表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
35/54

第3章=収束-第1話「起点」

◆第3章=収束-第1話「起点」

碧が亡くなっていて、守埜が生きている世界。

碧が生きていて、守埜が亡くなっている世界。

その二つが、ぼくの中で同時に存在していた。

どちらか一方だけなら、まだ整理できたのかもしれない。

でも、ぼくの記憶ははっきりしている。

——碧は、生きている。ぼくの世界では、確かに。

——守埜は、亡くなっていた。ぼくの世界では、確かに。

その“確かさ”が、今の世界と噛み合わない。

今いる世界では、その両方が反転している。

守埜は生きている。碧は亡くなっている。

その事実を、ぼくはどう扱えばいいのか分からなかった。

守埜が生きていることは、ぼくを救った。

碧が亡くなっていることは、ぼくを沈めた。

どちらも本物のようで、どちらも偽物のようだった。

受け入れられなくて、捨てられなくて、胸の奥で二つの世界が静かにぶつかり合っていた。

碧も守埜も、生きている世界。

そんな都合のいい場所があるとは思えない。

でも、ないと決めつけることもできなかった。

教授の言葉が頭の奥で渦を巻く。

「世界は無限に存在する。だから自分の望む世界がないとは決めつけられないんだ。」

望む世界。

そんなものが本当にあるのだろうか。

あるとして、そこにいる碧と守埜は、ぼくの知っている二人なのだろうか。

押し出されたい。

そうすれば、自分の望む世界へ落ちる。

でも同時に、押し出されることへの強い抵抗もあった。

また別の世界に行ったとして、そこにいる碧と守埜が、ぼくの知っている二人と同じだという保証はどこにもない。

名前も、顔も、声も同じでも、“ぼくの知っている二人”とは限らない。

それでも——

現実として、二人が生きている世界のほうが、ぼくにとって一番安心できる、という事実だけは消えなかった。

安心したい。

失いたくない。

でも、ここにはいたくない。

ここから動きたくない。

その矛盾が、ぼくの中で静かに膨らんでいく。

ぼくの世界では碧が生きていた。

この世界では守埜が生きている。

どちらも捨てられない。

どちらも選べない。

選べないまま、ぼくはここに立ち尽くしている。

どちらの世界にも片足を置いたまま、どちらにも完全には触れられないまま。

ぼくの中で、二つの“当たり前”が同時に呼吸している。

どちらも本物で、どちらも嘘みたいで、どちらかを選んだ瞬間、もう片方が消えてしまいそうで怖かった。

押し出されたい。

でも、押し出されたくない。

その二つの願いが、同じ重さで胸の奥に沈んでいた。

ぼくは、どこにいたいんだろう。

どこに戻りたいんだろう。

そもそも“戻る”という言葉が、もう意味を持っているのかどうかも分からなかった。

ただひとつだけ確かなのは、ぼくの中で「ここにはいたくない」と「ここから動きたくない」が、静かに、確実にぶつかり合っていたということだけだった。

そのぶつかり合いの奥で、ひとつの輪郭がゆっくり浮かび上がってきた。

——ぼく一人では、落ちない。

前の世界でもそうだった。

押し出されるには、杉山の存在が必要だった。

あのとき、ぼくは杉山と一緒に研究室へ行った。

そして、世界が動いた。

理由は分からない。

説明もできない。

でも、“そうだった”という事実だけは残っている。

胸の奥のざわつきが、ひとつの方向へゆっくり傾いた。

——杉山を誘う。

その言葉が、自然に浮かんだ。

決意というより、“そこに落ち着いた”という感覚に近かった。

ぼくは立ち上がった。

キャンパスの風が、少しだけ温度を変えた気がした。

杉山を誘って、研究室へ行く。

そこに行けば、何かが動く。

そう思ったわけじゃない。

ただ、そう“感じた”。

その感覚だけが、確かだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ