表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/54

第2章=界境-第2話「日々」

◆第2章=界境-第2話「日々」

三年の初夏は、眠気がとれない季節だった。

午前中の教室はいつもより少し暑くて、黒板の文字がゆらゆらして見えた。

窓の外では体育の生徒が走っていて、風が吹くたびに砂埃がふわっと舞い上がる。

その揺れ方が、授業の単調さと混ざって、時間の輪郭を少しだけ曖昧にしていた。

守埜は、授業が終わるといつも椅子を後ろに引いて伸びをする。

その音が合図みたいに響いて、ぼくはだいたい現実に戻る。

守埜の伸び方はいつも同じで、肩が少しだけ上がって、息を吐く音が小さく漏れる。

それを見ると、午前中が終わったことを自然に受け入れられた。

二人で廊下に出る。

昼休みの教室は、パンの袋を開ける音と、誰かの笑い声で満ちていた。

そのざわめきの中を歩くと、空気が少しだけ軽くなる。

守埜はよく、前の席のやつとくだらない話をしている。

ぼくはそれを聞きながら弁当を食べる。

たまに守埜がこっちを向いて、どうでもいいことを言う。

「昨日のドラマ見た?」

「見てねえよ」

「だよな」

そんな会話が続く。

守埜の声はいつも一定で、感情の起伏があまりない。

でも、その平坦さが昼休みの空気に妙に馴染んでいた。

別の日は、守埜が別の友達と昼を食べていた。

ぼくはぼくで、隣の席のやつと宿題の話をしていた。

同じ空間にいながら、別々の時間を過ごしている感じが、なんとなく心地よかった。

互いに干渉しない距離感が、自然に保たれていた。

昼休みが終わると、またそれぞれの授業に戻る。

守埜は数学が苦手で、たまに後ろを振り返って「今どこ?」と聞いてくる。

ぼくは適当に指さす。

守埜は「サンキュ」と言って前を向く。

そのやり取りが、週に何度かあった。

同じやり取りなのに、毎回少しだけ違う間があって、それが妙に記憶に残った。

放課後、校庭の端を歩くと、部活の声が遠くから響いてくる。

野球部の掛け声、吹奏楽部のチューニング、テニス部のボールの音。

その全部が混ざって、春の夕方の匂いになっていた。

空気が少し冷えて、影が長く伸びる時間帯だった。

守埜は、帰り道でよくどうでもいいことを言う。

「今日さ、体育のとき転びそうになったんだよ」

「見てたわ」

「助けろよ」

「無理だろ」

「だよな」

そんなやり取りをしながら、駅まで歩く。

守埜の歩幅は一定で、ぼくより少しだけ速い。

その差を埋めるように歩くのが、いつのまにか癖になっていた。

途中で自販機の前を通ると、守埜が立ち止まる。

「喉乾いたな」

「買えば?」

「何にしよっかな」

ぼくは適当に指をさす。

守埜は「それにするか」と言ってボタンを押す。

缶が落ちる音がして、守埜は満足そうに開ける。

その一連の動作が、毎回ほとんど同じなのに、なぜか飽きなかった。

その日はそれで終わり。

ただの帰り道だった。

別の日は、ぼくが部活で遅くなり、守埜の姿はもうなかった。

エントランスに夕日が差し込んでいて、影が長く伸びていた。

一人で歩く帰り道は、少し静かだった。

守埜がいないだけで、同じ道が少し違って見えた。

さらに別の日、守埜は図書室でレポートを書いていた。

ぼくは友達とコンビニに寄って、アイスを買って帰った。

校舎の窓から見えた守埜は、イヤホンをつけて何かを書いていて、声をかけるタイミングを逃した。

そのまま帰り道に出ると、風が少し強くて、前髪が揺れた。

雨の日は、校舎の出口で立ち止まって、傘を開くタイミングを迷う。

風の強い日は、前髪を押さえながら歩く。

暑い日は、駅までの道がやけに長く感じる。

寒い日は、息が白くなるのを見て笑う。

そんな日々が、ただ続いていった。

特別なことなんて何もない。

守埜もぼくも、同じように、ただその日を過ごしているだけだった。

ある日の帰り際、守埜が言った。

「明日、雨らしいぞ」

「まじか」

「傘持ってこいよ」

「お前もな」

「わかってるよ」

守埜は笑って、改札に消えていった。

その背中を見送りながら、明日もまた、同じようにどうでもいい話をして、同じように歩いて帰るんだろうと思った。

そのときは、本当にそう思っていた。

気づけば、夏は静かに終わっていた。

あの帰り道のあと、日々はゆっくりと流れていった。

そして、気づいたときには大学の生活が始まっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ