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第2章=界境-第1話「守埜 悟」

◆第2章=界境-第1話「守埜 悟」

守埜(もりの) 悟(さとる)とは、高校二年のとき同じクラスになった。

最初に見たときの印象は薄かった。

席替えのとき、名簿順で呼ばれて席に座っただけの一人。

特に特徴があるわけでもなく、覚えやすい癖もなかった。

授業中の守埜は静かだった。

教科書を開いたまま視線が止まっていることも多く、黒板を写すときのペースはゆっくりだった。

ノートには必要なところだけが書かれていて、余白が多かった。

ペンを指で回す癖があり、考えごとをしているのか、ただ手持ち無沙汰なのかはわからなかった。

休み時間になると、守埜は机に突っ伏したり、椅子を揺らしながらぼんやりしていた。

誰かに話しかけられれば普通に返すが、自分から話題を振ることは少なかった。

笑うときは口元だけが動く。

声を出して笑う姿はあまり見たことがなかった。

昼休みになると、守埜はだいたいパンを食べていた。

袋を開けるとき、端を少しだけ噛んで破る癖があった。

あんぱんの日もあれば、チョコパンの日もあった。

どれを選ぶかに規則性はなく、そのとき手に取ったものを食べているようだった。

食べながら校庭を眺めることが多かったが、特に何かを見ているわけではなさそうだった。

友達はいた。

前の席のやつとよく話していたし、別のグループに呼ばれて廊下に出ていくこともあった。

一人でいる時間も自然で、誰かといる時間も自然だった。

そのどちらにも違和感はなかった。

体育の時間、守埜は走るときに少し肩が揺れた。

ボールを投げるとき、手首の返しが弱くて距離が伸びない。

ミスをしても表情は変わらず、成功しても特に喜ばない。

淡々と参加して、淡々と終わる。

そんな感じだった。

文化祭の準備では、段ボールを切ったり、ペンキを塗ったり、頼まれた作業をそのままこなしていた。

作業が終わると、次に何をすればいいかを静かに待っていた。

誰かに文句を言うこともなく、張り切る様子もなく、必要な分だけ動いていた。

放課後の守埜は、帰り支度が早かった。

チャイムが鳴ると、教科書をまとめてカバンに入れ、上着を羽織って席を立つ。

校門を出るとき、イヤホンをつけることが多かった。

何を聴いているのかは知らない。

音楽の話をしているのを聞いたことがなかったから、ただ雑音を遠ざけたいだけなのかもしれない。

ぼくと守埜は、特別仲が良かったわけではない。

ただ、気づけばよく話していた。

他のやつと話すときよりも、守埜はぼくに向ける言葉が少しだけ多かった。

理由はわからない。

ぼくが話しやすかったのか、たまたま席が近かったからなのか、それとも別の何かなのか。

守埜自身も意識していなかったと思う。

短いやり取りが、いつのまにか日常になっていた。

深い話をするわけでもなく、くだらないことで盛り上がるわけでもない。

でも、守埜はぼくにだけ、少しだけ話す量が多かった。

その差はほんのわずかで、気づかない人は気づかない程度のものだった。

家に帰ると、守埜との会話はすぐに頭から抜け落ちた。

覚えておくほどの内容ではなかったし、翌日になればまた同じように話すのだろうと思っていた。

次の日も、その次の日も、守埜はいつも通りだった。

授業中は静かで、休み時間はぼんやりしていて、昼休みはパンを食べながら外を眺めていた。

ぼくもそれを当たり前のように受け入れていた。

ただ、一度だけ、守埜が珍しく自分のことを話したことがあった。

放課後、駅までの帰り道だったと思う。

「大学、行くならちゃんと決めたいんだよな」

守埜は前を見たまま、そう言った。

「何を?」

「やること。なんとなく行くの、無理そうだし」

その言い方は、いつもの軽さと変わらなかった。

でも、そのときだけは、言葉の奥に引っかかるものがあった。

「哲学、ちょっと気になってる」

守埜はそう言って、すぐに話題を変えた。

それ以上、深く語ることはなかった。

いつもの守埜に戻って、どうでもいい話をして、駅で別れた。

そのときの会話も、家に帰るころにはほとんど忘れていた。

ただ、あとになって思えば、あれは守埜の中では珍しくはっきりしたものだったのかもしれない。

守埜は、その後も変わらなかった。

静かで、ぼんやりしていて、目立たなくて、どこにでもいる高校生のままだった。

でも、進路の話になると、曖昧に流すことはなかった。

特別熱心に見えるわけでもないのに、必要なことはきちんとやっていた。

課題も出すし、試験も落とさない。

目立たないまま、外れない。

そんなやり方で、守埜は同じ大学に進むことになった。

ぼくはというと、そこまで考えていたわけではなかった。

なんとなく受けて、なんとなく受かって、なんとなく進んだだけだった。

守埜の隣にいたから、結果的に同じ場所に来ただけだ。

守埜は、ただの高校生だった。

どこにでもいる、普通のやつだった。

ぼくにとっても、クラスにとっても、学校にとっても。

その“普通”が、ずっと続くと思っていた。

続かない理由なんて、どこにもなかった。


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