第3章=収束-第12話「因果」
◆第3章=収束-第12話「因果」
杉山は少し視線を落とし、ゆっくり言葉を探すように口を開いた。
「……『今』のお前は覚えてないのかもしれないけどさ」
その前置きが、すでに嫌な予感を連れてきた。
「守埜は……お前の“行っとけば”に押されてサイン会行ったんだよ」
ぼくの心臓が、一度だけ強く跳ねた。
その跳ね方が、体の奥にまで響いた。
杉山は続けた。
「で、その帰りに事故に遭った。去年のことだよ」
ぼくは呼吸が止まった。
胸の奥が、ゆっくり重たくなっていく。
その重さは、前の世界で感じた“空洞”とは違う。
もっと、直接的で、逃げ場のない重さだった。
——ぼくの言葉で、守埜はサイン会に行った。
——その帰りに事故に遭った。
その因果が、ぼくの胸の奥に沈んでいく。
ぼくは何度も押し出されてきた。
その中には、
“行っとけば”で守埜が生きていた世界もあった。
ぼくの言葉が何の影響も持たなかった世界もあった。
前の世界では、守埜は病気で亡くなっていた。
ぼくの言葉とは無関係に。
その無関係さが、逆に胸を空洞にした。
この世界では——
ぼくの言葉が、守埜を“事故へ向かわせた”。
ぼくはぼくの世界の守埜に「行っとけば」と言った。
この世界の守埜は、この世界のぼくに「行っとけば」と言われた。
その二つの“ぼく”が、胸の奥で重なり、ずれ、混ざり合う。
どちらが本物なのか分からなくなる。
どちらも本物で、どちらも偽物のように思えてくる。
今のぼくは一体誰なんだ。
ぼくがぼくでなくなるような気がした。
杉山は、ぼくの沈黙をどう受け取ったのか分からない。
ただ、静かにこちらを見ていた。
その視線が、ぼくを現実に引き戻す。
——碧。
その名前が、胸の奥に浮かんだ。
守埜のことを聞いた瞬間、胸の奥が沈んだ。
でも、碧の存在だけは、まだぼくをつなぎ止めている。
「……碧に会いに……行く」
声が自然に出た。
ぼくの意思というより、胸の奥の反射に近かった。
杉山は少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに頷いた。
「……分かった」
その短い返事が、妙に重く響いた。
ぼくは立ち上がった。
足元がわずかに揺れた。
押し出される前の感覚が、まだ体の奥に残っている。
——守埜。
ぼくの言葉で亡くなる世界。
ぼくの言葉と無関係に亡くなる世界。
ぼくの言葉で生きる世界。
その全部が、ぼくの中で混ざり合っていく。
ぼくはぼくでいられるのか。
ぼくはどの“ぼく”なんだ。
胸の奥のざわつきは、まだ収まらなかった。
でも、今は——
碧に会わなければならない。
その確信だけが、ぼくを前へ押した。




