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第3章=収束-第4話「通過」

◆第3章=収束-第4話「通過」

研究室を出たあと、北宮は少しだけ歩くスピードを落とした。

俺はその背中を見ながら、さっきの“違う北宮”の感触を反芻していた。

あれは、この世界の北宮じゃない。

そう思うのに、なぜか自然だった。

廊下の窓から差し込む光が、北宮の肩に落ちていた。

その光の当たり方まで、さっきまでの北宮とは微妙に違って見えた。

同じ姿勢、同じ歩幅、同じ癖。

なのに、違う。

“通り過ぎていった”という言葉が、妙にしっくりきた。

俺は歩きながら、胸の奥に残っているざわつきを確かめた。

それは不安でも恐怖でもなく、

“何かを思い出しかけている”ときの感覚に近かった。

——前にもあった。

そう思った瞬間、別の記憶が薄く浮かんだ。

講義室で、北宮が急に言葉を選び直したとき。

帰り道で、歩くテンポが半拍ずれたとき。

俺の名前を呼ぶ声が、ほんの少しだけ“合ってなかった”とき。

あれらは全部、“この世界の北宮”じゃなかったんじゃないか。

そう考えると、全部つながった。

北宮は、俺の世界を通り過ぎていった。

今日だけじゃない。

何度も。

そして、俺はそれを毎回“違和感”として受け取っていた。

北宮が立ち止まった。

振り返るわけでもなく、ただ前を向いたまま、ほんの一瞬だけ呼吸を整えるように肩が上下した。

その仕草が、また違って見えた。

“この世界の北宮”の動きじゃない。

でも、俺はそれを否定できなかった。

なぜか分からないけど、俺は“通り過ぎる北宮”を見る側の人間なんだ

という感覚が、静かに腹の底に落ちていった。

歩きながら、ふと頭の奥がざわついた。

それは記憶というより、もっと曖昧な“気配”だった。

——別の世界の俺も、同じことを感じている。

そんな馬鹿みたいな考えが浮かんだ。

でも、否定できなかった。

俺と同じ顔をした“別の俺”が、別の場所で同じように北宮を見ている。

そんな馬鹿みたいな気配が、頭の奥で薄く揺れた。

俺は一人じゃない。

でも、誰とも会えない。

ただ、それぞれの“俺”が、それぞれの場所で同じ違和感に触れている——

そんな感じだった。

そして、それぞれの世界の俺が、それぞれの世界で“通り過ぎる北宮”を見ている。

俺はそのことを知らないはずなのに、

なぜか“分かる”気がした。

俺だけじゃない。

他の世界の俺も、同じように気づきかけている。

同じように違和感を抱き、同じように北宮のズレを見つめている。

互いの存在を知らないまま、互いの記憶に触れられないまま、それでも“同じ方向”を向いている。

そんな奇妙な連帯感が、胸の奥に薄く広がった。

北宮がまた歩き出した。

その背中は、さっきよりも軽く見えた。

でも、それは“この世界の北宮”の軽さじゃない。

通り過ぎる途中の、どこにも属していない北宮の軽さだった。

俺はその背中を見ながら思った。

——俺は動いていない。

——でも、北宮は動いていく。

——そして、どの世界の俺も、それを見ている。

そう思った瞬間、

胸のざわつきが、静かに形を変えた。

これは恐怖じゃない。

理解でもない。

ただ、受け入れに近い。

北宮はこれからも通り過ぎていく。

この世界でも、別の世界でも。

そして、そのたびに“その世界のおれ”が、今日の俺みたいに立ち尽くす。

俺は北宮の背中を見つめた。

その姿は、どこか遠くの世界の北宮と重なって見えた。

——俺はここにいる。

——北宮は通り過ぎていく。

その確信だけが、妙に静かに残った。


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