59.私には母が三人いる
もそもそと食事を終えて、家族に挨拶をする。手を引かれて乳母のエイミーと自室へ戻った。お風呂はもう入ったけど、エイミーは温めたタオルで顔を拭いてくれる。
「たくさん泣きましたね。腫れてしまうかも」
「エイミーはリリアンと話したことある?」
顔を拭いていた手を一瞬止めて、エイミーは何もなかったように丁寧にタオルを濯いだ。お湯にタオルを沈めたまま、エイミーは私の顔を見つめる。
「ええ、とても穏やかな方でした。乳母となる私は使用人なのに、まるで家族のように迎えてくださり、大きなお腹を触らせてくれましたっけ」
また涙が溢れそうになり、ずずっと鼻を啜った。お行儀悪いけど、エイミーは指摘しない。代わりに絞ったタオルでもう一度目元を優しく押さえた。
「産まれたら頼みますと何度も言われたけれど、あの時の私は理解できなかった。だから処刑されたお話を聞いて、慌てて逃げたのです」
穏やかで優しい女性と認識していたなら、彼女が殺された連絡はエイミーを震え上がらせた。腕の中の赤子も殺されるのではないか。そう心配したのも当然だ。
「お母上は、あなたのことを大切にして、とても愛しておられましたよ」
ここに嘘はないと言い切ったエイミーに、私は大きく頷いた。何か話そうとすれば、嗚咽が漏れるから。今度は冷めるまで待ったタオルで目元を覆われる。
「冷たい水に交換しましょうね。可愛らしいお顔が腫れてしまいます」
部屋を出るエイミーが扉を閉め、私は大きく息を吐いた。泣き出しそうな感情を込めた吐息は震える。
私には母親が三人いるわ。前世の私を産み育てたママ、乳母のエイミー、この体を産んだリリアン。過去には恨んで復讐してやると誓った人だけれど、誤解だったんだと思う。
もちろん当事者は死んでいる。襲われたかも知れない聖女リリアンも、獣以下の行動をしただろう第二王子メレディスも。どちらからも話を聞くことは出来なかった。
だったら、私が決めてもいいよね。一番の被害者の私に権利があると思うから。お母さんのリリアンは望まず妊娠した私を、長い間お腹の中で育ててくれた。やっぱりクズは王家とアディントン元公爵だ。手を貸したラッカム元侯爵も同罪。
「お嬢様、そのようなお顔をしたら皺になります」
いけませんよと叱るエイミーが、冷たい水の入った桶を持っていた。私の目元のタオルを水で冷やし、改めて上に載せてくれる。
「ありがとう」
「お母上によく似た愛らしいお顔立ちに生まれたのですから、のびのびと今の優しいお嬢様のまま育ってくださいね」
「……うん」
おやすみの挨拶を交わした。分厚いカーテンと目元のタオル、暖かくて心地よい室温に包まれて目を閉じる。
私の復讐は、ほとんど家族が終わらせていた。それでも最後の敵は残っている。ならば、産みの母に手向ける花代わりに、望んだ未来を引き寄せよう。最後の復讐は私も……。うつらうつらと意識が霞んで、夢へ吸い込まれていった。




