35.最後まで憎ませてくれた――SIDE兄
グロリアが生まれた。その日、聖女リリアンへの死刑宣告がなされた。執行は翌日、そう告げられた彼女は頷く。婚約者のいる男性に言い寄った女、それが俺の印象だ。覆すほどではないが、大人しく受け入れる姿に違和感を覚えた。
「命乞いはしないのか?」
「いいえ。すでにメレディス様もお亡くなりになって……私が生きている意味も今日までですから。キャロラインはお預けします」
名付けた我が子に微笑む姿は、かつての称号である聖女に相応しい慈悲深さに満ちていた。なぜ他の男ではダメだったのか。メレディスと連れ添うにしても、穏やかに婚約を解消して新たに結ばなかったのか。吐き出すように、彼女へ突きつけた。
黙って聞いた後、リリアンは静かに首を横に振る。否定する仕草で、キャロラインと名付けた赤子の髪を撫でた。リリアンのピンクと、メレディスの金髪を混ぜた色は、間違いなく二人の子だと示している。
「すべて神の思し召し、私はメレディス様を愛したことは一度もありません。それだけはお伝えしておきます」
混乱が増した。愛していなかった? ならば何故、婚約破棄の場で口にしなかったのだ。だが、そこで気づいた。彼女は否定しないが、肯定もしなかったのだ。あの場で、メレディスに愛を告げることも、婚約破棄されるグロリアを罵ることも。何一つなかった。
「あと僅かな時間です。退室していただけますか?」
明日は死刑になる女性の願いに、俺はそれ以上居座る無礼はできなかった。まだ聞きたいことがあったし、疑問も山積みだ。しかし、リリアンは誠意ある回答をした。
一度も愛したことがない婚約者のいる男の子を、身籠った事実――想像できるのに、理解したくなかった。俺は目を瞑り、知らなかったフリをしたんだよ。彼女は違う意味で被害者だったのかも知れないと、そう口にして肯定されるのが怖かった。
俺達の小さなお姫様は冤罪で死んだのに、この女は冤罪から救われる? そんな不条理が許せない。だから、罪を背負うつもりで黙っていた。リリアンもそれを咎めず、何も明かさずに死んだ。
「リリアンは、もしかして」
「その先を口にできるのは、本人だけだ。俺達が推測で何かを決める権利はない」
「うん」
見た目は幼い妹だが、精神的には成人している。同性として思うところがあるとしても、事実を明らかにして誰も得をしない。傷つく人が増えるだけと理解すれば、追求など不要だった。
リリアンは承知の上で罪を負い、己の判断で死刑を受け入れた。正しくても、間違っていても、それが彼女の選んだ道なのだ。愛しいと視線で語りながら触れた我が子を残し、母親である責任を放棄して死ぬ。
「私を、愛していたのかな」
「さあな」
長く胎内で育てた我が子を、リリアンは愛したのか。もし想像通りなら、憎い男が残した子を恨むのではないか。その答えを持つのもまた、リリアンだけ。
「俺達家族は皆、グロリアを愛しているよ」
頷いたが、グロリアは声を出さなかった。肩が震え、髪で顔が見えない。泣くのなら、母上や父上がいないこの場で、思い切り泣けばいいさ。ぎゅっと抱き寄せて「肌寒いな」と理由を後付けした。




