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北の森の遠征 ― 失われた精霊の声 ―

読む前に。


世界観:魔法というより「精霊の声と色・音の力」を中心とした異世界。血筋や家柄よりも「能力と信頼関係」が物語の軸


人間の会話「」

人間の本音・心の声:『 』

精霊(妖精)のセリフ:〈 〉

ルミナの心の声: ( )

パパの表向きのセリフ(咆哮):【 】(カタカナと漢字。唸り声も含む)


 公爵邸の空気は明らかに変わっていた。

 街を救った英雄として称えられ始めるパパ――ヴィクトル公爵。

 けれどその瞳の奥には、これまでにない鋭い警戒が宿っている。

 リオを助けるため、街の人を守るため、ヴィクトル公爵は気合を入れる。

【遠征ダッ!! 北ノ森ニ潜ム害虫ドモヲ、根絶ヤシニシテクレヨウッ!!】

【咆哮:ヴォォォォォォンッ!!!】


 訓練場に集まった騎士団の精鋭たちは、その一声で空気ごと叩き潰されたように背筋を伸ばした。

 悲壮な覚悟。決戦前夜のような緊張。

 ――けれど。

『あああああ! 森なんて危ない場所にルミナを連れて行きたくない! でも目の届かない場所の方が怖い! 絶対に守る! 毛筋一本触れさせんぞぉおおお!!』


(パパ……うるさいくらい優しい)

 ルミナは苦笑しながら、特注の小さな胸当てを整えてもらう。

(ちょっと重いけど……でも、大丈夫)

 パパがいる。

 それだけで、怖さよりも安心の方が大きかった。


 やがて隊は出発し、北の森へと進んでいく。

 森の入り口に差し掛かった瞬間――空気が変わった。


〈……おかしいよ〉

 肩に乗るピンク色の妖精が、小さく震える。

〈いつもなら、精霊さんたちの歌でいっぱいなのに……何も聞こえない〉


 その言葉通りだった。

 森は、死んでいた。

 草は灰色に枯れ、木々は苦しむように歪み、風さえも音を失っている。

 ――静かすぎる。


【……チッ。忌々シイ気配メ】

【咆哮:グルルルル……ッ】

 パパの威圧が広がる。


 だが、何も出てこない。

 そのとき。

 枯れた大樹の根元に、淡く揺れる光を見つけた。

(……精霊さん?)

 ルミナは駆け寄ろうとして、足が止まる。

 その姿は――壊れていた。

 透けかけた体。


 そして喉の中心に、ぽっかりと開いた黒い穴。

〈……たす……けて……こえが……〉

 かすれる声。


 その瞬間、パパの手が強く肩を掴んだ。

【寄ルナッ!!】

【……ソレハ、既ニ汚サレテイル……ッ】

『ダメだルミナ! その精霊は“声”を奪われてる! 触れたらお前の声まで――!』

 

 ルミナは目を丸くして驚く。

(この精霊、みんなにも見えてるの?)

 そして、ルミナの胸の奥が、強くざわつく。

(声を……奪う?)


 そのとき。

 ――ガサリ。

 影が動いた。

 黒い獣たちが、森の闇から滲み出るように現れる。

 形は獣。けれど中身は空洞。

 目も口も、ただの“穴”。


(……これが……)

 ルミナは理解した。

 これは――

(声を喰べる、存在)


【ハッ……ヨウヤク出テキタカ】

【全員、叩キ潰セッ!!】

【咆哮:ヴォォォォォォンッ!!!】


 騎士たちが一斉に斬りかかる。

 ――だが。

 刃はすり抜けた。


 そして。

「な……っ、力が……」

「声が……出ない……!」


 騎士たちの体から、“気”と“声”が抜け落ちていく。

 膝をつく音が、次々と響いた。


 パパも踏み込む。

 だが、その咆哮すら、黒い影に削られていく。

【グ……ッ……!】

 声が、掠れる。


(ダメ……)

 ルミナの胸が締め付けられる。

(パパの声が……消える)

 あの、うるさくて。

 騒がしくて。


 ――あったかい声が。

『ルミナ……逃げろ……』

 パパが、私を庇う。

 膝をつきながら、それでも前に立つ。

『俺はどうなってもいい……お前の声だけは……守る……』

 その背中を見た瞬間。

 ――何かが、弾けた。


(違う)

 私は、もう。

(守られるだけじゃない)


 前世。

 声を奪われ、祈ることしかできなかった私。

(でも今は――違う)

 ルミナは一歩踏み出し、パパの背中に抱きついた。

 その瞬間。


 体の奥から、光が溢れ出す。

 虹色の、音のような光。


 ――私の“翻訳”の力。

「パパ、大丈夫」

 影が、後ずさる。

「ルミナが、一緒にいるよ」

 光が広がる。

 それは、ただの魔力じゃない。


 精霊たちの声。

 想い。

 願い。

 全部を束ねた――“意味のある力”。

【……ルミ、ナ……?】

『光ってる……! 綺麗だ! でも無理するなぁあああ!!』


(ふふ)

 少しだけ、笑う。

(パパ、やっぱりパパだ)

 ルミナは前を見た。

 闇の奥。


 すべての“原因”がある場所。

(行こう)

 ルミナは小さく息を吸う。

(もう、祈るだけの私じゃない)

 声を奪うなら。

 その意味を、壊してあげる。

「――この先にいるんでしょ?」

 静かに言う。

「みんなの声を奪ってる、“主”が」


 光が、道を切り開く。

 影の獣たちが退く。

 騎士たちが、息を取り戻す。


 パパが、ゆっくり立ち上がる。

【……行クゾ】

 低い声。

 でも、確かな力。

『絶対に守る……今度こそ、全部……!』


 私は頷いた。

 そして――

 光に包まれながら、闇の最深部へと足を踏み入れた。


私からのお願い。

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