
### まず助かったのが、誤字脱字だった
小説を書いていると、自分では気づかない間違いがかなり出てくる。
何度も読み返しているのに見落とす。
これは不思議なもので、自分が書いた文章ほど間違いを見つけにくい。
頭の中では、
「ここにはこう書いてある」
と分かってしまっているからだ。
そこでAIに文章を読ませる。
すると、
「ここは誤字では?」
「この表現は少し不自然です」
と指摘してくれる。
もちろん、AIの指摘が全部正しいわけではない。
中には、
「いや、それは意図的にそう書いている」
というものもある。
意図的に架空の会社や商品名を出しているのに、それを直されると結構困る。
それでも、指摘を見れば、
「なぜここを直そうと思ったのか」
と考えることができる。
つまりAIは、間違いを探すだけではなく、**自分では見落としていた部分を見直すきっかけ**にもなる。
それに、誤字脱字の修正だけなら、AIを使って文章を書いているということにもならないと思う。
### AIに直させると、自分の文章の問題が見えてくる
文章を、
「もっと読みやすくして」
「説明を分かりやすくして」
とAIに頼むこともある。
すると、別の表現が出てくる。
ところが、その文章を見て、
「いや、これは違うな」
と思うこともある。
では、なぜ違うのか。
考えてみると、
「このキャラクターなら、そんな言い方はしない」
「ここは説明を増やすより、会話で見せたい」
「この場面はテンポを優先したい」
といった、自分の考えが見えてくる。
つまり、
**AIの案に反発することで、自分の書きたいものが明確になることもある。**
これは実際に使ってみるまで、あまり意識していなかった。
### AIは壁打ち相手にもなる
もう一つ便利だったのが、感想を聞けることだ。
小説を書いていると、
「この展開、ちゃんと伝わっているだろうか?」
「このキャラクターは魅力的だろうか?」
と不安になることがある。
しかし、投稿したからといって、すぐに感想が来るわけではない。
そこでAIに読ませて、
「感想を書いて」
と頼んでみる。
すると、
「この場面が印象に残った」
「ここは面白い」
「ここは少し分かりにくい」
といった反応が返ってくる。
もちろん、それをそのまま読者の感想だと思ってはいけない。
基本的にAIは褒める方向へ寄りやすいし、厳しい評価を求めても、それが本当に作品の本筋を捉えているのかは疑問が残る。
人間が書く「ちょうどいい感じの感想」という塩梅も、AIにはまだ難しい気がする。
それでも、
**誰かに読んでもらったつもりで、自分の文章への反応を確認できる。**
これはかなり大きい。
ただし、あくまで参考だ。
### アイデアを文章にするところでもAIは役に立つ
私がAIを使っていて特に便利だと感じるのがここだ。
頭の中に、
「こういう話を書きたい」
というアイデアはある。
しかし、それを文章にするのは大変だ。
設定を考え、人物を動かし、会話を書き、場面をつなげる。
そこで、
「こういう設定で」
「このキャラクターを登場させて」
「ここではこういう会話をさせて」
と伝える。
すると、とりあえず文章になる。
その文章を読んで、
「ここは違う」
「ここはもっとこうしたい」
と修正する。
またAIに直させる。
そして、また読む。
つまり、
**アイデア→文章→修正→文章**
という往復ができる。
以前なら頭の中だけで終わっていたアイデアを、形にできる。
これは創作を続けるうえで本当に大きい。
最近、私が作品を書けているのはこれだからだ。
### ただし、AIに任せると困ることもある
便利だからといって、全部AIに任せればいいわけではない。
長い作品になると、設定を忘れることがある。
キャラクターの性格が変わることもある。
歴史ものでは、こちらが決めた設定より史実を優先してしまうこともある。
そして、かなり困るのが、
**文章を勝手に長くすること**
だ。
こちらとしては、
「ここは簡潔に」
と思っているのに、会話が終わらない。
シーンが終わらない。
気がつくと、自分が欲しかった文章の倍、三倍になっている。
だからAIを使っていると、
「ここは削って」
「同じ内容を繰り返さないで」
「説明を圧縮して」
と指示することも増える。
ここで、一つ思うことがある。
**AIによる文章の肉付けにも、限度があるのではないか。**
肉付けをしすぎれば、文章は豪華になる。
描写も増える。
説明も増える。
だが、増やせば増やすほど良くなるわけではない。
たとえるなら、女性の化粧にも似ていると思う。
化粧は、適度なら魅力を引き立てる。
しかし、厚化粧になりすぎれば、かえってその人本来の魅力が見えにくくなることがある。
文章も同じではないだろうか。
AIに描写や説明をどんどん足してもらえば、一見すると豪華な文章になる。
しかし、それが続くと、作者が本来持っていたテンポや個性まで埋もれてしまう。
そして逆もある。
AIに、
「もっと簡潔に」
「無駄を全部削って」
「最短にして」
と頼み続ければ、今度は必要な部分まで削ってしまう。
極端に痩せすぎれば、本来の魅力まで失われるのと似ている。
つまり、
**足しすぎても駄目。**
**削りすぎても駄目。**
文章には、ちょうどいいところがある。
AIを文章の肉付けに使いすぎても、スリム化に使いすぎても、最後には作者自身の魅力を損なうことがある。
そして、それはAIそのものの問題というより、
**作者がAIに判断を預けすぎてしまうことの問題**
なのだと思う。
### AIの文章が自分より上手いこともある
もちろん、AIが出してきた文章を見て、
「これ、自分より上手いな」
と思うこともある。
文章が綺麗。
説明も整理されている。
表現も自然。
私が書くと言葉が足りないと指摘されることも多い。
だから、
「じゃあ、全部AIに書かせればいいのでは?」
と思うこともある。
しかし、実際にやってみると、そうでもない。
AIが上手な文章を書くことと、
**自分が書きたい作品になること**
は別だからだ。
文章として綺麗でも、
「このキャラクターはそんなことを言わない」
「この展開は自分の考えていた話ではない」
となることがある。
そこで、
「違う。こういう話にしたい」
と自分で指示し直すことになる。
### 作者にしか決められないもの
AIを使うようになると、
「自分は文章を書いているのか?」
と考えることがある。
しかし、実際に使ってみると、作者の仕事は文章を書くことだけではないと分かる。
何を書くのか。
誰を登場させるのか。
どんな世界にするのか。
どこで盛り上げるのか。
何を残し、何を削るのか。
AIが出してきた文章を採用するのか、捨てるのか。
そういう判断をしている。
そこには作者の好みや経験が出る。
### AIを使う人が増えるほど、その作品のコアが重要になる
これからAIを使って小説を書く人は、さらに増えていくだろう。
そうなると、文章そのものはどんどん整っていく。
誤字脱字も減る。
読みやすい文章も作れる。
キャッチコピーやあらすじも簡単に作れる。
場合によっては、かなり綺麗な小説まで短時間で作れてしまう。
そうなると、
「誰が一番上手に文章を書けるか」
だけでは差がつきにくくなる。
同じAIを使えば、似たような文章になる可能性もあるからだ。
だからこそ、
**何を書くのか。**
**何を面白いと思うのか。**
**どんな世界を作りたいのか。**
**その作品の何をコアにするのか。**
**どうすれば他の作品と差別化して読まれるようになるのか。**
そこが重要になってくると思う。
AIによって文章を書くハードルが下がれば下がるほど、逆に「作者自身の発想」が目立つようになるのではないだろうか。
そして、そこで重要になるのは、AIをどれだけ使いこなせるかだけではない。
**AIに何をさせないかを決められること**
も、作者の力なのだと思う。
### 私にとってAIは「代わりに書く人」ではない
ここまで実際に使ってきて、今のところ私はAIをゴーストライターだとは思っていない。
むしろ、
**アシスタント。**
**編集者。**
**壁打ち相手。**
そして、ときには、
**自分では思いつかなかった案を出してくる相棒。**
そんな存在だと思っている。
AIにどこまで任せるかは、人それぞれでいい。
全部自分で書く人もいる。
AIに文章の一部だけ作らせる人もいる。
アイデア整理にだけ使う人もいる。
重要なのは、AIを使うことそのものではない。
**AIを使って、自分の作品をどう形にするのか。**
そこなのだと思う。
### AI時代に最後に残るもの
AIはこれから、さらに便利になるだろう。
今まで人間が時間をかけていた作業も、どんどん短縮されていく。
だからこそ、
「何を書きたいのか」
を決める人間の重要性はむしろ増すのではないだろうか。
AIは文章を作ってくれる。
アイデアを広げてくれる。
感想も書いてくれる。
文章も直してくれる。
しかし、
「この作品はこれでいい」
「いや、ここは違う」
と最後に判断するのは作者だ。
AIに足してもらうのか。
削ってもらうのか。
感想を参考にするのか。
そのまま採用するのか。
捨てるのか。
**その選択そのものに、作者の個性が表れる。**
だから今の私にとって、AIは創作を奪う存在ではない。
**創作を前に進めるための道具だ。**
そしてAI時代の創作で、最後に問われるのは、
「AIを使ったか」
ではなく、
**「AIを使って、あなたは何を書きたかったのか」**
なのだと思う。




