初めての外出と、震える街角
読む前に。
世界観:魔法というより「精霊の声と色・音の力」を中心とした異世界。血筋や家柄よりも「能力と信頼関係」が物語の軸
人間の会話「」
人間の本音・心の声:『 』
精霊(妖精)のセリフ:初めての外出と、震える街角
〈 〉
ルミナの心の声: ( )
パパの表向きのセリフ(咆哮):【 】(カタカナと漢字。唸り声も含む)
昨夜の不気味な雷鳴が嘘のように、空は抜けるような青さに包まれていた。
だが、公爵邸の玄関ホールに漂う空気は、戦場さながらの緊迫感に満ちている。
【ルミナッ! 準備ハ整ッタカッ!? 外ニハ毒虫モ不届キ者モ多イッ、全テ叩キ潰セト命ジテアルッ!!】【咆哮:ヴォォォォォォンッ!!!】
ルミナはパパを見る。
(パパ、お出かけするだけなのにフル装備だよ……。後ろの騎士さんたちも、これから戦争に行くみたいな顔してるし)
ヴィクトル公爵は、黒檀のように光る鎧を纏い、腰には大剣を下げて仁王立ちしていた。その恐ろしい形相に、見送りのメイドたちは震え上がっている。
ルミナにパパの心の声が聞こえてくる。
『あああああ! ルミナと初めてのお出かけ! この日のために昨日お風呂で手を三回洗ったぞ! 悪い虫が指一本触れないように、俺が全方位守り抜いてやるぞぉおおお!』
(パパ、三回も洗わなくていいよ。……でも、嬉しいな。前世では、外の世界は窓から眺めるだけのものだったから)
ルミナは、ヴィクトルの大きな手をぎゅっと握った。
その瞬間、パパの鎧がガチガチと音を立てて震える。
『握られたぁああ! 柔らかい! ぬいぐるみか!? このまま一生、玄関から動きたくないぃいいい!』
「パパ、行こう? ルミナ、お外が楽しみなの」
【……フ、フンッ。……遅レルナヨッ!!】【咆哮:グヌヌ……ッ!!】
パパの心臓の音がドクドクと伝わってくる。ルミナは、前世の孤独を塗りつぶすようなパパの熱を感じながら、初めて家の外へと足を踏み出した。
街に出た瞬間、そこには驚きの光景が広がっていた。
活気ある市場、笑い合う人々。
……だったはずの場所が、パパが姿を現した瞬間に“死の静寂”へと変わったのだ。
「ひっ、死神公爵だ……!」
「逃げろ! 目を合わせるな、魂を抜かれるぞ!」
人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、開いていた店の戸はバタンと閉ざされる。
パパが進む道の先だけが、モーセの十戒のようにポッカリと空いた。
【道ヲアケロ、ゴミ共メッ!! ルミナノ歩ク道ヲ汚スナッ!!】
【咆哮:ヴォォォォォッ!!!】
『どいてくれぇ! 頼むからどいてくれぇ! ルミナが転んだらどうするんだ! 俺が怖いのはわかってる、でも道だけは譲ってくれぇええ!』
(……パパ、本音はあんなに必死なのに。これじゃあ、本当の魔王様だよ)
ルミナは苦笑いしながら歩いていた。
けれど、街の中央にある大きな広場に差し掛かった時、彼女の足がピタリと止まった。
(……何、ここ。空気が、重い……?)
街の象徴である巨大な噴水。いつもなら澄んだ水が跳ねているはずのそこには、どろりと濁った、紫がかった黒い霧がまとわりついていた。
ルミナの肩に乗るピンク色の妖精が、震える声で警告する。
〈気をつけて! あそこの精霊さんたちが泣いてるよ!〉
ルミナの目には、噴水の水盤で、小さな水の精霊たちが黒い鎖のようなものに縛り付けられ、もがいているのが見えた。
(あれは……昨夜、森の方から流れてきた暗い力!?)
鎖は脈動するように精霊たちの光を吸い上げ、噴水の水を腐らせている。
このまま放置すれば、精霊たちは闇に飲み込まれ、街を破壊する魔物へと変貌してしまう。
黒鎖が精霊を締め上げて……
精霊が〈痛い……〉って言った。
それを見て、
ルミナの目のハイライトが消える。
(ダメ、もう時間がない! 精霊さんが食べられちゃう!)
ルミナは前世の記憶を振り払った。“何もできない聖女”は、もういない。
(前は……祈ることしかできなかった)
(でも今は、違う)
「パパ! あの噴水の下にある、赤い光が漏れてる岩を、思いっきり壊して! あそこに悪い魔法が隠れてるの!」
「壊して」
【……ッ!? ルミナ、何ヲ……。ダガ、分カッタッ!! ソノ岩ガ、キサマヲ不快ニサセタノダナッ!!】
【咆哮:粉塵ニシテクレヨウッ!!!】
『ルミナに頼まれちゃった! パパ頑張る! 悪い魔法だか何だか知らんが、俺の娘を怖がらせる奴は、神様だろうが叩き潰してやるぞぉぉおおお!!』
一瞬だけ真顔で
【……ルミナ。目ヲ閉ジテイロ】
ヴィクトルが地を蹴った。巨躯が弾丸のように飛び、その右拳が噴水の基部へと叩きつけられる。
【咆哮:ヴォォォォォォォォォンッ!!!!】
凄まじい衝撃波が広場を駆け抜け、石造りの噴水が悲鳴を上げた。
パパの一撃は、物理的な破壊を超えた“覇気”を帯びていた。
精霊を縛っていた黒い鎖が、パパの圧倒的な力に耐えきれず、パリンと音を立てて砕け散る。
ドォォォォォォォンッ!
コアを破壊された闇の力が霧散し、代わりに純粋な魔力が解放された。
噴水から透明な水が空高く噴き上がり、陽光を受けて、広場全体に巨大な七色の虹をかけた。
「……え? 呪いの水が、消えた?」
「閣下が……閣下が、噴水を直してくださったのか……?」
物陰から見ていた街の人々が、呆然と腰を抜かしている。
ヴィクトルは、拳についた水滴を無造作に払い、フンと鼻を鳴らした。
【フンッ……。脆イ岩メッ……!!】
【咆哮:グヌヌ……ッ!!】
『よっしゃあああ! 見たかルミナ! パパの必殺パンチ! 虹まで出しちゃったぞ! 褒めて! 今すぐ抱きしめて褒めてぇえええ!!』
(……パパ、やりすぎだよ。でも、かっこよかった!)
ルミナはパパに駆け寄り、その逞しい腕にしがみついた。
「パパ、すごーい! パパのおかげで、街の精霊さんたち、みんな助かったよ。パパは街を守った英雄だね!」
【……ヘ、英雄ナドト……笑ワセルナ……ッ!!】
ヴィクトルはそっぽを向いたが、その耳は隠しきれないほど真っ赤になっていた。
街の人々が「おお……!」「公爵閣下万歳!」と、初めて恐怖ではない歓声を上げ始める。
〈ありがとう、小さな娘さん〉
浄化された精霊たちが、水しぶきの中でルミナに感謝を捧げる。
けれど、その声はすぐに、湿った冷たい風にかき消された。
〈でも気をつけて……。噴水に届いたのは、闇のほんの一滴……。北の森では、もっと恐ろしい「主」がいます……北の森の主は……声を喰らう〉
(北の森の、主……)
ルミナは、自分を抱き上げるパパの温もりを感じながら、遠くの山並みを見つめた。
不器用なパパと、小さな翻訳家。二人の本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。
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