後悔のそのさき
ドラコニアの大火炎から数カ月。荒れに荒れた王国軍も少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。しかしいまだに欝々とした雰囲気はぬぐえない。
殲滅戦におき、王国軍、革命軍双方大きな被害を被ることとなった。新政府を立ち上げた革命軍はドラコニアで王国軍を迎え撃った。石でできた美しい聖地、ドラコニア。だが現在は灰や煤に塗れ、建物は打ち壊され見る影もない。圧倒的な戦力の差。一方的な殲滅戦となった。しかしながら早々に斃れた星龍会京都とは違い、革命軍の幹部が猛々しい奮闘を見せた。結果、勝利した王国軍は武力の要であり最高戦力の大将ラルジュ・マルト―が失われた。同じく12中将の過半数も命を落とし、王国軍の柱は俄かにぐらついた。総統は今回の戦いの責任を取り辞任し、中将の一人が狩りの総統としてその任に就いている。多大な犠牲を払われたが、政府の指示通り新政府の殲滅は完遂された。新政府を率いていた革命軍総長アンタス・フュゼ及び同軍幹部の死亡が確認された。新政府樹立に加担したドラコニアと星龍会も捕縛され投獄されている。
しかしこうして王国軍が大打撃を受けながらもなんとか体裁を保てているのは、最悪の事態を想定し、次世代の軍を構成する若い兵や辛うじて要として動けるだろう将官を後衛に置いたためであろう。
「それで、君は今回の件をどう考える。」
「……移動する。ここでその話はまずい。」
神妙な顔でおれに声を掛けたのは前々から個人的親交のあったソンジュ・ミゼリコルドだった。
今回の件、とはまず間違いなくドラコニアの件だろう。片隅とはいえ、他人の目のある食堂であるため口を噤ませ与えられた執務室へと促した。
「それで、何か思うところでもあるのか、ソンジュ中将。」
「……アルマ、まだ正式に中将になったわけじゃない。」
人払いをし鍵を閉めた部屋で第12番中将であるソンジュは顔をゆがめた。
今回の殲滅戦で、多くの将校たちが命を落とした。そしていつまでもそれらの席を空席にしておくわけにも行かず繰り上げる形で皆昇進することになった。それは飽く迄も空席を埋めるためのものであり、実績の伴う昇進ではない。もちろん、実力を認められたということが建前となっているがそれが建前でしかないことは周知の事実だった。
12番を背負う中将は死に、それに従った少将も死んだ。結果、12番中将下でもっとも力のあるソンジュ・ミゼリコルドがその席に就くことが決定している。
それはおれたちも例外ではない。少将であったカルムクールは第3番中将となり、その下のおれも少佐から大佐に一足飛びに昇進した。カルムクールはドラコニアの殲滅戦に参加し生還した者の一部である。一方のおれは殲滅戦に参加していない。次世代のためにと参戦が許可されなかったのだ。そして何もしていないのに大きく昇進することになった。本来であればあり得ない。だが今は国が始まって以来の有事だった。
正直だからどう、と考えることはない。メンテが処刑されるとき、大将もしくは中将位になれれば助けるのが簡単になるため正直昇進は嬉しくないはずがない。
だがやはり昇進した者のほとんどがやりきれない気持ちらしい。その代表がこのソンジュ・ミゼリコルドである。いつまでも死んだ上官について引きずるのは論外だが、慌ただしくその死を悼む間もなく形式的に自身がその任に就くことに多少なりとも申し訳ないと感じるらしい。
いかにも善人らしい、とおれは記憶を照らし合わせた。そして今おそらくこの男は軍を裏切ろうともしているのだと。
「……君は今回の殲滅戦についてどう思う。」
「どう、というのは漠然としている。ただ妥当だと思っているが。」
「妥当?一つの伝統ある街をつぶし、たくさんの人が死んだ戦いが妥当だと君は思うのか?」
「ああ、妥当だ。王政府があるのに新政府を勝手に樹立した不届き者。武力も保持するそれを潰すために行ったことは妥当であり、両勢力の損害も、まあ妥当じゃないか。」
嘘偽りない本心からの言葉だった。妥当、その言葉に尽きる。あるべくしてあり、起こるべくして起きた戦いだと考えている。
前回は何の疑いも持たなかったが今回客観的に見て革命軍はタイミングが悪く浅慮と言わざるを得なかった。もし現政府に代わり新政府を樹立するのであれば現政府を倒すだけの力をつけ準備も進めたうえでことを起こすべきだった。にもかかわらず、革命軍は馬鹿馬鹿しいほど正々堂々とドラコニアに新政府の樹立を宣言した。少し考えれば完全な的になることも、ドラコニアではただ後手に回ることもわかったはずだ。しかし水面下で活動していた時を忘れたかのように大胆な方法に打って出たのだ。
一方的な殲滅戦になるのは当然だ。
そして被害に関しても言える。そもそも革命軍と王国軍では規模がケタ違いなのだ。少しずつ削っていくならまだしもこうして直接対決すれば壊滅状態になるのも頷ける。また、一騎当千と言うに相応しい革命軍の面々を相手にするのだ、王国軍の被害も十分予想の範囲内。
ただ一つ思ったことをあげるなら、大将であったラルジュ・マルトー。史上最強とまで称されたあの男が死んだ、そのことに現実味を感じないのだ。
アルマは最初からこのドラコニアの殲滅戦、大火炎の戦いでラルジュが死ぬことを知っていた。だが王国軍に身を置いて数年、随分とラルジュにも世話になった。アルマはどうしても、豪快に笑い、鬼のように強いあの男が死ぬようには思えないのだ。もちろん遺体は回収されているのだが、死ぬのわかっているのに殺しても死なない男と、勝手ながら認識していた。何度かラルジュの下で戦いに参加したことがあった。その時ラルジュはことごとく部下を差し置いて最前線に大槌を片手に飛び出していく。殺しても死なない、という印象はもしかしたら死を恐れない振る舞いに起因するのかもしれない。
「だがっ、話し合うこともできたんじゃないか!?こんな風に殺しあわない方法もあるだろう?」
「……ないわけじゃない。ただ王政府に話し合う意思がないだけで。今の政府を対抗する者があれば問答無用で潰しにかかるだろう。話し合いで解決することは王が今の体制について変革する意思がない限り、ない。」
話し合いは一つの理性的な解決方法だ。だがそれを解決策とする場合、真っ向から現政府を否定する革命軍の言葉を国民の意思として、知恵ある者の諫言として捉える姿勢がなければ意味がないのだ。話し合いをするなら双方にとっての折れどころを模索することになる。だがそもそも王に革命軍の話を、民の話を聞く気がないのだ。顔を拝んだことさえもない愚王、アルシュ・メタンプシコーズ・ロワ。あの男はこのままこの国と共に心中することになるだろう。
「少し質問を変えよう。アルマ、君は今回の一件を正しいと思うかい?双方にこれほどの犠牲を払う意味が、あったと思うかい?」
どこか縋るようにそう言うおれは眉を顰めた。以前、共に革命軍に居たときただ優しく慈悲深い、甘い人間だと彼のことを評価していた。
だがそれは覆りつつある。
「ソンジュ、あまりそういうことを言わない方が良い。おれがこのことを上に報告したらどうするつもりだ。革命軍の間者として疑われてもおかしくない。」
「君はそんなことしないだろう?わざわざそんな面倒なことをしたりはしないし、君は王政府に忠誠を誓ってるタイプでもない。何より君は、昔から王政府のことを皮肉ったりすることはあっても革命軍を否定するようなことを言ったことはない!」
「っ!」
思わず息を飲む。
一度だって革命軍が正しいのではないか、などと擁護するような発言をしたことはない。おれは何も言わず、否定も肯定もせずに誤魔化してきた。今までそれで問題なかったし、こうもはっきりと問われたこともなかった。
「おれが革命軍の回し者か何かだとでも思ってるのか?」
「正直なところを言うと、思ってる。わたしが君に会ったのは君が正式入隊した後で雑用時代の話は噂でしか聞いたことがない。それでも、君はカルムさんの下で1,2を争うほど強かった。そうだろう?16にもならないような子供がそれほど強いなんて、普通あり得ない。君は軍に来る前から訓練を受けてたんじゃないか?」
少しだけ安心した。何か証拠があっての話ではなくただの推測でしかない。
最初からある程度強かったのは確かだ。だがあくまである程度でしかない。1,2を争うほど云々も、そう言われるようになったのは軍で訓練を受け雑用で働きながら鍛えたがため、まかり間違っても証拠にはならない。
何よりアルマ・ベルネットの経歴をいくら洗おうとも、革命軍とのかかわりなど一切出てこないのだ。証拠など出せるはずもない。
「はずれ。おれが軍に来たのは8歳の時。それ以前も訓練は一度も受けたことはないし、スパイにするにしても小さすぎるだろ。」
「じゃあ、なぜ君は革命軍を否定しない。ここまで疑われれば嘘でも否定するだろう?」
「逆に聞くが、そういうあんたはスパイじゃないのか?なぜそこまで革命軍のことを気にする。相手が誰であろうと、おれたち兵士は政府の指示で動くだけだ。」
それはまごうことなき事実だった。王国軍兵士は飽く迄も王国の、王政府のものなのだ。王政府の矛でしかない兵士たちに、意思は必要ない。ただ唯々諾々とその指示に従うべきなのだ。
実際、そこに正義も何もないことくらい誰もが知っていた。
正義を持とうとする者が、このソンジュのように無駄に胸を痛める結果となるのだ。
「アルマ、君はこの弱い者が虐げられ、民の意思がねじ伏せられる世界をどうにかしたいとは思わないのかい?」
「……何も言えない。おれは上の指示に従う。もしあんたがどうにかしたいと思い、革命軍側に着くならおれは止めない。今の話も全部聞かなかったことにする。」
そうそっけなく言えば、ソンジュは力なく笑った。
ソンジュ・ミゼリコルドは、善人である。人を憐れみ、理不尽に立ち向かい、力ない者のために矛となる。
彼は善人である。だが彼の善は少々歪んでいる、今のアルマはそう考えていた。
もはや異様という域なのだ。彼の過去に何があったのかは知らない。彼の本懐を推し量ることもできない。ただこの男はおそらくどの正義を選んだとしても苦悩し続けることはわかった。何をしても彼が苦悩から解放されることはない。むしろ彼自身がそれを望んでいるのだから。苦悩と共に生きることしかできないのだ、この男は。
話は終わりだというように扉の鍵に手を掛けると、背後から呼び止められる。
「”涙を流す者”は君じゃなかったみたいだね。」
「”涙を流す者”……?なんだそれは。」
泣き笑いのような表情のまま、コートの内側から一枚の手紙を取り出した。
「この前、ドラコニアでの殲滅戦の直後届いたんだ。誰が書いたのかも、誰が届けたのもわかっていない。ただその内容は王国軍についても王政府についても、今回潰された革命軍に関してもとても詳しく書いてあったんだ。」
その様子じゃあ君とは関係がなさそうだ、と呟くソンジュに顔を顰めた。
「なんでそれをおれの書いたものだと思った?」
「これはわたしの執務室にあった。それで王国軍内部の人間だと思った。それから内容は割と中立で客観的な事実がかかれていた。強いて言うなら革命軍よりともいえるがそれでも偏り過ぎてはいない。……どこか一歩引いたような立ち位置が、アルマのように思えたんだ。」
「生憎、おれじゃない。なにより涙を流す、なんていうのは柄じゃない。」
「それもそうだね。でも君はわたしがこの話をしても上に報告したりすることはない。安全牌だ。何か少しでも知っていたら、というダメもとでもあった。君は関係ない、それだけで十分な収穫だったよ。」
「……そうか。あんたのしたいようにすればいい。」
部屋に来た時よりも幾分晴れやかな、憑き物が落ちたような様子の背中を見送る。
思えばおれは前回なぜソンジュ・ミゼリコルドが王国軍から革命軍に寝返ったのかを聞いたことがなかった。
革命軍の構成員のほとんどがあまり口にしたがらない過去を持つ者である。そのため2番の地位にいながらも詳しいことを聞いたことはなかった。勝手に話し出さない限りは何も言わない。一番最初、革命軍に加入するときのみ最低限の話をするが、ソンジュは別だった。
元王国軍中将の男はメンテが個人的に連れてきた者だった。
メンテが許可した男ならば、と特に追及することなく共に過ごしていた。当然、元王国軍ということもあり警戒もしたが結果的に言えば彼は最後まで革命軍を裏切ることはなかった。
おそらく、例の手紙が退役の決め手になるのだろう。
「”涙を流す者”はメンテなのか……?」
メンテは黙って仲間を募っていたのか?誰にも言わず王国軍に接触を図っていたのか?王国軍に捕縛されたのもその接触に失敗したからなのか?
答えの出ない疑問が次々と湧き上がる。答えは決してわからない。
今のアルマ・ベルネットとメンテ・エスペランサは赤の他人で敵同士なのだから。
ずぶずぶと沈ませる思考の波から引き揚げたのは扉を叩く音だった。
「フスティ、忙しいだろ。どうかしたか?」
ソンジュと同じく、今回の件で中将に昇格したラルジュの息子、フスティシア・マルト―が扉の前に佇んでいた。
「少し言っておきたいことがあっての。」
長くなるなら、と部屋に促そうとするが片手で制される。
「主はドラコニア殲滅戦には参加しとらんかったが、大体のことはわかっとろうな?」
「秘匿されていることがないのなら。」
「ちぃと気を配ってほしいことがあるんじゃ。」
真面目な顔が近づけられ、声を低められる。
「十中八九、裏切り者がでよる。」
「……それは、今回の件が原因で、ということか。」
「おお。……死を恐れて退役するものもおるが、それは止めん。ただ壊滅した革命軍を立て直すのに助力、という場合は困るんじゃ。何も仲間は殺しとおない。」
弱った、とでもいうように顎を撫でる。
フスティシアは表情が読みづらい。
もともとは無表情で、ラルジュによって多少表情に差異が出るそうになったらしいが、その表情のほとんどはアルマから見てラルジュの模写のようなものだと感じていた。つまり、フスティシアの表情は作り物じみている。そのために本心なのか演技なのか、腹の底に何を持っているのかほとんどわからない。
「なんでおれに。」
「主にだけではない。ただ主の同期にメイスを使う男……ヴェリテ、っちゅうのがおったじゃろ。星龍会の熱心な信徒、今件で思うところがないわけでもあるまい。仲間を疑うのは心苦しいが、一応気にかけといてくれんかの?」
「……了解した。」
口でそういいつつも、疑いは無表情の裏に隠す。
確かに客観的に見て星龍会信徒と公言しているヴェリテ・クロワールは不安定に思える。だが彼は少なくとも処刑の時まで王国軍側につき続けた。星龍会の聖地ドラコニアを王国軍に滅ぼされてなお、王国軍についた。そこにどのような葛藤があったのかは、知らない。しかしヴェリテが裏切ることはまずないと確信していた。
問題は、フスティシアが本当にヴェリテを疑っているのかがわからないということだ。
実はおれを疑っており、その牽制のために声を掛けたのか、ソンジュを疑っており、割かし仲の良いおれから探りを入れようとしているのか、読み取ることができない。
ふと思い出す。
フスティシアはドラコニア殲滅戦で養父であるラルジュを失ったと同時に空席により昇進した。しかし上官を失い激しく動揺しているソンジュと異なり、動揺する様子は見られない。ひどく、落ち着いている。
「……軽率なことを聞く。不快ならそう言ってくれて構わん。」
「なんじゃ、改まって。」
「今回の戦いで、ラルジュさん死んだ。あんたはドラコニア殲滅をどう思う。あの人が死ぬ必要はあったか。こちらの損害を想定したうえで命令を出した王政府をどう思う。」
ソンジュから受けた質問と似たようなものを目の前の中将に問う。
考え方を変えれば、彼は養父を革命軍に、戦いに、王政府に殺されたのだ。
目を丸くしてから、愉快そうに目を細めた。本能的に、この表情は模写でもなんでもない彼自身の感情表現である、と理解する。
「何をおかしなことを言うとるんじゃあ?」
「おかしな……?」
「軍人は戦いの中で死ぬもんじゃ。王政府の下にある軍なんじゃからそのために死ぬのも当然じゃろ。どう思うも、死ぬべくしてあの人は死んだんじゃ。それをどうこうわしが言う必要はない。」
当たり前のことを、とでもいうように薄らと笑う。そしてアルマも自分は何を当たり前のことを聞いているのかとあきれた。当然だ。軍人とはそう言う物だ。つい先ほどソンジュにも似たようなことを言ったのに、馬鹿なことを聞いたと、少し後悔する。
「……すまない、忘れてくれ。」
「ええ、ええ。ただの、重要なのは死んだか、死ななんだか、そこじゃあない。本当に重要なのは、当人が後悔するかぁ、否かじゃ。」
「後悔、」
「そうじゃ。たとえ死んでも後悔しとらんなら、なんのかんの言うべきじゃない。」
後悔。なんどもその言葉を反芻した。
今の自分は、後悔がために生きている。唯一、メンテを助けられなかったことが、革命軍副長アルマ・ベルネットとしての後悔だった。
まだあれから10年と少し。それまでの道のりはすべて後悔がゆえであり、いまだそれは清算されない。
あの日死んだアルマ・ベルネットは、メンテ・エスペランサの死を後悔した。
では、あの日死んだメンテ・エスペランサは自らの死を後悔したのだろうか。
もし昨日これを考えたのならば間髪入れず、後悔していたと答えただろう。
自分の、仲間の、国民の意思を達することができず、志半ばで斬首されたのだ。後悔していないはずがない。
だが今日、いやソンジュの手紙の話を聞いてからは、少しわからなくなった。
もっとも古い仲であるおれにさえ言っていなかった、仲間を募る手紙。王国軍中将であるソンジュの勧誘。
あらためて考えると驚くほどおれは、メンテのことを知らなかった。その腹の底に何を一人抱えていたかも、何も。
メンテは、人知れず”涙”を流していたのだろうか。
「まあ、これはわしの持論じゃからの、必ずしも正しいとは言えん。主は主の考えるままでいいんじゃ。」
どこか気遣うような素振りを見せるフスティシアに視線を向ける。
彼は決して気丈に振る舞う性質ではない。周りを気にして格好つけることも取り繕うこともあまりしない。ドラコニア殲滅戦以降、フスティシアが気落ちしている様を見ていない。単純に人から見えるところでそうしない可能性も十二分にあるが、彼の言葉を借りるなら、大将ラルジュ・マルト―は後悔することなく戦死した。ゆえに自身も特に気にせずその事実を受け止めている、ということなのだろうか。
「最後に一つ聞かせてくれ。」
「わしに答えられることならの。」
「フスティシア、あんたは後悔したことがあるか?」
自嘲するようにフスティシアは口角を上げ、大きな掌でぐしゃぐしゃと低い位置にある黒い頭を撫でまわした。
囁きにも近い小さな声に、目を見開く。
それ以上何も聞けぬまま、槌を背負わぬ背を茫然と見送った。
あと数年で、フスティシア・マルト―はメンテを殺す。アルマも殺す。
何年も同じ軍に所属し、関わる機会も多い。その間に血も涙もない鬼のような男、という評価は完全に払しょくされた。ただ、真っ直ぐ一本木のような男だと思っていた。自らの正義を信じ、疑うことを知らぬような迷いなど感じさせない手本に成り得る軍人。任務のためなら心を振るわさず、己の仕事を全うするそんな軍人の鑑。
「何遍も後悔した。性懲りもなく泣いた。じゃが何遍も繰り返しゃあ、納得いくもんも見えてくるんじゃ。」
未来の王国軍大将は後悔の末、未来に何を見ているのか。
どこか満足げな低い声が、いつまでも頭に響いた。




