騎士団の危機と天使の通訳
読む前に。
世界観:魔法というより「精霊の声と色・音の力」を中心とした異世界。血筋や家柄よりも「能力と信頼関係」が物語の軸
人間の会話「」
人間の本音・心の声:『 』
精霊(妖精)のセリフ:初めての外出と、震える街角
〈 〉
ルミナの心の声: ( )
パパの表向きのセリフ(咆哮):【 】(カタカナと漢字。唸り声も含む)
――訓練場
翌朝。公爵邸の広大な訓練場には、明け方の霧を切り裂くような、絶望的な咆哮が響き渡っていた。
【貴様ッ……! ソレデモ騎士カッ!! 叩キ折ッテクレヨウカッ!!】
【咆哮:ヴォォォォォォンッ!!!】
衝撃波のような怒号に、訓練場の土が舞い上がる。
中心に立っているのは、我らが父、ヴィクトル公爵だ。その猛獣のような眼光に射抜かれ、一人の若手騎士が、ガタガタと膝を震わせて剣を落とした。
カイルという名のその騎士は、期待の新人として入団したばかりだった。だが今、彼の顔は土気色を通り越して真っ白だ。
『ああ……終わった。閣下を怒らせてしまった。俺の首は飛ぶか、良くて追放だ。母さん、親不孝な息子を許してくれ……』
カイルの胸の奥から漏れ出る絶望の声が、ルミナの耳に冷たく届く。
周囲で稽古をしていたベテラン騎士たちも、パパのあまりの気迫に「今日は一段と機嫌が悪いぞ……」と、関わりを避けるように距離を置いている。
訓練場の入り口までやってきたルミナは、その光景を見て、前世の記憶が小さく疼くのを感じた。
(……怖い。あんなに怒鳴られたら、心臓が止まっちゃいそう。前世の私なら、あそこで立ち尽くすことしかできなかった)
ルミナは、ギュッと自分のドレスの裾を握りしめる。
足が震える。逃げ出したい。けれど、ルミナの目には、ヴィクトルの頭上で「それ以上に」激しく取り乱している存在が見えていた。
〈ぎゃああああ! カイルが剣を落としたぁあああ! 絶望してる!〉
〈主様の声帯の呪いがまた暴走してるよ! 本当はアドバイスしたいだけなのに!〉
真っ赤なハートの精霊たちが、パパの周りで右往左往しながら泣き叫んでいる。
(……やっぱり。パパ、あんなに怒ってる風に見えるけど、中身は全然違うんだ)
ルミナは深呼吸を一つした。トラウマの足枷を、パパの不器用な愛を翻訳するという“使命感”で引きちぎる。
(大丈夫。今の私には、声がある。パパの愛を、みんなに教えてあげなきゃ)
トコトコと、小さな足音が訓練場の静寂を刻む。
ヴィクトル公爵はルミナに気がつく。
【……ンッ!? ル、ルミナッ!? ナゼココニ……寄ルナッ! 危ナイダロウガッ!!】
【咆哮:グルルルルッ……!!】
パパがさらに険しい顔で吠えた。周囲の騎士たちは「お嬢様が食危ない!」と悲鳴を上げそうになる。
だが、ルミナは震える足を無理やり動かし、腰を抜かしているカイルの前に立ちはだかった。
「パパ。カイルさんをいじめちゃダメだよ」
【イ、イジメテナド……ッ! コイツガ不甲斐ナイカラッ……!!】
【咆哮:ガァァァァァァッ!!】
『あああああ! 違うんだルミナ! 俺はただ、カイルの才能を伸ばしてやりたいだけで! 本当はカイルが憧れの騎士の息子だから、期待しすぎて熱が入っちゃっただけなんだぁあああ!』
(……パパ、本音が長すぎるよ。しかも、カイルさんのお父さんのファンだったの?)
ルミナは呆れ半分、安心半分でため息をつく。
そして、涙目で震えているカイルの手を、そっと握った。
「カイルさん、泣かないで。パパはね、あなたのことが大好きなんだよ」
「は、はい……?」
カイルは魂が抜けたような顔でルミナを見下ろした。
「……そんなはずがありません! 閣下はいつも私を――」
「パパがさっき言ったのはね――『君の剣筋は、かつての英雄だった、あなたのお父様にそっくりで素晴らしい。期待しているからこそ、基礎の足元をしっかり固めてほしい』……ってことだよ。ね、パパ?」
カイル、閣下を見て言う。
「閣下は……父の名を口にされたことなど一度も……」
【……黙レ】
って低く言う。
ルミナは続ける。
「ねえ、カイルさん。本当に興味がなかったら……名前なんて、覚えてないよ」
訓練場が、水を打ったような静寂に包まれた。
【………………ッッッ!!!!】
ヴィクトルは、今にも心臓が止まりそうな顔をして固まった。
『バレたぁああああ! 全部バレたぁああああ! なんで、なんでルミナには俺の心が筒抜けなんだ!? 恥ずかしすぎる! 今すぐ地面に穴を掘って埋まりたい! でもルミナが俺の言葉を理解してくれたことが嬉しすぎて爆発しそうぉぉおおおお!!』
〈あはは! パパの精霊たちがパニックで花火みたいに打ち上がってるよ!〉
ルミナの言葉を聞いたカイルが、恐る恐るヴィクトルを見上げる。
パパは真っ赤な顔で、視線を泳がせながら、必死に威厳を保とうとしていた。
【……フ、フンッ……。ソ、ソレハ、ソノ……勝手ニ、解釈シロ……ッ!!】
【咆哮:グヌヌ……ッ!!】
『あああああ! そうなんだカイル! お前の親父さんは俺の恩師なんだ! お前を最強の騎士に育てるのが俺の使命なんだ! 本当は今すぐ肩を組んで褒めてやりたいんだぁあああ!!』
カイルの目から、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出した。
「閣下……! そこまで、そこまで私のことを……! 私は、自分が無能だから怒鳴られているのだとばかり……っ! 一生、一生ついていきます、閣下ぁあああ!!」
カイルが地面に額を擦り付けて号泣する。
他の騎士たちもザワつき始めた。
「……おい、今の聞いたか? 閣下のあの咆哮、実は激励だったのか?」
「ルミナお嬢様がそう仰るなら間違いない。お嬢様は閣下の“真意”を感じ取らる特別な方なんだ……」
「そうか……閣下、本当は俺たちのことも……」
殺伐としていた訓練場に、じわじわと温かな熱が広がっていく。
精霊たちが、騎士たちの「希望の色」に染まってキラキラと輝き出した。
(……よかった。私の声、ちゃんと届いたんだ)
ルミナは安堵して微笑んだ。前世の自分なら、こんな風に誰かを救うなんて考えられなかった。
騒ぎが落ち着いた頃、ヴィクトルは逃げるように訓練場を後にしようとしていた。
【……ルミナ。余計ナコトヲ……言ウナ……ッ!!】
【咆哮:グルルル……ッ!!】
『ああああああ! ルミナ! ありがとうルミナ! お前は天才だ! 女神だ! パパ、今夜はルミナに一番高いお肉を食べさせちゃうぞぉぉぉおおお!!』
(パパ、お肉よりパパの抱っこがいいな)
ルミナが手を広げると、ヴィクトルは一瞬躊躇してから、壊れ物を扱うように、けれど力強く、ルミナを高い高いした。
「わあ……っ! パパ、大きい!」
【……ッ……!!】
『幸せだぁああああ! このまま宇宙まで飛んでいけそうだぁああああ!!』
(宇宙は困るよ、パパ)
騎士たちが遠くから「おお、微笑ましい……」「閣下が、お嬢様を抱っこされている……」と感動の眼差しを送る中、公爵邸の雰囲気は一変した。
「ルミナ様がいれば、閣下は怖くない」
「ルミナ様は、私たちの守護天使だ!」
こうして、ルミナは公爵邸の「小さなアイドル」にして「最強の通訳」としての地位を確立していった。
……しかし、その夜。
ルミナが自室で眠りにつこうとした時、枕元にいた精霊が、今まで聞いたことのない低い声で囁いた。
〈ルミナ……気をつけて。遠くの森で、精霊たちが泣いてるよ……。暗い、暗い力が、この街に近づいてる……〉
(……えっ? 精霊さんが、泣いてる……?)
窓の外を見ると、満月の夜空に、一筋の不気味な紫色の雷鳴が轟いた。
孤独な聖女だった少女が、自分を愛してくれる家族を守るため、本当の“翻訳家”として立ち上がる日は、そう遠くないのかもしれなかった。
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