58.あの人の子であることを誇る
「教会は聖女リリアンを王宮から取り返そうと、必死に嘆願していたらしい」
パパが持ち帰った調査結果から分かるのは、アディントン元公爵の薄汚い策略。それに乗った愚かな第二王子の非道な行いだけ。おそらく聖女リリアンは望まぬ妊娠をした。
「リリアンに関する情報は、大して集まらなかったの。でもね、彼女と仲の良かったシスターを見つけたわ」
ママは別ルートで探したようだ。教会が動いたなら、聖女としてのリリアンはまともだった。孤児を守ろうとしたように、奪われた聖女を助けようとしていたなら?
「リリアンから、恋人の話を聞いたことはなかったそうよ」
全員が察して口を噤む。間違いないわ。リリアンはメレディスを愛して、身籠ったのではなかった。襲われて孕まされたのね。好きでもない男の子でも、彼女は己の胎に宿った命を愛した。
「私ね、覚えているの。泣いた赤子の私を抱き上げて、優しい目で見つめるリリアンを……」
ぐすっと鼻を啜る。溢れた涙が頬を伝い、家族の顔は見えなくなった。
――あらあら、ご機嫌斜めなのね
――いい子ね、キャロライン
優しい声と柔らかな微笑みだった。慈愛に満ちた顔に嫌悪や憎悪はなくて、生まれた私を母として愛する女性がいたわ。襲われて産んだら、私に同じ声が出せるかしら。同じ微笑みを向けられる? 無理よ、きっと産んだ赤ちゃんまで憎んでしまう。
「グロリア」
名を呼んだパパの胸に顔を埋め、泣き声を殺した。私が勝手に憐れむなんて失礼よ。だからこれは違うの。きっと復讐できない怒りだわ。感情をすげ替えようと言い聞かせ、唇を噛んだ。
私以外の泣き声はメイベル? しゃくりあげながら顔を上げれば、彼女はママに抱き締められていた。悔しそうな顔のにぃには、処刑を悔いているのかも。パパは難しい顔をして首を横に振った。
「なぜ彼女は何も言わなかったのか」
そうしたら助けられた。何らかの手を講じることも可能だったし、産んですぐ処刑する必要もない。被害者なのだと訴えればいい。
「分かる気がする……きっと、何もかも、知っていたんじゃ、ないかな」
何度もしゃっくりで言葉が切れる。実父であるアディントンの企みも、義父がそれに従い悪事に手を染めることも。己が逆らうことで、教会がどんな目に遭わされるか。理解して、呑み込んで。
「知っていた?」
「うん、ホールズワース、が……復讐する、未来を」
聖女の肩書きは、権力や財力で得ることはない。彼女は何らかの能力を持っていた。神の奇跡を信じさせるような、特別な力。
この先、ブラッドリー国の傘下に入った国が栄える未来を、彼女が知っていたら? 己の命ひとつで、腹を痛めた我が子も孤児も救われる。教会で奉仕活動をする聖女は、ウィルズ元侯爵家の横領も知っていた。だから腐った国の根幹を揺るがし、へし折る強い力を外部に求めたなら。
国内での自浄が叶わないと理解していたから、何も言わずに罪を背負ったのかも知れない。
「グロリアの言葉通りなら、まさしく聖女だな」
また鼻の奥がツンとした。溢れる涙で頬や目尻が痛いのに、まだ止まらない。あの人のお腹から生まれ、あの人の色を受け継いだことを……誇っても、いいのよね。




