↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIについてエッセイまとめ  作者: 水源


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/11

第10話 AIに書かせすぎると、作者の魅力が消えるだから人間は不要にならない

## AIについて――実際に使って分かった、創作との付き合い方


AIについてはいろいろな意見がある。


「AIに小説を書かせるのは創作なのか」


「AIが進化すれば作家はいらなくなるのではないか」


「AI作品が増えれば、人間が書く意味はなくなるのではないか」


そんな話を見かけることも多い。


私も、AIを使う前なら、いろいろ考えていたと思う。


だが、実際にAIを創作に使ってみると、少し違うことが見えてきた。


私にとってAIは、最初に思っていたような「小説を全部書いてもらうための機械」ではなかった。


むしろ、


**自分の頭の中にあるアイデアを形にするための道具**


だった。


少なくとも、AIが発達したからといって、生身の人間が不要になるとは私は思わない。


### まず助かったのが、誤字脱字だった


小説を書いていると、自分では気づかない間違いがかなり出てくる。


何度も読み返しているのに見落とす。


これは不思議なもので、自分が書いた文章ほど間違いを見つけにくい。


頭の中では、


「ここにはこう書いてある」


と分かってしまっているからだ。


そこでAIに文章を読ませる。


すると、


「ここは誤字では?」


「この表現は少し不自然です」


と指摘してくれる。


もちろん、AIの指摘が全部正しいわけではない。


中には、


「いや、それは意図的にそう書いている」


というものもある。


意図的に架空の会社や商品名を出しているのに、それを直されると結構困る。


それでも、指摘を見れば、


「なぜここを直そうと思ったのか」


と考えることができる。


つまりAIは、間違いを探すだけではなく、**自分では見落としていた部分を見直すきっかけ**にもなる。


それに、誤字脱字の修正だけなら、AIを使って文章を書いているということにもならないと思う。


### AIに直させると、自分の文章の問題が見えてくる


文章を、


「もっと読みやすくして」


「説明を分かりやすくして」


とAIに頼むこともある。


すると、別の表現が出てくる。


ところが、その文章を見て、


「いや、これは違うな」


と思うこともある。


では、なぜ違うのか。


考えてみると、


「このキャラクターなら、そんな言い方はしない」


「ここは説明を増やすより、会話で見せたい」


「この場面はテンポを優先したい」


といった、自分の考えが見えてくる。


つまり、


**AIの案に反発することで、自分の書きたいものが明確になることもある。**


これは実際に使ってみるまで、あまり意識していなかった。


### AIは壁打ち相手にもなる


もう一つ便利だったのが、感想を聞けることだ。


小説を書いていると、


「この展開、ちゃんと伝わっているだろうか?」


「このキャラクターは魅力的だろうか?」


と不安になることがある。


しかし、投稿したからといって、すぐに感想が来るわけではない。


そこでAIに読ませて、


「感想を書いて」


と頼んでみる。


すると、


「この場面が印象に残った」


「ここは面白い」


「ここは少し分かりにくい」


といった反応が返ってくる。


もちろん、それをそのまま読者の感想だと思ってはいけない。


基本的にAIは褒める方向へ寄りやすいし、厳しい評価を求めても、それが本当に作品の本筋を捉えているのかは疑問が残る。


人間が書く「ちょうどいい感じの感想」という塩梅も、AIにはまだ難しい気がする。


それでも、


**誰かに読んでもらったつもりで、自分の文章への反応を確認できる。**


これはかなり大きい。


ただし、あくまで参考だ。


### アイデアを文章にするところでもAIは役に立つ


私がAIを使っていて特に便利だと感じるのがここだ。


頭の中に、


「こういう話を書きたい」


というアイデアはある。


しかし、それを文章にするのは大変だ。


設定を考え、人物を動かし、会話を書き、場面をつなげる。


そこで、


「こういう設定で」


「このキャラクターを登場させて」


「ここではこういう会話をさせて」


と伝える。


すると、とりあえず文章になる。


その文章を読んで、


「ここは違う」


「ここはもっとこうしたい」


と修正する。


またAIに直させる。


そして、また読む。


つまり、


**アイデア→文章→修正→文章**


という往復ができる。


以前なら頭の中だけで終わっていたアイデアを、形にできる。


これは創作を続けるうえで本当に大きい。


最近、私が作品を書けているのはこれだからだ。


### ただし、AIに任せると困ることもある


便利だからといって、全部AIに任せればいいわけではない。


長い作品になると、設定を忘れることがある。


キャラクターの性格が変わることもある。


歴史ものでは、こちらが決めた設定より史実を優先してしまうこともある。


そして、かなり困るのが、


**文章を勝手に長くすること**


だ。


こちらとしては、


「ここは簡潔に」


と思っているのに、会話が終わらない。


シーンが終わらない。


気がつくと、自分が欲しかった文章の倍、三倍になっている。


だからAIを使っていると、


「ここは削って」


「同じ内容を繰り返さないで」


「説明を圧縮して」


と指示することも増える。


ここで、一つ思うことがある。


**AIによる文章の肉付けにも、限度があるのではないか。**


肉付けをしすぎれば、文章は豪華になる。


描写も増える。


説明も増える。


だが、増やせば増やすほど良くなるわけではない。


たとえるなら、女性の化粧にも似ていると思う。


化粧は、適度なら魅力を引き立てる。


しかし、厚化粧になりすぎれば、かえってその人本来の魅力が見えにくくなることがある。


文章も同じではないだろうか。


AIに描写や説明をどんどん足してもらえば、一見すると豪華な文章になる。


しかし、それが続くと、作者が本来持っていたテンポや個性まで埋もれてしまう。


そして逆もある。


AIに、


「もっと簡潔に」


「無駄を全部削って」


「最短にして」


と頼み続ければ、今度は必要な部分まで削ってしまう。


極端に痩せすぎれば、本来の魅力まで失われるのと似ている。


つまり、


**足しすぎても駄目。**


**削りすぎても駄目。**


文章には、ちょうどいいところがある。


AIを文章の肉付けに使いすぎても、スリム化に使いすぎても、最後には作者自身の魅力を損なうことがある。


そして、それはAIそのものの問題というより、


**作者がAIに判断を預けすぎてしまうことの問題**


なのだと思う。


### AIの文章が自分より上手いこともある


もちろん、AIが出してきた文章を見て、


「これ、自分より上手いな」


と思うこともある。


文章が綺麗。


説明も整理されている。


表現も自然。


私が書くと言葉が足りないと指摘されることも多い。


だから、


「じゃあ、全部AIに書かせればいいのでは?」


と思うこともある。


しかし、実際にやってみると、そうでもない。


AIが上手な文章を書くことと、


**自分が書きたい作品になること**


は別だからだ。


文章として綺麗でも、


「このキャラクターはそんなことを言わない」


「この展開は自分の考えていた話ではない」


となることがある。


そこで、


「違う。こういう話にしたい」


と自分で指示し直すことになる。


### 作者にしか決められないもの


AIを使うようになると、


「自分は文章を書いているのか?」


と考えることがある。


しかし、実際に使ってみると、作者の仕事は文章を書くことだけではないと分かる。


何を書くのか。


誰を登場させるのか。


どんな世界にするのか。


どこで盛り上げるのか。


何を残し、何を削るのか。


AIが出してきた文章を採用するのか、捨てるのか。


そういう判断をしている。


そこには作者の好みや経験が出る。


### AIを使う人が増えるほど、その作品のコアが重要になる


これからAIを使って小説を書く人は、さらに増えていくだろう。


そうなると、文章そのものはどんどん整っていく。


誤字脱字も減る。


読みやすい文章も作れる。


キャッチコピーやあらすじも簡単に作れる。


場合によっては、かなり綺麗な小説まで短時間で作れてしまう。


そうなると、


「誰が一番上手に文章を書けるか」


だけでは差がつきにくくなる。


同じAIを使えば、似たような文章になる可能性もあるからだ。


だからこそ、


**何を書くのか。**


**何を面白いと思うのか。**


**どんな世界を作りたいのか。**


**その作品の何をコアにするのか。**


**どうすれば他の作品と差別化して読まれるようになるのか。**


そこが重要になってくると思う。


AIによって文章を書くハードルが下がれば下がるほど、逆に「作者自身の発想」が目立つようになるのではないだろうか。


そして、そこで重要になるのは、AIをどれだけ使いこなせるかだけではない。


**AIに何をさせないかを決められること**


も、作者の力なのだと思う。


### 私にとってAIは「代わりに書く人」ではない


ここまで実際に使ってきて、今のところ私はAIをゴーストライターだとは思っていない。


むしろ、


**アシスタント。**


**編集者。**


**壁打ち相手。**


そして、ときには、


**自分では思いつかなかった案を出してくる相棒。**


そんな存在だと思っている。


AIにどこまで任せるかは、人それぞれでいい。


全部自分で書く人もいる。


AIに文章の一部だけ作らせる人もいる。


アイデア整理にだけ使う人もいる。


重要なのは、AIを使うことそのものではない。


**AIを使って、自分の作品をどう形にするのか。**


そこなのだと思う。


### AI時代に最後に残るもの


AIはこれから、さらに便利になるだろう。


今まで人間が時間をかけていた作業も、どんどん短縮されていく。


だからこそ、


「何を書きたいのか」


を決める人間の重要性はむしろ増すのではないだろうか。


AIは文章を作ってくれる。


アイデアを広げてくれる。


感想も書いてくれる。


文章も直してくれる。


しかし、


「この作品はこれでいい」


「いや、ここは違う」


と最後に判断するのは作者だ。


AIに足してもらうのか。


削ってもらうのか。


感想を参考にするのか。


そのまま採用するのか。


捨てるのか。


**その選択そのものに、作者の個性が表れる。**


だから今の私にとって、AIは創作を奪う存在ではない。


**創作を前に進めるための道具だ。**


そしてAI時代の創作で、最後に問われるのは、


「AIを使ったか」


ではなく、


**「AIを使って、あなたは何を書きたかったのか」**


なのだと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。