34.あの日を思い出す色――SIDE兄
お祖父様に謁見しても、母上は変わらなかった。自分は悪くないと一貫した主張を繰り返す。父上は叱られ、無能と罵られて数日使い物にならなかったぞ。
そう話せば、グロリアは納得した様子だった。自分の実の父親であっても、あの祖父相手に傲岸不遜を貫く母は尊敬に値する。父上は守れなかった心の傷を突かれた。同じ痛みを、俺も感じていた。
「グロリアが押さえつけられた時、もっと腕力があれば……鍛えておけばよかった、と。本気でそう思ったからな」
撫でる髪は柔らかい。以前の腰が強い黒髪とは違い、細い猫っ毛だった。それすらも、心にちくちくと痛みを齎す棘となる。守り切れたなら、妹は今も美しく艶のある黒髪を揺らしていただろうか。柔らかな笑みを浮かべ、お兄様と呼んだのか。
鼻の奥がツンとして、滲みそうになった涙を堪える。深呼吸してやり過ごした。後悔する痛みは、おめおめと生き延びた罰だ。救う力もなく、身代わりになる覚悟も足りなかった。母上が必死で繕った現実は、目の前で小首を傾げる。
「にぃに、具合悪いならやめる?」
「平気だ」
祖父は厳しい訓練を課した。俺も父上も、日が昇る前に起きて訓練し、夜闇の中倒れるように眠った。正直、何をどうしていたのか。思い出せないほど過酷な日々だが、お陰で悩む時間もなかったな。
自責に苛まれて心を病むことがなかったのは、祖父のお陰だ。俺達家族は、末っ子のグロリアを中心にまとまっていた。母上の扇の要を外せば、すべてがばらけてしまうように。グロリアという芯があるから、家族の形を保っている。
「お前が無事に産まれた、その知らせを受けたときは涙が溢れた」
母上は産んであげたかったと泣いたが、俺は無事に生まれ変われただけで満足した。生きていてくれるなら、他の事は補えばいい。足りない部分も、余分な部分も愛せると思った。
「今は違うの?」
「母上の言葉通り、産み直してもらえたらよかったのに。それが本音だ。この髪や瞳を見るたびに、あの日の事を思い出すのではないか? お前のことが心配なんだ、小さなお姫様」
幼子なのに、大人びた顔で苦笑いする。それが全てだった。間違いなく俺の妹は、仇の娘の中にいる。あの男や女の血筋が残っていることが疎ましく、だが同時に妹グロリアが愛おしい。
「私、にぃにが嫌なら髪を切ってもいいよ」
柔らかく流れる長い髪は、貴族令嬢の証となる。自分で手入れする平民は、大人になれば短く切る女性が多かった。稀に伸ばしていても、丸めて結んでいる。さらりと流す髪型は、それを維持できる環境の証だった。高価な香油を与えて梳き、侍女が丁寧に洗って乾かすから、艶を保つ。
長い髪が示す意味を知りながら、グロリアは家族のためなら構わないと?
家族と同じ香油を使った髪は、柔らかな金とピンクの艶を放つ。手でさらりと遊び、口元を緩めた。この子の方が、俺よりよほど大人だな。
「髪は伸ばしてくれ。お祖父様に殺されてしまうからな」
こんな軟弱な本音がバレたら、間違いなく八つ裂きにされる。訓練中の不慮の事故を装って……だぞ? そう話したら、想像したグロリアが「秘密にする」と真剣な顔をした。




